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ラジオ体操

ラジオ体操はやめるべきです!

 みなさん、ラジオ体操をよく聞いてください!

 よく聞いてください!


 近所のおばさんが叫んでいた。穏やかでおしとやかな人だったのに、どうしちゃったの。

 私は車のキーを持ったまま、おばさんを唖然と見つめてしまった。

 犬がきゃんきゃん吠えているのでそちらを見る、窓から覗いている隣家のおじさんと目があってしまい、お互い気まずい会釈をした。


 私はなるべくおばさんを見ないようにして、前を車で通過する。変な汗が出た。


「毎日くそ暑いからイカレちまったのかな」


 と口の悪さは同僚の美子の前でつい出てしまう。


「そのおばさん、つい最近までは普通だってんでしょ? でも精神とか急に病むって言うし」


 美子がおっとりとした口調で答えた。

 休憩時間、私たちはカフェで昼ご飯を食べたあと、食後のコーヒーを飲んでいた。

 短大を出て事務職についてから、ほぼいつも同僚の美子とお昼ご飯を食べている。

 美子は穏やかだが芯の強い子で、仕事で何度も助けられた。


「なんかそういう感じではなくてさ、、、言ってることは変だけど、こう迫真さみたいなのがある訳。でも……」



 1ヶ月前のことだ。忘れたくても忘れられない光景だった。救急車とパトカーが家の前に止まっていて、車で帰宅してきた私が軽くクラクションを鳴らすとパトカーが退いてくれた。何事だろうとお巡りさんに聞くと、それはまだわからない道を塞ぎすみませんとだけ答えられた。


 隣家から担架がカタカタと音を鳴らして出てきた。

 担架は2台あった。顔は隠されている。

 静かにおばさんが家から出てきた。髪は乱れ顔はげっそりしていたが、光る目で警察に伝えていた。


「そんな……親子そろって自殺だなんて! 何かの間違いでしょう、ねぇ!」


 おばさんが叫んで警官にすがりついた。


 私はそれを聞いて怖くなり、慌てて家に入った。おばさんの号泣を背中で聞いた。心臓がどくどくしていた。あの担架は隣の家のおじさんと、息子君? 自殺? どういうことだろう。


「二人同時に首吊りだったんだって。あんなに仲の良い家族がどうして。あんないい人たちなのに」


 付き合いのあった母が通夜から帰ってきて、泣きながら私に言った。情にもろく人の噂話はよく知っている母が、あれこれ通夜で聞いた私を一方的に話してきた。


「悩みもないし、病気でも無いし、ほんとに元気だった人がねぇわからないものねえ。日本のために死にますって、なんで、そんな遺書で急にねぇ」


「本当に、そんな内容だったの?」


 母の噂の聞きかじりを疑って聞くと、遺書はおばさんがそう親戚に話していたそうだ。



 一通り美子に話すと、彼女は斜め上を見つめて真剣な顔をしていた。親指の腹でとんとんと顎を打つ仕草は考え事をしている時の癖だ。


「知りたい。すごく興味がある。週末、その隣家のおばさんと話がしたい」


 いつものゆっくりとした口調とは違う、早口で美子が言った。


「え、マジで? 関わらない方がいいと思うけど……だってなんか変じゃん、日本のために死ぬ親子って……」


「裕子には迷惑かけないから。ねぇ、お願い。あのね、わたし、オカルト好きでしょ。ネットでラジオ体操にまつわる奇妙な噂とそのおばさんが言ってること、当てはまるんだよね」


 そうだった。美子は大学時代は民俗学専攻で主に田舎の怖い話を聞き込みに行ったり、オカルトを検証するブログも書いている。


「……優しいおばさんが大丈夫か気になるから……いいけど。

 本当にヤバい感じだったら、深入りはしないようにしてね」


 美子がこくりと頷いた。


  ※


 早々に梅雨明けした週末は猛暑だった。

 美子がうちに来て、隣家を尋ねた。

 おばさんはすぐ出てきて快く私たちを迎え入れてくれた。げっそりと痩せてはいるが元々の整った顔はキリッとしていて、白いリネンのシャツに紺色のロングスカートと清楚な出で立ちだ。とても急に変なことを叫び出したとは思えない。


