召喚術
「グス……す、すいません、もう大丈夫です……」
しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻したナディアは、そう言って頭を下げた。
「僕はあなたのクラスの同級生なんです。ですから、そんなに何度も謝らなくても大丈夫ですよ?」
「す、すいません……」
「ほら、また謝った」
「あ……ふふ」
僕がおどけながらわざと指摘すると、ナディアもようやく口元を緩めてくれた。
うん……やっぱり、彼女には笑顔が一番よく似合う。
「ちょっと待っていてくださいね」
僕は医務室の中を物色し、彼女の左頬とまぶたを冷やすためのものを探すと……お、医療用の清潔な布があった。
冷水で濡らし、絞って水気を切ると。
「さあ、これを」
「あ、ありがとうございます……」
彼女の左頬とまぶたに、冷たい布を当てる。
「あ、そういえばナディアさんは、選択授業はどれにするか決めましたか?」
「はい。私は魔法の授業を選択しようと思います。それなら、少しはお役に立てそうですから……」
……少しでも気分を変えようと話題を振ったけど、逆にハイメス辺境伯家や実家を思い出させる結果になってしまった。ちょっと失敗したなあ……。
まあでも、彼女の表情はそれほど曇っているわけではないし、大事なことだから話を続けよう。
「魔法ですか……失礼ですが、ナディアさんは今も魔法が使えますか?」
「は、はい。本当に初歩の魔法ですが……だけど、才能がない剣術よりはましではないかと」
「ふむ……」
彼女の言葉を受け、僕は思案する。
残念ながら、剣術ほどではないにしろナディアには魔法の才能もあまりないことも分かっている。
さて……どうやって、彼女をそちらへと導こうか……。
「話は変わりますが、ナディアさんは生き物は好きですか?」
「はい! 大好きです! 実は、子どものころから家の馬もお世話をしていたりするんです!」
すると、ナディアは急に藍色の瞳を輝かせて生き生きと答えた。
うん……君が生き物を好きなのは知っていたよ。
「でしたら、例えばですが、“召喚術”を学ぶというのはいかがですか?」
「“召喚術”、ですか……?」
「はい」
不思議そうに聞き返す彼女に、僕は微笑みながら頷く。
夢の中で彼女が試しに召喚術を使ってみたところ、いとも簡単に魔獣を召喚することができた。
その後も目に見えるように上達していき、短期間で中級魔獣を召喚できるまでに至ったからね。
もし、召喚術を迷宮に堕とされるまでの三年間で、ちゃんと学ぶことができれば……。
「やはり、こういったことは義務や使命で学ぶよりも、自分が好きだと思えるものを学んだほうが上達も早いですよ? 何より、中には可愛らしい魔獣もいますからね」
「そ、そうなんですね!」
よし! ナディアが食いついた!
夢の中でも、彼女はもふもふした可愛い魔獣を召喚しては、思う存分癒されていたからね!
「それに、召喚術は術者も少ない上に応用がききますので、使いこなすことができればかなり重宝されると思います」
「は、はい……!」
うん、ナディアは召喚術にかなり心が動いたみたいだ。
あと一押し。
「もしナディアさんが召喚術を選択されるのなら、僕も一緒に学ぼうと思います。二人で一緒に強くなりましょう!」
「あ……イヴァン様も一緒なら、その……心強いです……」
ナディアは頬を赤らめながら、上目遣いで僕を見る。
ここまでくれば、彼女も召喚術を選択するだろう。
すると。
「あら? どうしたの?」
ここでようやく、医務室の先生が姿を見せた。
まあ、いなかったのはこっちとしても都合がよかったんだけど。
「実は、彼女が左頬を怪我していまして……とりあえず、応急処置として冷やしておりますが、ここからの治療はお願いできますでしょうか」
「ええ、分かったわ」
医務室の先生が、微笑みながら頷く。
「じゃあナディアさん、選択授業については僕があなたの分も先生に提出しておきますね」
「は、はい。イヴァン様……本当に、色々とありがとうございました。このご恩に報いるため、私にできることでしたら何でもおっしゃってください」
ナディアは胸に手を当てながら、深々とお辞儀をする。
ふむ……何でも、か……。
「でしたら、早速ナディアさんにお願いしたいことがあるのですが……よろしいでしょうか?」
「は、はい! 何なりと!」
僕の言葉に、彼女が勢いよく身を乗り出した。
「では……僕達は同じクラスの同級生、しかも、家格もそれほど違いはありません」
「は、はい……」
「ですので、これからは僕のことを“イヴァン”と呼び捨てにしてくださると嬉しいですね」
「あ……そ、そんな……」
「僕は田舎暮らしだったものですから、友達に敬称を使うのも、敬称を使われるのも好きではありません。なので、是非ともお願いします」
躊躇する彼女に詰め寄り、強引にお願いする。
僕は、もっと彼女と親密になって、これからを一緒に過ごしたいから。
……まあ、まだドナトの奴が婚約者だから、友達までしか進めないけど。
ナディアはおろおろしながら考えた後、ゆっくりと口を開く。
「で、でしたら、イヴァン様もさん付けはおやめください……それを受け入れていただけるなら、私も、その……努力、します……」
「本当ですか? やった!」
恥ずかしそうにうつむくナディアに、僕は嬉しさのあまり拳を握った。
「あ……ふふ……」
するとナディアも、夢の中と同じようにはにかんでくれた。
「ありがとうございます。で、ではその……“ナディア”」
「はい、そ、その……“イヴァン”……」
ああ……夢の中ではなく、現実でナディアにそう呼んでもらえるなんて、最高の気分だ。
これだけで、僕の心が満たされるのが分かる。
「では、僕は教室に戻ります。先生、彼女のことをどうぞよろしくお願いします」
「ええ、任せて」
「イヴァン、本当にありがとうございました!」
満面の笑顔を見せるナディアと別れ、僕は教室へと戻る……んだけど。
「待っていたぞ」
……ご丁寧に、ドナトの奴が教室の前で仁王立ちしながら待っていた。
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