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怒鳴られる中身三十五歳

「ちょっと、さっきのは何なの?」


 クラスメイトが去った後、図ったかのように背後にいた橘さんが俺に話しかけてきた。明らかに、ご立腹と顔には書かれていた。


「ごめん。そう言えば、あくまで俺が考えた体で話していて……君の手柄を強調しなかった」


「それは別にどうでも良い」


「え、じゃあ一体何が……?」


「なんであたしの了解なしに、ショートホームルームで説明始めてるのよ」


 声を荒らげて、橘さんは俺に言った。ああ、そっちか。


「いやあ、善は急げだと思って」


 頭を掻いて、俺は苦笑してみせた。


「善は急げだなんて……あんた、公園に監視カメラを付けられる保証はあるの?」


「どういう意味?」


「クラスメイトに向けてあんなに大見得を切った手前、失敗なんて出来ないでしょって言ってるの!」


 今度こそ本当に怒鳴り声で、橘さんは言った。


「……大丈夫。仮に失敗しても、君への周囲の対応が冷ややかなものになったりはしないよ」


「なんでそんなこと……あ」


 思い当たったことがあったのか、橘さんは俯いた。


「あんた、だからわざと発案者の名前として、あたしの名前を出さなかったの?」


「いやまあ違うんだけどね。それは本当に忘れていただけだ。ただの棚ぼた。まあ、成功した暁にはキチンと君の名前も言うよ」


「別に、そんなのはいらない」


「そう言うなよ。自分の手柄を易々他人に譲るな。そんなの、成否に関わらず損するだけだ」


 この世には、何もしていないのに全て自分の手柄だと主張するずる賢い……というか、悪どいバカがたくさんいる。俺も、自分がそこに堕ちるのはご免だった。

 珍しく口調を荒らげて俺が言ったからか、橘さんは口を閉ざしていた。


「大丈夫。失敗はしないよ。俺に任せてくれ」


「……そんな根拠のない自信、信用出来ない」


「根拠ならある」


「嘘」


「嘘じゃない」


 それを語ろうと思ったが、熱い眼差しを向ける橘さんを見て、その視線に俺も熱い視線を返すことにした。


「まあ、どうでも良いけど」


 どうでもいいんかい。俺は苦笑した。


「……それで、他にも聞きたいこと、あるんだけど」


「どうぞ」


「あたし、公園に監視カメラを設置したいと言ったけど、そんないくつもの公園に監視カメラを設置したいわけじゃない」


 つまり、橘さんはあくまで、彼女と彼女の妹が利用する公園に監視カメラが付けられれば、それで良いのだ。面倒事を増やしてまで、他の公園に監視カメラ設置なんて望んではいないのだ。


「冷静に考えてみてくれ。学校の校外活動として、公園に監視カメラを設置しようと思います。場所は学区外の公園です。何だかおかしな話だと思わないかい?」


「なんでよ」


「学区内ならまだしも、学区外の公園の話なんて、しかも特定の一つの公園の話だなんて、学校側からしたら協力する旨味がないってことさ」


「……あ」


「だから、監視カメラの設置の件は、学区内、学区外含めて近隣周辺の公園を調べて、ない場所全てを申請するべきなんだ。むしろそうしないと、君の家の傍の公園に監視カメラ設置させるにも、説明のしようがないんだ。周囲含めて一括で申請をすれば、その公園が混じっていたって不自然ではないだろう?」


 俺の説明に納得したように見えた橘さんだったが、すぐに首を振って俺を睨みつけた。


「ちょ、ちょっと待って。あんた……学校にまで協力を仰ぐつもり?」


「うん。当たり前だろうに」


「あ、当たり前……」


 そこまで大事にするつもりはなかった。橘さんの顔には、そう書かれていた。


「むしろ、大人の手は絶対に必要だぞ。少なくとも菅生先生の協力は絶対だ。自治体に話し合いの場のアポイント取りをしてもらうのも、自分達だけでこなすつもりかい? 普通、子供達のやることに大人は手を貸さない。今回の件なんて特にそうだ。何故なら、お金が絡むから。お金が絡むことは、面倒事しか生まないんだから……信頼足る大人を味方に付けないのは、失敗とイコールと言ってもおかしくない」