 美子は軽い世間話をしたあと、ずばりとなぜラジオ体操をやめるよう皆に知らせたのか、と本題に入った。


 おばさんは少し苦笑いした。


「ああ、それね。私、ちょっと焦って叫んじゃって。ごめんなさいね、迷惑だったし怖い思いさせて。あれから町内会の会長さんに叱られしまったの」


 おばさんは私に謝った。いえいえ、と返す。

 やはりおばさんは正気らしい。


「なぜ、焦られたのですか?」


 美子が尋ねる。おばさんは真剣な顔に戻った。


「あのね、こんなこと知っても薄気味悪いだけだし、聞いたら嫌な思いをするかもしれないわよ。あなたは、どこまで聞きたい?」


「全部です。私はラジオ体操のあの話がただの流言流布とは思えないのです。あなたが見つけたすべてのことを教えてください」


 美子の横顔は真剣だった。


「わかったわ。あなたもよく知っているようだし、私も私が知ったことを多くの人に知ってもらいたいの」


 おばさんが言った。

 美子とおばさんの間に、初対面とは思えない、何か「強く繋がっていく何か」を感じる。私はおいてけぼり、2人のやり取り聞いているしかない。


 おばさんは待っててね、と言ってから席を立ち2枚の紙を持ってきてテーブルに並べた。


 2枚の便箋、字体は違うが「遺書」とある。

 走り書きされてその文字にドキリとする。


「日本のために死にます」


 便箋の真ん中に大きく書かれていた。美子が2枚の便箋を手に取り眺める。


「私の知っているラジオ体操の話と同じです」


 美子が言った。おばさんがはっと目を見開き、前のめりになる。


「そうでしょう! 怪しいのよ! 夫と息子の共通点はラジオ体操に行ってたことなの。それ以外、自殺の原因が考えられない。夫は仕事が好きで趣味の音楽も在宅ワークで聴く時間が増えたって喜んでたし……息子は彼女と昼には必ずzoomで話していて楽しそうだった……ラジオ体操の噂を知って、それで絶対に夫と息子はその犠牲者になった。そう確信して思わず誰かに知らせたくなって、、、恥ずかしながらおかしくなってたのね、叫んでしまったのよ。ラジオ体操を止めるべきだと」


 おばさんの話によると、仲の良い父と息子は在宅ワークでの運動不足を解消するため、地域の公園で行われている朝のラジオ体操に参加していたらしい。


 その、ラジオ体操が自殺の原因だという。

 美子は納得したように頷く。私1人、話が見えてこない。


「あの、その噂ってなんなんですか?」


「それはこれから、説明する。あまり長居して御家族が不幸にあわれたことを話すのも負担になりますよね、ここで私たちお暇しますね」


 美子がバックを持ち立ち上がる。


「いいえ。真面目に話を聞いてくれて、ありがとう。もし何がわかったら、連絡してくれるかしら?」


 おばさんは涙声で言って、美子に電話番号を教えた。家を出たあとも、おばさんは何度も頭を下げた。

 また辛い時は話を聞きますね、と私が言うとおばさんは涙をぬぐうしぐさをした。


「ねぇ、ラジオ体操の噂って何なの?」


「それはね」


 おばさんの家から私の家に行き、アイスコーヒーを飲みながら美子と話をした。


「テープやCDではなくラジオから流れてくる、本当のラジオ体操の噂なんだ。それだけだったら別に普通でしょ? でも、ラジオから流れてくるラジオ体操にはサブリナル効果が入ってる、よーく耳をすまして聴くとBGMに早口で声が入ってるんだ、その言葉が」


 国のために死んでください 。


「え? なにそれ、嘘でしょ?」


「私も都市伝説かと思ってた。でも、おばさんがラジオ体操を止めるよう訴えてると聞いた時、思ったの。もしかしたら……って。まさかビンゴと思わなかった。あの遺書を見て隠してたけどすごくゾッとしたよ」


 美子が二の腕をさすり、続きを話し始める。

 

「サブリミナル効果が入ったラジオ体操は、局番がすぐ変わるので特定が難しいみたい。テープなどに録音してラジオ体操をして、自殺する人もいる……ポピュラーな運動方法だから、誰もが馴染んだ体操だから、効果があるとされている……」


 サブリミナル効果とは、人間の潜在意識に訴えかけ主に購買欲を刺激する方法だ。

 映画に「ポップコーンを食べよう」という秒単位の映像が何度も入っておりポップコーンやコーラを買うよう潜在意識に促進していたという話が有名だ。


「じゃあ、おじさんと息子さんはラジオ体操のその……サブリミナル効果? ってやつのせいで自殺したの? 死んでくださいって、そのまま言うことをきいて?」


 美子はしばらく黙ったあと、頷いた。


「ラジオ体操の音源に何度も日本のために死んでください、と入っている。ラジオ体操は音声ガイダンスに従って体を動かすよね?

