世界一、大好きな人
■ナディア=ジェステ視点
――エテルナの迷宮からたった一人で脱出して、一年。
私は今、アストリア帝国から遠く離れた辺境の街、“エルトルド”に来ている。
あの迷宮の深い闇を抜けて私がたどり着いた場所は、アストリア帝国の海の向こう側……“フェリス王国”だった。
幸いなことに私には召喚術があったため、街にある冒険者ギルドで討伐系の依頼を受けて路銀を稼ぎ、アストリア帝国を目指した。
当初は船で海を横断して帝国へ向かうルートを考えたけど、その場合、入国の際に私の素性がバレてしまう。
そうなったらあの皇帝のことだ。この私を殺してティソーナを奪おうとするだろう。
そんなことをしても、もはやティソーナは私から離れることはないというのに。
何故なら。
「ねえねえ、この街には美味しいものがあるかな?」
「ふふ……さあ、どうでしょうか」
白い髪に褐色の肌、真紅の瞳を持つ小さな少女。
彼女の名は、“ティソーナ”。
私が迷宮から脱出する時に手にしていた、あの英雄剣ティソーナの擬人化した姿。
彼女の話によると、元々は神により鍛えられた剣が、奇跡によって人格が与えられたものらしい。
そして、伝説の竜エレンスゲを封じることを目的として、アストリア帝国初代皇帝、“英雄帝”と呼ばれた“アルフォンソ=デ=アストリア”の剣として戦い、龍を迷宮に封印した。
そして、初代皇帝は二度と封印が解かれないよう、その上にアストリア帝国を建国し、迷宮を守ってきたとのこと。
私がティソーナを抜いた経緯を彼女に話すと。
『はあ!? アルの子孫、そんな馬鹿な真似をしたの!? 許せない!』
そう言って、何度も地面を蹴って激昂していた。
だけど、エレンスゲの封印を解くという危険を冒してまでティソーナを求めた理由が、私には分からなかった。
彼女と、共に戦うまでは。
◇
「ふふ、これで今日の討伐も終わりですね」
エルトルドの街のギルドで依頼を受け、私達は目的の賊を全て討伐した。
数にして三百はいたけど、今の私の相手じゃない。
何より。
「へへーん! まあ、私にかかればこんな雑魚、大したことないし!」
そう言って、胸を張りながら自慢げに鼻をこするティソーナ。
でも、確かに彼女の言うとおりだ。
なにせ、彼女を一振りするだけで、全ての賊の首を刎ねることができたのだから。
そう……これこそが、ティソーナの能力。
持ち主が敵と認識した者を、ただ殲滅する能力。
そこに、持ち主の技術は一切要らない。
ただ振るうだけで、あとはティソーナが全て片付けてくれるのだから。
「まあ、私が仕留めそこなったのは、後にも先にもエレンスゲの馬鹿だけよ」
「そう、ですか……」
帰りの道中、そう語るティソーナを見て、私はうつむいてしまう。
彼女曰く、ティソーナが持ち出された以上、あのエレンスゲも封印が解けており、この地上に現れるのは時間の問題らしい。
だから私は、このティソーナと共に、もう一度エレンスゲを封印しなければならない。
それに……私が闇に落ちる時に告げられた、イヴァンの言葉……。
『二年後の四月の月食の日、“カルリトス”の街へ』
これは、ティソーナが示したエレンスゲ復活の日時、そして場所が見事に符号していた。
つまり……イヴァンは、私を救うことと併せて、私に託したのだ。
けど。
「……それなら、私を救うのではなくて、あの迷宮で一緒に最後を迎えたかった……っ!」
イヴァンが自分を犠牲にして助けたことへの悔しさで、私は胸を詰まらせる。
あなたがいないこの世界に、たった一人でいたところで、何の幸せがあるというのですか……!
私の幸せは、イヴァンの隣にしかないというのに……!
「……ナディア、また彼氏のことを考えているの?」
「…………………………」
涙を零す私を見て、ティソーナが心配そうに尋ねる。
あの日からもう一年以上も経っているけど、私は一度だって救われたことがない。
本当はあの後、イヴァンを追いかけて何度も死のうと思った。
もう一度迷宮に堕ちて、イヴァンをひっぱたいてやりたかった。
でも……彼が、命を賭して私を地上に戻したから。
彼が、私に託したから……。
だから私は、カルリトスの街を目指す。
最愛の人が託した願いを、果たすために。
◇
それから、さらに一年が経過した。
無事にアストリア帝国へと戻って来た私は、イヴァンとの約束の街、カルリトスにいる。
「ナディア、明日の夜はいよいよ月食……エレンスゲが復活するわ」
「はい……」
「もう、しっかりしてよ! 気合い入れないと、私達が負けちゃうんだからね!」
ティソーナは肩を怒らせていますが……もちろん、私は気合いが入っています。
ここにエレンスゲが現れるということは、イヴァンはその竜に殺されてしまったのでしょうから……。
私は、私の大切な人を奪ったエレンスゲを、絶対に許さない。
だから……エレンスゲを殺したら、次はこの国の皇帝を殺す。そう、心に決めている。
そして、いよいよ迎えた次の日の夜。
私とティソーナは、月が隠れてしまう瞬間を、今か今かと待ち構えていた。
「ナディア……いい?」
「もちろんです……私は必ず、エレンスゲを殺す」
「……正直、私もナディアの彼氏への愛の重さを見誤っていたわ……」
そう言って苦笑するティソーナ。
ですが、私のイヴァンへの愛はこんなものではない。
それを、エレンスゲとの戦いで証明……っ!?
それは、暗闇とともに現れた。
巨大な竜、エレンスゲなどではなく、小さな女の子と手を繋ぐ、一人の青年。
「あ……」
もちろん、私は間違えたりはしない。
「あああああ……っ」
だって。
「イヴァン……ッ!」
「ナディア……ただいま」
――私の、世界一大好きな人だから。
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