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相手じゃない

「失礼。こちらにアリアさんとおっしゃる方はいらっしゃるかしら?」


 教室の扉が開き、入って来たのは……王太子の婚約者であるオリベイラ公爵家の令嬢、“カリナ=オリベイラ”だった。


「はい、私がそうですが……」


 何事かよく分からないといった様子で、アリアという女がおずおずと手を挙げる。

 そんなあの女を見て、僕は失笑しかない。


 アイツは夢の中でいつもそうだった。

 自分は何も知らない、分からないふりをしてか弱い女を演じ、周囲の馬鹿な男連中に守ってもらう。

 そんな姿を二千回以上も見てきたんだから、さすがに僕も辟易しているよ。


「あらあら、あなたでしたの。男爵家の庶子でしかないのに、身分も弁えずにエミリオ殿下に色目を使っているというのは」


 羽扇で口元を隠しながら、カリナ令嬢がクスクスと(わら)う。

 だけど、その瞳は一切笑っておらず、まるで射殺すような視線をあの女へと向けていた。


「私は色目なんて使っておりません! 私はただ、エミリオ様とお友達(・・・)になっただけです!」

「お友達? 私という婚約者がいる、エミリオ殿下と?」


 カリナ令嬢の指摘に、アリアという女……ではなく、むしろ僕の胸が痛くなってしまった。

 い、いや、確かに僕も、婚約者のいるナディアにその……うん、僕はいいんだ。だって、そもそもドナトの奴が全部悪いんだから。


 ということで、僕とナディアは二人の状況を見守っていると。


「フン……とにかく、無事に卒業したければ、卒業までの三年間は大人しくすることですね。この泥棒猫」


 そう言い残し、カリナ令嬢は教室から出て行った。


 だけどまあ、カリナ令嬢の言うことが全部正しいんだけどね。

 そもそもあの女、王太子だけでなくドナトをはじめ男連中(ただし、高位貴族に限る)にも色目を使って、あまりにも節操がないから。


 ……だけど、僕もこの三日間、ナディアと現実に出逢えた嬉しさで、ちょっと距離感を間違えてしまっているかもしれない。


 うん、気をつけよう。


 ◇


 それから二年が過ぎ、僕とナディアは節度を守りながら、あくまでも友達(・・)として学院生活を楽しんだ。


 もちろんそれだけじゃなく、ナディアの召喚術もその才能を開花させ、三年生となった今では学院の先生が舌を巻くほどの実力者となった。

 なんと、既にこの時点で最上級魔獣のうち三体を召喚することに成功している。


 おかげで夢での迷宮攻略においても、いよいよ大詰めを迎えているところだ。

 このままいけば、卒業記念パーティーまでには攻略を終えることができると確信している。


 そんな中、やはりと言っては何だけど、王太子とドナトを含む取り巻き四人は、全員がアリアという最低女にのぼせ上ってしまっていた。

 今では、常に最低女を囲むようにして行動している。


 当然、そんな状況を学院の誰一人としてよく思っていない。

 カリナ令嬢をはじめ取り巻きの婚約者達に至っては、怒りのあまり最低女に対して露骨にいじめを行うようになった。


 そして、それを最低女が王太子に告げて余計に取り巻き達と婚約者達の仲がこじれるという、本当に最悪の状態に陥っている。


 なお、ナディアとドナトの奴との関係は完全に冷え切って……というより、もはや会話をするどころか視線すら合わせることもなくなっていた。

 僕としては非常に好都合だけど、そのことでナディアが余計につらい思いをしないかと心配していた。


 なので、一度彼女にそのことを尋ねてみたんだけど。


「ふふ、さすがにあの男(・・・)もご実家にこんな話ができないことくらいは自覚しているようで、お父様からは特に連絡もないですよ」


 そう言って、ナディアはニコリ、と微笑むだけだった。

 ただ、その言葉の端々にドナトの奴への嫌悪感をにじませていて、それはそれでちょっと嬉しいと思ったりもしていた。


 で、僕自身はといえば、卒業記念パーティーでナディアが皇帝の断罪に巻き込まれないことを第一目標にして、実家であるエスコバル家を使ってまで色々と働きかけたりもしたんだけど、夢では変わらず迷宮に堕とされ続けている。


 どうやら、僕達……というより、ナディアが迷宮に堕とされることを回避することはできないみたいだ。


 もちろん、その日を迎えるまでにはあと一年ある。

 だからこれからも、ナディアが巻き込まれないように精一杯努力し続けるだけだ……って。


「イヴァン、せっかく今日はのんびりとお茶を楽しんでいるのですから、考えごとをしていないで、私との会話に集中してください」


 学院のテラスで向かい側に座るナディアが、口を尖らせる。


「あ、あはは……すいません」


 そんな彼女に、僕は苦笑しながら平謝りするばかりだ。

 この二年間の甲斐もあり、今のナディアは夢の中と同じく、僕だけに(・・・・)その可愛い素顔を見せてくれるようになった。

 それだけ僕に心を開いてくれているということだから、本当に嬉しくて仕方がない。


「ふふ……はい、許して差し上げる代わりに、楽しい話を……っ!?」


 微笑みながら告げようとした瞬間、ナディアの顔が険しくなった。

 この表情をする原因なんて、たった一つしかない。


「フン! 誰かと思えば、俺という婚約者がありながら、そんな軟弱な男と人目もはばからず睦み合いおって! 恥を知れ!」


 勝手に僕達のところに近寄ってきては、自分のことを棚に上げて怒鳴りつけるドナト。

 相変わらず成長しない男だ。


「……ナディア、行きましょう」


 こんな屑を相手にしていても仕方がないので、僕はそう言って席を立つ。


「フン、相変わらず覇気のない奴だ。そんなにこの俺が怖いのか? この腰抜け。まあ、入学当時にあれだけ打ち据えてやったのだから、それもやむ無しだがな」


 ドナトが勝ち誇ったかのような、下卑た表情を見せた。


 すると。


「……取り消してください」

「ん? 貴様、何か言ったか?」

「今の言葉、取り消してください! イヴァンは腰抜けなんかではありません! 誰よりも優しく、誰よりも心が強く、あなたのように決して(おご)ったりしない、素敵な御方なのです!」


 怒りに肩を震わせながら、ドナトに向かって必死に叫ぶナディア。

 ああ……いつもこの男の顔色ばかり(うかが)い、自分を押し殺していた彼女が、僕のためにそんなに怒ってくれるなんて……!


「貴様!」


 そんなナディアに、恥も外聞もなく手を上げようとするドナト。

 当然、それを見過ごす僕じゃない。


「やめろ」

「何っ!」


 ドナトの奴が振り上げた腕をつかみ、僕は低い声でそう告げる。


「貴様! は、離せ……っ!?」


 ドナトは必死で僕の手を振り払おうとするが、ピクリとも動かないことに驚きの表情を見せた。

 僕は身体強化魔法を使い、ただ力任せにドナトの腕を握りしめる。


「ウ、ウグ……ッ!?」

「…………………………」


 腕はミシ、ミシ、と悲鳴を上げ、ドナトが苦痛に表情を歪めた。

 まあ、これでこの男も少しは理解しただろう。


 最初から、僕の相手じゃないことを。


「ナディア、そろそろ行きましょうか」


 僕は彼女へと振り返り、ニコリ、と微笑む。


「あ……ふふ、はい!」


 ナディアも咲き誇るような笑顔で応えてくれ、僕達は今もうずくまるドナトを置き去りにしてテラスを離れた。

お読みいただき、ありがとうございました!


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