 私が思うにこの場合、サブリミナル効果が危険なほど効果があると思う……そして実行してしまう。ネットで流れてる噂通りの遺書だった。それに地域のラジオ体操に参加してたってことも。ラジオ体操って、何時からやってるの?」


「この近くの公園で、たしか朝6時だよ。行ってみるの? たぶん、日曜以外はやってたはず」


 美子は頷き、垂れ目のまなじりを引き締めるとまっすぐに私を見た。


「情報、ありがとう。約束した通り、裕子には迷惑はかけない。後は私1人で調べてみる。今後は……裕子は、このことに関わらない方がいい」


「どうしてそんなに、このことにこだわるの?」


 私が尋ねると、美子はにこっと笑った。


「私ね、ジャーナリストになりたかったんだ。それが理由かな。今日はありがとう」


 美子はにこやかに手を振って、帰って行った。


 1週間後。

 隣のおばさんが首を吊って自殺した。

 同日、美子も首を吊って死んだ。

 遺書はどちらも同じ。


「国のために死にます」


 美子の両親は亡くなっている。美子のおばさんに、彼女は精神を病んでいたのか聞かれたが違うと答えた。

 違う、美子の意思ではないはずだ。


 私は2つの通夜と葬儀に出て、休みを貰い家に引きこもった。

 悲しかった、そして怖かった。


『国のために死んでください』


 どうして? なぜラジオ体操にそんなサブリミナル効果が入ってるの?

  誰が、何のために作ったの?


 美子の叔母さんから私宛に机の上に置いてあったと、手紙が届いた。


『今までありがとう。裕子と出会えてよかった。USBにラジオ体操のサブミリナル効果を実証した音源が入っています。一度聞いたら二度と聞かずに捨ててください。日本社会には危険が多い気をつけて。どうか気をつけて生きて欲しいのでこれを送ります』


 手紙を読んだあと、私は封筒に入っていた小さなUSBを握りしめた。

 怖い。

 でも、これは必死に美子が私に伝えたかったことなんだ。

 勇気を振り絞ってノートパソコンを立ち上げてUSBを差し込んだ。中には音源ファイル「ラジオ体操」がひとつ。


 震える手で再生する。

 最初はごく普通のラジオ体操が流れた。途中で切れる。2度目はスロウ再生のラジオ体操、どんどんゆっくりになっていく。


 腕を大きくふって

「国のために死んでください」


 1、2、3、4、5、6、腕を横に振って足を曲げて伸ばす運動

「国のために死んでください」


 左横に曲げて、今度は右横へ

「国のために死んでください」


「国のために死んでください」


 声ははっきりと入っていた。抑揚のない女性の声だ。

 私は耳をふさいで震えた。

 この声で死んだんだ。自殺させられたんだ。

 なんで国のために死ななきゃいけないの?

 どうして?


 私は翌日、ラジオ体操に行ってみた。参加はせずにラジオ体操が流れている間はイヤホンで音楽を聞いて、終わったあとに町内会会長さんに声をかけた。


「おはようございます。あの……このラジオ体操のラジオの局番って何番ですか?」


「ああ、おはようございます。局番はわすれたな。今は録音したテープ使ってるから。元は適当に周波数拾ってたら見つかってなぁ、それでラジオ体操やること思いついたんだよ。ほら、コロナで町内会の集まりもできんけど、ソーシャルディタンスたもってラジオ体操はできるなあってな」


 会長は笑いながら言った。


「あの、急に変なこと言いますけど、このラジオ体操のテープは使わないほうがいいです」


 私が言うと会長は眉をひそめた。


「あんたもか。なんでもこのテープが危険だのって。町内で自殺者が何件か出てるのがこのテープのせいだって? よくわからんことを言ってたなぁ」


「え? 何件かって、その……」


「ラジオ体操の人数、まぁ減ってきてな。いきなりパッタリ来なくなって、そんで後から何人か自殺したってさ。そりゃ縁起でもねぇが、ラジオ体操が原因ってのは話が飛びすぎてるだろ」


 不満そうに会長は言う。

 もう既に何人も犠牲が出ている。


「そうですね……話が飛びすぎなのはそうですけど、あの、お願いします! このテープは破棄してください!」


 私は頭を下げて精一杯伝えた。

 会長は気味が悪そうに私を見た、もう一度頭を下げて私は歩きだす。


 国のため死んでください。


 あの声を思い出すと頭痛がする。


 なぜ、誰が、なんのために?



  終

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― 新着の感想 ―
[良い点] > ラジオ体操はやめるべきです!  みなさん、ラジオ体操をよく聞いてください!  よく聞いてください! 異様な冒頭から始まり、日常の積み重ねから捻じれていく展開。毎日暑いから、こうやって…
[気になる点] サブリナル=サブリミナル?
[一言] 地に足のついた友人、それから私。 ちゃんとわかっているのに、わかっているはずなのに。 確かに思われた現実が揺らぎ、妄想が入り込んでくるような恐怖にゾクゾクしました。 恐怖が迫るようで不安なの…
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