説明
公園への監視カメラの設置。
橘さんが提案してきたその案は、一日経った今でもとても妙案だと思えた。菅生先生が、前回一年生の担任を持った時は、老人ホームへの訪問をしたと言っていた。あまり比較するようなことではないが、ありきたりなそれに比べて、橘さんが浮かべたそれは物珍しいものだった。そういう物珍しいもの、というのは、成功させた時周囲からあっと評価してもらえるようなことが多いのだ。
そういうわけで、あの話を聞いた今となっては、俺としてはあの案を必ずクラスの校外活動として推し進めたいところだった。その方が、俺のモチベーションにも繋がる、というものだ。
そういうわけで、翌日の帰りのショートホームルームに、早速俺は行動に出た。
菅生先生はショートホームルームにて定例の連絡が終わると、いつも最後に俺達クラスメイトに向けて、何か話すことはないか、と聞いてくるのだ。
「はい」
菅生先生がそう言ってクラスメイトに目配せした瞬間、俺は挙手をした。
ピシッと伸ばされた手に面食らったのは、隣の山田さん。そして菅生先生。
「お、おう。何だ、伊織」
「ちょっと、校外活動の件で」
そう言うと、クラスメイトがざわめき出した。ファーストコンタクトで俺はクラスメイトをドン引きさせたことがある。副委員長という役職持ちになったといえ、また変なことを斎藤がしだした、とか周囲は思ったのだろう。
俺はそんな周囲の視線も気にすることなく、教壇の前に立ち、そうして口を開いた。
「皆さん、放課後の貴重な時間を奪ってすみません。早速なんですが、校外活動で何をするのかを決めたいと考えて今日は時間をもらいました」
言いながら、クラスメイトの顔を眺めた。
一人。
大層不服そうな顔で俺を睨む女子がいた。橘さんだ。彼女には、今日のショートホームルームでクラスメイトに校外活動のことを話すとは伝えていなかった。昨日彼女と彼女の妹を自宅に送り届けてからは、俺達は一度も会話をしていなかったからだ。多分だから……事前に相談もなく独断で動いた俺に対して、怒りに似た感情を抱いているのだろう。仕方のない話だ。
「ちょっと、斎藤」
「はい。何でしょう、久石さん」
ハキハキと笑顔で、俺は返事をした。久石さんはクラス内でも山田さんとよくつるんでいる中心的な女子だ。
「……それ、今日決めないといけないの? 二学期は三ヶ月もあるじゃない」
「今日決めないと駄目だ。と言うか、今日決めるのも遅いくらいだね」
「なんでよ」
「菅生先生が言っていただろう。前回、菅生先生が受け持ったクラスでは、後半になればなるほどクラス全員が校外活動で何をするか、追われるようになったって。部活動がある人は休みを取らなければならないような状態になったし、そうじゃない人だって完全下校の時間まで作業に追われるようになったって。そんな状態にしないためにも、今日この場で校外活動で何をするかを決めたいんだ。前は決めるのに一月かかった内容を一週間で決めれれば、単純に三週間も短縮出来たことになる。それだけ作業に時間が当てられるんだ」
「……でも、そう都合よく決まるはずないでしょ? あんた、なんか案を持ってきたの?」
「そうだね。実は昨日、時間を作って考えてきた」
ざわざわ、と教室がざわついた。考えてきてたんかい、とでも思ったのだろう。
クラスメイトは、その後すぐに一様に静かになった。それなら話くらい聞いてやる、とでも思ったのか。それとも、面倒だからそれに従おう、とでも思ったのか。
ただとにかく、静かにこちらの提案を聞いてくれる雰囲気は有り難かった。これであれば、こちらの提案に賛同してくれそうだ。
「俺達が考えてきた校外活動のお題目は、公園の監視カメラ設置だ」
公園の監視カメラ……? クラスメイトは首を傾げ合っていた。
「君達は公園に行ったことあるかい? だなんて質問は野暮だよね」
まあね、とクラスの誰かが言った。ここにいる皆が幼少期があって、遊び場を求めて公園に行ったことくらい、少なくないだろう。
