あなたの味方
「ふう……」
次の日の朝、いつものようにあの悪夢から目を覚ます。
今に至っても、僕は彼女を救い出す結果を導き出せていない。
「でも……収穫はあった」
やはり、現実の世界においてナディアと出逢えたことが何よりも大きかった。
これまでの夢の中では、迷宮に堕とされた直後の彼女は不器用な剣術くらいしか使うことができず、そこから彼女に僕が色々と教えるところからスタートしていた。
それが昨夜は、ナディアは魔法を行使したのだから。
とはいえ、彼女が最も才能があるのは魔法じゃない。
ナディアに相応しい資質は、それではないのだから。
「……まあ、それは今日の授業選択で僕が誘導してあげれば大丈夫か」
ただ、果たして彼女がその選択を受け入れてくれるかどうか……。
何せその能力は、帝国内でも使い手が多くない上に、不人気だからなあ……。
「でも、彼女の才能が本当にすごいことは、この僕が一番知っている」
だって、迷宮に落ちてからその能力を使役し始めても、いつも夢の終盤ではあれだけの実力を発揮しているんだから。
「うん……そうだ。彼女自身が迷宮に堕とされるまでに強くなれば、きっと僕達は脱出することができるはずだ」
僕はそう呟くと、口の端を持ち上げながら拳を強く握った。
◇
「ナディアさん、おはようございます……って、ど、どうしたんですか!?」
教室に入ってナディアに朝の挨拶をしに行くと、彼女の左頬が赤く腫れていた。
こ、これは一体……。
「あ、お、おはようございます……ちょっと転んでしまって、ぶつけただけですのでお気になさらないでください……」
そう言って、ナディアはニコリ、と微笑む。
でも、その姿があまりにも痛々しくて、心配をかけまいとする彼女の嘘と張り付けた笑顔が、あまりにも僕の心を絞めつけて……っ。
「とにかく、このままでは悪化してしまいます。すぐに医務室へ向かいましょう」
「イ、イヴァン様!? 私は大丈夫ですから!」
僕はナディアの手を取り、半ば強引に教室から連れ出すと、彼女は困惑したままほんの少しだけ抵抗を見せる。
おそらく、僕を巻き込まないようにするために。
すると。
「貴様! 誰の女に触れている!」
隣のAクラスから数人の子息と一緒に出てきた、長身でがっしりとした体格の生徒が大声で怒鳴った。
もちろん、ソイツはナディアの婚約者であるドナトだ。
「失礼。ナディアさんは物ではありませんので、誰のという言葉は不適切かと。それで、人目もはばからずに怒鳴りつけるあなたはどなたでしょうか?」
「なにいっ! 貴様、Bクラスの分際で!」
なるほど……自分より下だと思ったからこそ、そんな失礼な態度を……って違うな。
この男は、誰彼構わずこんな態度だ。
なまじ自分の剣術の実力が学院内のトップクラスで、なおかつ辺境伯の長男だから増長してしまい、迷宮に堕とされるその時まで気づかないままだったからな。
何より。
「まあまあドナト、落ち着くんだ」
「で、ですが殿下! この者はあろうことかこの俺を馬鹿にしたのですぞ!」
ヘラヘラしながらたしなめているのは、アストリア帝国皇太子であるエミリオ=デ=アストリア。
上に立つこの男が部下の躾もなっていないから、こうやってつけあがるんだ。
「それで、君はどこの家の者だ?」
「はい。エスコバル伯爵家が長男、イヴァンと申します」
「ほう……?」
胸に手を当てて名乗ると、王太子は興味深そうな視線を僕に向けた。
まあ、田舎とはいえ領土の広さだけはハイメス辺境伯家よりも上だからね。ただの伯爵家だけど。
「それより王太子殿下、彼女は怪我をしておりますので、急ぎ医務室へ連れて行きたいので失礼いたします」
「あ、ああ……」
恭しく礼をしながらそう告げると、面食らったのか皇太子は戸惑いながら返事をした。
「待て! この俺との話が先だろう!」
「……話なら、彼女を医務室に連れて行ってから、いくらでも聞いてあげますよ」
その後も続くドナトの怒鳴り声を一切無視し、僕は戸惑うナディアを連れて医務室へと向かった。
そして。
「イヴァン様、本当に申し訳ありません!」
医務室に着くなり、ナディアは深々と頭を下げて謝った。
「……どうして、あなたが謝るのですか?」
「私が原因で、彼……婚約者であるドナト様とイヴァン様が険悪になってしまったためです……」
「それこそ、あなたに非はないじゃないですか。だから、謝ったりしないでください」
僕は彼女が放った婚約者という言葉をわざと無視し、できる限り柔らかい表情を浮かべながらそう諭す。
それに。
「……立ち入るようなことを聞いて恐縮ですが、ひょっとしてその左頬、あの男が関係しているのでは?」
「っ! ち、違います! これは、私の不手際で!」
ナディアは一瞬息を飲み、僕の言葉を必死に否定する。
ああ……彼女はいつもそうだ。
夢の中であんな碌でもない男に婚約破棄をされた時だって、ただ自分のせいだと卑下して、追い詰めて……。
「ナディアさん……ここには、僕とあなたしかいません。ですから、そんなに自分を追い詰めないでください。決して僕も、あなたの言葉を誰かに告げたりしませんし、あなたに迷惑をかけたいとも思っていません。ただ……あなたが心配なんです」
そう……元々控えめで目立たない彼女は、学院での三年間、ずっと味方もおらずに、ただ耐え続けていたんだ。
そのことを、夢の中で泣き叫ぶ彼女から聞いた時には、どれほど胸が張り裂けそうになったことか……。
「……無理に話してほしいとは考えていません。ただ、これだけは分かってください。僕は、あなたの味方だということを」
「あ……ああ……!」
ナディアは両手で顔を覆い隠し、そのまま泣き崩れてしまった。
僕は……そんな彼女を、ただ見つめることしかできなかった。
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