選んでくれた
「いつつ……」
次の日の朝、いつものように悪夢を終えて目が覚めると、昨日のドナトとの試合による打ち身が身体に響いた。
いくら急所を外して骨にも異常がないとはいえ、あざもできるし痛いものは痛い。
「まあ、こんな痛みとは比べものにならないほどの収穫もあったけどね」
そう……昨夜の夢では、最初の婚約破棄の展開が大幅に変わっていた。
今までなら、ドナトの奴に婚約破棄をされ、ナディアは実家への罪悪感や自分の不甲斐なさで打ちひしがれていたのに、今回は婚約破棄をされても淡々と受け入れ、それどころかドナトに対して冷たく蔑んだ視線を送っていたのだから。
何より。
「……ナディアが、最初から僕を選んでくれた……!」
夢の中で起きたその出来事に、僕は歓喜に震える。
彼女は、迷宮に堕とされた時も真っ先に僕のところに来てくれた。
僕と一緒にいることを、選んでくれたんだ……!
つまり、これでナディアの心には、もうドナトの奴はいない。
あとは、僕が彼女を守り抜けばそれでいいんだ。
「それに、召喚術を選択授業にしたことで、ナディアは本当に強くなっていたし」
なんと、ナディアは最初から中級魔獣を召喚できていて、さらに夢の終盤では上級魔獣であるイフリートまで召喚できるようになった。
これから三年間で、もっともっとナディアが鍛えられれば、そのさらに上の魔獣すらも召喚できるようになるかもしれない。
「うん……これなら、迷宮攻略は間違いなく果たせる。そして、ナディアとの幸せな未来をつかむんだ……!」
そう確信した僕は、拳を力強く握った。
◇
「イヴァン様! お、お身体は大丈夫ですか?」
教室にやって来るなり、ナディアが駆け寄って来て僕の身体を心配してくれた。
そんな彼女の気遣いが、僕は嬉しくて仕方がない。
「おはようございます、ナディア。はい、僕は大丈夫ですよ。それより、また敬称がついてしまっていますね」
僕はそう指摘し、少しだけ不機嫌なふりをする。
「あ……そ、そうでした……じゃあ、その……イヴァン、が無事でよかったです」
…………………………ぐはっ!
僕が強要したとはいえ、ナディアに呼び捨てで呼んでもらった上にそんなはにかんだ表情は、ドナトの剣撃なんて比べものにならないほど破壊力があるんだけど。
やっぱり夢の中で聞くよりも、現実のほうが最高に幸せな気分だ。
「ぼ、僕のことより、ナディアこそ大丈夫ですか? あれからドナトの奴に酷い目に遭わされていたりしませんか?」
「は、はい。実は医務室で治療を受けてから、一度もあの男に会ってはいませんから」
「そうですか……」
彼女の言葉を聞き、僕は安堵する。
あの馬鹿のことだから、変にナディアに絡んだりしていないか、少し心配だったから。
でも……彼女の言葉遣いで分かる。
夢の中と同じように、彼女がドナトから心が離れていることが。
すると。
「おはようございます!」
一人の女子生徒が、元気よく教室に入って来た。
僕とナディアが自然とそちらを見やると……ああ、アイツか。
王太子をはじめ、僕を含めた十二人が迷宮へと堕とされる元凶となった女。
――モレノ男爵家の令嬢、“アリア=モレノ”。
何でも、この女はモレノ男爵の庶子だったようで、母親の死去に伴い男爵に拾われたらしい。
正妻がよくそんな女を家に入れることを許したものだと、ある意味感心してしまう。
何でそんなことを知っているかって?
馬鹿な連中が、ご丁寧に夢の中で語ってくれたからだよ。
とはいえ、やたらとこの女に同情心を見せる王太子と取り巻きの連中と、ひたすら罵倒し続ける婚約破棄されたカリナ令嬢達が対照的だったけど。
そんなアリアという女は、早速クラス中の令嬢達から蔑むような視線を向けられているんだけど……まさか、入学三日目にして色々とやらかしているのだろうか。
「その……ナディア、他の令嬢方が向ける彼女への視線が厳しいように感じるのですが……」
「そのようですね……」
僕がそっと耳打ちすると、ナディアも頷く。
ただ、ナディア自身はその理由は分からないみたいだ。
まあ、昨日は医務室で治療を受けていたんだし、それも当然か。
「失礼……その、何かあったのですか?」
アリアという女を睨みつけている令嬢の一人におずおずと尋ねると。
「……ご存知ないのですか? 彼女、カリナ様という相応しい御方がいらっしゃる王太子殿下と、なんと親しげに会話なさっていたのですよ? それも、まるで恋人同士であるかのように振る舞って」
「そ、そうなんですね……」
眉根を寄せながら語る令嬢の言葉を聞き、僕とナディアは声を失う。
いや、まだ入学三日目だというのに、何をやってるんだよ……。
その時。
「失礼。こちらにアリアさんとおっしゃる方はいらっしゃるかしら?」
教室の扉が開き、入って来たのは……王太子の婚約者であるオリベイラ公爵家の令嬢、“カリナ=オリベイラ”だった。
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