ストーカーは見た
ある雨の日の夜、いつものように彼女をストーキングしていたんです。会社からの帰り道を二人で歩く至福の時間を楽しんでいたんですが、彼女は途中で普段と違う角を曲がりました。不思議に思いましたが、そのままついていくことにしました。辺りはどんどんひとけのない薄暗い雰囲気になってきて、怖がりな僕は正直恐ろしくて堪りませんでした。
でも、愛する彼女をそんな場所に置き去りにするなんて真似はできないでしょう。だから、勇気を振り絞って追跡を続けたんです。すると、見るからに幽霊でも化けてでそうなボロボロの廃墟に入っていくではありませんか。情けないことに恐怖で手足が小刻みに震えていましたが、それでも挫けませんでした。
建物の中は足音が反響してしまうので、慎重に距離をとって追いかけることにしました。彼女が廊下の奥にある部屋に入るのを確認して、僕も忍び足で近付いていきました。開きっ放しの古びたドアの手前で、中から話し声が聞こえた気がしたので、恐る恐る様子を覗き見ると、そこには部屋の中央で呆然と立ち尽くしている彼女の姿。
なんだ、誰もいないじゃないか。安堵したのは、ほんの一瞬でした。薄暗くて最初は分かりませんでしたが、彼女の足元には……死体が転がっていたんです。それも、一人ではありません。床に目を凝らせば、雨漏りだと思ったものが一面に広がる血の水たまりだと分かりました。そして、彼女の右手には真っ赤に染まった包丁が握られていたのです。
あまりにも壮絶な恐怖を感じると、叫び声どころか言葉一つ出なくなってしまうということを、その時初めて知りました。だから、どうして彼女が突然振り返ったのか分かりません。目が合った瞬間、僕は当然のようにパニックになりました。
ヤバい、ストーカーがバレた!
いや、そんなことより彼女は猟奇殺人者だ!
僕も殺されるのか!?
謝れば許してもらえるか!?
無理に決まっている!
相手はサイコパスの人殺しだぞ!
彼女は「待って、これは違うの」と弁明をしていた気がしますが、僕の耳には入ってきませんでした。包丁を持ってよろよろと近づいてくる彼女を前にして、僕の頭はたった一つの考えでパンク寸前でした。殺さなければ殺される。気付いた時には、胸を刺されて息絶えた彼女が僕の足元に横たわっていました。
体感では、そのまま何時間もその場に突っ立っていた気がしましたが、実際には数秒しか経っていなかったのかもしれません。ふと、背後から視線を感じたのでゆっくり振り返ると、見たこともない女性が、顔面蒼白になって部屋の入口に立っているではありませんか。あまりはっきりと覚えていませんが、僕はぐちゃぐちゃになった脳内をフル回転させて何か言い訳をしたはずです。結局、(僕にとっては)初対面のストーカーに殺され、愛する彼女と同じ運命を辿ることになってしまったのですが。
というわけで、話が長くなってしまいましたが、あなたも僕と大体同じような経緯で亡くなったんです。どうしても死後すぐは記憶が曖昧になりがちなので、こうして説明をすることになっています。ところで話は変わりますが、実はあなたが記念すべきちょうど100人目の犠牲者なんですよ! まだ混乱して実感は湧かないでしょうが、あとでお祝いのパーティーを開く予定です。大丈夫、お互い殺したり殺されたりした過去もありますが、きっとすぐにみんなと仲良くなれますよ。だって全員共通の趣味があるんですから。