「……でも、そこまでして」


「君は、優香ちゃんが誘拐されたりしないか、心配じゃないのかい?」


 情に訴えるような言い方をすると、橘さんの顔が歪んだ。不安に駆られた顔だ。……内心、少し罪悪感に駆られていた。


「俺達のすることは、一切間違ったことじゃない。監視カメラのない公園で誘拐騒ぎが起きたら大変な騒ぎになる。心に傷が残る人だって出る。一生、再会出来ない人が現れるかもしれない。それを未然に防ぐ行為は、何も間違ったことじゃないじゃないか。だからクラスメイトだって、難しいとわかっていながら、確かに、と納得して賛同してくれたんだ」


「……うん」


「だから、俺達が今考えることは、俺達の提案に他者を巻き込まないように取り計らうことじゃない。むしろ、どんどんどんどん他者を巻き込んで、それを絶対に成功させることだよ」


「……あんた、何だか同い年には見えないんだけど」


「ちちちちちゃんとした同級生だよ? 保険証だそうか?」


 思いっきり狼狽えて、俺は財布から保険証を取り出す準備をしていた。


「……っぷ」


 しかし、どうやらそんな俺の姿は随分と滑稽に見えたようで、橘さんは吹き出して微笑んでいた。


「いいよ。同級生だって信用してあげる」


「……そりゃどうも」


 笑いが止まらず後ろを向いてしまった橘さんに、恨み節めいたお礼を俺は言った。

 しばらく、橘さんは相当俺の狼狽え方がツボだったのか、その姿勢を崩さなかった。


「……じゃあ俺、そろそろ帰ろうと思うんだけど、良い?」


 バツが悪くなった俺は、頭を掻きながら橘さんに言った。


「……帰るだけ?」


「え?」


 突然の問いかけに、変な声が出た。


「……ああ、いや、ちょっと近場の公園から、監視カメラの設置状況を確認しようかと思っていたよ」


 明日、菅生先生に然るべき相手へのアポ取りを進めてもらうとして……並行して監視カメラの状況確認と設置場所の選定はこなさなければならない俺達のタスクだ。多分、先方に失礼のないように一月後くらいに予定を設定してもらうとして、ロングホームルームに校外へ散策に出るとしても、調査期間はあるようであまりないはずだ。


「あたしも行く」


「……へ?」


 あまりに唐突な橘さんの申し出だった。


「あたしも行く」


「え、いや別に、一人いれば十分だよ?」


 あくまでそれは、彼女の身辺を心配しての発言だった。


「優香ちゃんのお迎え、大丈夫なの?」


「……あー、じゃあ、まずはそっち方面から潰そうか。あんたも一緒に来てよ。それで、そのまま優香を引き取ってくから」


「いやだから、オレ一人で大丈夫だよ」


「あんた一人だけだと心配なの」


「えー……」


 まあ、信用を損なうような独断専行はしたのだが……そこまでか?

 なんとも微妙な顔をしていたのか、俺の顔を見て、橘さんはもう一度吹き出していた。


「ほらっ、時間がもったいないでしょ。行くよっ」


「うわっ」


 ただ、吹き出してからすぐに橘さんは俺の手を引いて歩き出した。思考が追いつかず、俺はそのまま仕方なく、橘さんと一緒に公園巡りをし、そうして優香ちゃんのお迎えに行くのだった。

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[気になる点] >伊織「……じゃあ俺、そろそろ帰ろうと思うんだけど、良い?」 >橘「……帰るだけ?」 >伊織「え?」 > 突然の問いかけに、変な声が出た。 >伊織「……ああ、いや、ちょっと近場の公園か…
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