「学校の周辺にもいくつか公園があるね。大きい公園から小さい公園まで。それで、そういう場所では子供達が無邪気に駆け回っていたりするわけだ。でも、公園には時々、親御さんがいない状態で遊ぶ子供達も多いだろう? それでいて、最近は不審者だとか事案も増えてきている。にも関わらず、自治体管理の公園の監視カメラ設置率って、実はそこまで高くないらしいんだ」
そこまで高くない。細かい数値は敢えて出さなかった。細かい数値を調べていないからだ。いや実を言うと、調べはしたが出てこなかった、が正しい。自治体管理となると、集計するような大々的な場所がなく、多分具体的なデータは転がっていないのだろうと推察出来た。
ただ、その言い方であれば人の感性によるところが多いので……実際誰かが仮にデータを見つけて高い数値が出ていたとしても、え、俺にとってはそれくらいがそこまで高くないなんだけど……? としらを切ることが出来る算段だ。
まあ、躍起になってそんな数値を調べる輩はいないだろうが……念には念を、だ。
プロパガンダみたいな手を取ったが、クラスメイトの掴みは悪くなかった。
「あたし、小さい頃お姉ちゃんと公園で遊んでたらおっさんに声かけられたことあったわ」
「えー、こわー」
それでいて、自分の過去話も交えて設置すべき、と思しき意見も出てきた。それを言ったのが久石さんだったのも、追い風だ。
「実際、久石さんみたいに拐われなかったケースもあるだろうけど、拐われて凄惨な事件に巻き込まれた、みたいな児童の話もニュースを見ていれば度々聞いたりするだろう? そして、結局は犯人が見つからず仕舞い、なんてことも珍しくない。警察だって躍起になって犯人を探す。でも見つけられない一番の要因は、初動の遅れ、と言われているね」
芸能人や企業が炎上騒動を起こした時にも、その初動というのはとても重要視されている。それくらい、最初というのは肝心なんだ。
「誘拐事件の初動遅れを改善させたいなら、監視カメラは必要だろうね。犯人の顔が写っていれば、それだけで指名手配も出来るし、そもそも監視カメラのある場所で犯罪行為は起こさない。つまり、そもそも犯罪抑止のきっかけになったりするんだ」
おー、とクラスメイトが湧いていた。
「……だから、監視カメラのない公園に監視カメラを設置したい、と?」
「そういうこと」
「ねー、斎藤君。ちょっと良い?」
「どうぞ、守口さん」
「その……公園に監視カメラを設置したいって言うじゃない? 具体的には、何をするの?」
それは絶対に聞かれるだろうと思っていた。
「まずは、各公園に監視カメラが設置されているか。設置されているとして、どれだけあるか。それを調べたいと思っている。その後のことは、これから考える。というのも、公園の管理者っていうのは結構色々いるそうなんだ。各自治体から、都から、国まで、ね」
「……なるほど。ねえ、それでその、監視カメラ設置してくださいって相談? なのか、申請は……誰がやるの?」
「ああ」
それもまた、聞かれるだろうと思っていたことだった。
「それは勿論。担任である菅生先生と、クラス委員長の橘さん。そして、クラス副委員長の僕だよ」
途端、守口さんの顔から不安が消えた。そして、守口さんの言いたいことを察していた他クラスメイトも一様に顔を綻ばせた。
……反面、菅生先生と橘さんの顔は、見れなかった。
「と、言うわけで公園の監視カメラ設置を僕達のクラスの校外活動にしたいと思うんだけど、代案、何かある?」
シーン、と教室が静まり返った。
「じゃあ、それで決まりでいいね。来週のロングホームルームから、具体的にすることは連絡させてもらうから……皆、よろしくね!」
話を長引かせて反対意見を増やすヘマをする気はない。
俺はそう微笑んで、話を幕引きさせた。
それからまもなく、ショートホームルームは終了し、クラスメイトは部活動や帰宅で教室を後にした。
こういう話は定期的に書きたくなる。書いてる時もあーだこーだ考えさせられて非常に楽しい。
でもお前が実際に調整しろとか言われたら面倒だから絶対しない。