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試合という名の私刑

「待っていたぞ」


 医務室から戻ってくると、ご丁寧にドナトの奴が教室の前で仁王立ちしながら待っていた。


「……ああ、そういえばそうでしたね。それで、どのような話があるんでしたでしょうか?」


 僕はわざととぼけながらドナトに尋ねる。

 これで、頭に血が上って余計な真似(・・・・・)をしてくれると嬉しいんだけど。


「決まっている! あろうことか、貴様ごときがこの俺を侮辱したことだ!」

「へえ……」


 怒鳴るドナトを(あお)るかのように、僕は耳の穴を小指でほじる仕草を見せた。


 すると。


「イヴァン、お前も貴族子息であるならば、少しは人の話を聞く態度というものがあるだろう」


 何故か王太子が取り巻きと一緒にしゃしゃり出てきて、僕をたしなめる。

 僕からすれば、貴族子息を語るのであれば、この馬鹿を(しつ)けてほしいんだけど。


「……それで、僕がいつあなたを侮辱したと? むしろ、あなたの貴族子息としてあるまじき行為について僕は苦言を呈したまで。これを侮辱というのなら、貴族としての節度とはいかがなものかと」


 先程たしなめた王太子に当てつけるように、ドナトに向かって言い放った。

 まあ、そんなことにも気づかないほど、この王太子もドナトも、そして取り巻きも無能だということは分かっているが。


「ふむ……これではお互いの主張は平行線。なら、ここは帝国貴族らしく、剣を交えて決めるというのはどうだ?」

「おお! 殿下、それは妙案です!」


 王太子の馬鹿な提案に、ドナトは破顔する。

 全く……卒業記念パーティーの場で婚約破棄をする非常識さと迷宮に堕とされた後の醜悪な姿で理解してはいるものの、この時から既に常識というものが欠如していたか。


 本来なら、将来の側近候補である取り巻きの誰かが苦言を呈するべきなのに、同じように王太子に迎合している時点で、どうしようもないな。


 とはいえ……これはこれで好都合か。


「分かりました。僕もそれで構いません」

「イヴァン、よくぞ言った。では、今から……「ああ、すいません。その前に、選択授業を先生に申し出てきますので、少しだけお待ちください」」


 そのままドナトと取り巻きを引き連れて移動しようとする王太子に、僕は断りを入れる。

 ナディアの気が変わらないうちに、授業を届け出ておかないといけないからね。


「貴様! 俺のみならず殿下にまでそのような態度、もう勘弁ならん! その性根、叩き直してくれる!」


 ドナトの奴が何かを言っているが、僕はそれを無視して教室に入り、先生に僕とナディアの選択授業について届け出た。

 これで、彼女は召喚術を学んで夢の中でも活躍できるようになるはずだ。


「お待たせしました。では、まいりましょう」

「あ、ああ……」


 ぞろぞろと学院内にある訓練場へと向かうと、僕とドナトは木剣を手に取り、対峙する。


「では、ドナトとイヴァンによる試合を行う。双方、どのような(・・・・・)結果(・・)になったとしても、貴族として異論は申し立てないこと。いいな」

「おう!」


 何故か試合を取り仕切る王太子の言葉に、ドナトが大声で答えた。

 だけど、王太子のこの口調……最初から、僕がドナトに勝てないことを踏んで、わざとこの流れにしたんだな。性格が悪い。


「イヴァン、返事は?」

「……はい」


 王太子に促され、僕は渋々返事をした。

 これで、僕に何があっても、それは同意の上で行われたこと。試合の後は、ドナトに物申すことはできなくなる。


 さて……ハッキリ言って、僕には剣術の才能はない。

 だからこそ、夢の中で戦えるようにと魔法と基礎体力に特化してこの七年間鍛え続けてきた。

 だから、純粋に剣術の技だけの勝負となれば、僕がドナトに勝てる要素はないだろう。


 あくまでも、剣術だけ(・・・・)であれば。


「では、両者構え」


 僕は剣を正中に、ドナトは、上段に構える。


 そして。


「始め!」

「ウオオオオオオオオオオオオオッッッ!」


 ドナトは気迫を込めて、僕に向かって突進してきた。

 実際、この学院内におけるドナトの剣の実力はトップクラスだ。剣術の才能は、当然ながら僕よりも圧倒的に上。


 だから。


 ――ドカッッッ!


「ぐ……っ!?」


 僕はただ、この男の剣を身体で受け、そのまま地面に転がった。


「ハハハ! 最初の威勢はどうした!」


 地面に這いつくばる僕を見下ろし、ドナトは愉快そうに(わら)う。


 ああ……そうだったな。

 このドナトという奴は、自分よりも弱い者に対して暴力を振るうことが趣味のような男だったな。


「ホラホラ! どうしたどうした!」

「グ……ガハ……ッ!?」


 ドナトは口の端を吊り上げながら、ただひたすら地面に転がっている僕へ無造作に木剣を叩きつける。

 もはや、剣術も試合もあったものじゃない。


 そして、王太子達もドナトの暴挙を一切止めようともせず、ただ面白い見世物でも見ているかのように、表情をにやけさせながら眺めている。

 本当に……全員屑だな。


 そして。


「ドナト、そろそろいいだろう。試合はこれまでとする」

「ハア……ハア……全く、口ほどにもない」


 息が切れるまで剣を打ち据え続け、ドナトは吐き捨てるように言った。


「まあ、これはお前も了承した試合だ。ドナトを恨むのは筋違いだぞ? ……って、さすがに意識はないか」

「…………………………」


 ピクリとも動かず、返事もしない僕を見やった後、王太子はドナトと取り巻きを連れて訓練場を去っていった。


 その時。


「あ……あああああ……っ!」


 一人の女性の、まるで絶望に染まったかのような震えた声が聞こえた。

 ああ……ちょっと失敗したなあ……。


 こんなことなら、少しくらい見せ場を作っておくんだった。


「イヴァン……イヴァン……ッ!」


 顔を涙でくしゃくしゃにしたナディアが(そば)へと駆け寄ってきて、僕の身体を抱き起こす。


「私の……私のせいであなたが……ごめんなさい……ごめんなさいい……っ」


 ウーン……さすがに、このままだと罪悪感がすごい。

 なので。


「ナディア、僕なら大丈夫ですよ」

「っ!? イヴァン!?」


 僕は目を開け、何でもないとばかりに身体を起こす。


「実は身体強化魔法をかけていましたので、あの男の攻撃は効いていません。それに、急所も外してありますので。とはいえ、せっかくの制服はずたぼろになってしまいましたが」


 そう言っておどけてみせると、ナディアはへたり込んだ。


「よかった……よかった……」


 ナディアは僕の破れた制服をつまみ、また涙を(こぼ)しながら何度も呟いた。

お読みいただき、ありがとうございました!


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