最悪の暴食とその最後
「ナディア……ッ」
カルロスの頭蓋骨を踏み潰した後、僕はすぐさまナディアを見る。
すると。
「クク……なるほど、これは厄介ですな」
「ふふ、そうですか」
グレイマンはアドバンの能力である無数の口を出現させ、ナディアへと襲い掛かるが、その全てを彼女の召喚獣が防いでおり、ほとんど膠着状態となっている。
――神級召喚獣、“ベルゼビュート”。
美しい女性の姿をしたその魔獣は、背中にある二対の透明な羽根で羽ばたき、腕組みしながらジッとグレイマンを見据えている。
その姿は、まさに“蠅の女王”と呼ぶに相応しかった。
「主殿……この者、少々厄介よ。女王たるこの私の鱗粉を吸い込んでもなお、このように平然としてるなんて……」
どうやらベルゼビュートの攻撃は、全てグレイマンに食われてしまったようだ。
そうなってしまったら、たとえベルゼビュートの強力無比な攻撃であっても、グレイマンにダメージを与えることができない。
だって、グレイマンの口の先にあるのは、ただの虚無なのだから。
そのことは、グレイマン自身が夢の中で語っていた。
アドバンへとその身を変えてから、常に腹が減るのだと。
そんなグレイマンもカルロス同様、自ら望んでこの迷宮へと堕ちた者。
人間だけでは飽き足らず、魔物すらもその虚無の腹に収めるために。
「ナディア……僕も加勢します」
「っ!? イヴァン、その怪我は!?」
「大したことはありません……それより、今はあの男を」
僕はナディアの隣に並び、グレイマンを見る。
カルロスの【ハープーン】による怪我で思うように身体が動かないけど、今はそんなことを言っていられない。
この男を倒さないことには、僕達に未来はないのだから。
「行くぞ! 【ヴィジラント】!」
僕は細長い円筒を数本生成し、グレイマン目がけて射出する。
「援護するわ。主様の想い人」
ありがたいことに、【ベルゼビュート】が【ヴィジラント】を鱗粉によって強化してくれた。
あとは、グレイマンの口に捕らえられないようにすれば……っ!?
「ふむ……あの【ハープーン】という魔法より美味くないな」
なんとグレイマンは、突然床から出現させた口で、全ての【ヴィジラント】を一気に食らい尽くしてしまった。
クソッ……やっぱりこの男、最悪だ……!
「……主殿。この者の討伐には、口惜しいけど【アスタロト】をお薦めするわ」
「……そうみたいですね。ありがとう、【ベルゼビュート】」
ナディアがそう告げると、【ベルゼビュート】はゆっくり頷き、この場から消えた。
「ナ、ナディア……神級召喚獣を連続で召喚して大丈夫なんですか……?」
「はい……まだ、いけます」
そう言って、彼女はニコリ、と微笑む。
でも彼女の顔色は青く、息も少し荒い。
「さあ、来てください! 【アスタロト】!」
光の魔法陣が現れ、三体の神級召喚獣のうちの一体、【アスタロト】が愛竜に跨りながら姿を現す。
その容姿は貴族然とした壮年の男性で、額に三本の角を生やし、背中には漆黒の翼をまとう。
この【アスタロト】こそ、全ての世界の境界を司る者。
「お呼びですかな? 主殿」
「はい……あの男を倒すため、あなたの力を貸してください」
「ふむ、承知しました。見たところ、あの口で別の世界へと誘うようですな」
「っ! 分かるのですか?」
「ホホ、当然です。私は【アスタロト】ですからな」
そう言うと、【アスタロト】の愛竜が口から瘴気の炎をグレイマンに向けて吐いた。
「ほう? 瘴気のブレスとは珍しい。どれ、どのような味なのか、少々試して……っ!?」
「ホホ、甘い甘い」
なんと、グレイマンは巨大な口で飲み込んだにも係わらず、突然、そのグレイマンの目の前に瘴気が出現し、襲い掛かる。
かろうじてグレイマンは躱すが、その表情に先程までの余裕はなくなっていた。
「馬鹿な……私の口は、全てを虚無へと放り込むはずなのに……」
「ホホ、その虚無とやらも、所詮は一つの世界。ならば、世界の境目というものは存在しますからな」
なるほど……世界の境目を司る【アスタロト】だからこそ、たとえグレイマンの腹の中であっても、この僕達の世界と繋げてしまうことは可能。
これなら、グレイマンの優位性は消えた。
「それにしても……貴殿のその虚無という世界を覗いてみれば、汚らしいものが漂っておりましたぞ。不潔極まりない」
そう言うと、【アスタロト】は顔をしかめながら鼻をつまんだ。
どうやら、相当汚かったみたいだ。
「私の食したものを否定するのかッッッ!」
だけど、そんな【アスタロト】の言葉が自尊心を傷つけたようで、冷静沈着なグレイマンが初めて激昂した。
「分かりました。では、貴殿に見せて差し上げよう。貴殿の食い散らかした、汚物の数々を」
「何?」
【アスタロト】が告げた、その瞬間。
「っ!? うおおおおおおおおおおっ!?」
「どうです? これが貴殿の中にある汚物ですよ」
グレイマンの頭上から、色々なものが大量に振ってきた。
これまで食べてきた、老若男女の人間、魔物、武器、防具、建物の残骸や土砂、岩、そして……あれは、僕の【ハープーン】と【ヴィジラント】?
それらが一斉にグレイマンへと覆い被さり、【ハープーン】と【ヴィジラント】が同時に発動した。
――ドオオオオオオオオオオオン……ッッッ!
轟音と共に、グレイマンを中心とした一帯が吹き飛ぶ。
「クッ……【リアクティブアーマー】!」
僕はすぐさま防御壁を展開し、ナディアを守る。
「だ、大丈夫ですか!」
「はい……それよりも……っ」
ナディアは藍色の瞳に涙を溜めながら、僕の頬をそっと撫でた。
僕の火傷を、慈しむように。
「ふむ……どうやら終わったようですな」
迷宮内に静寂が戻り、【アスタロト】の言葉を受けて、僕とナディアがおずおずと【リアクティブアーマー】から顔を覗かせる。
すると……グレイマンがいた場所の床に、大きな口が開いていた。
「っ! グレイマンは口の中に逃げ込んだのか!?」
「どうやらそのようですな。ですが、これは悪手と言わざるを得ません。どれ」
そう言うと、【アスタロト】は指をパチン、と鳴らした。
それと同時に、グレイマンの口が強制的に閉じられていく。
「あの口も、言うなれば世界の境目。であれば、この私の意に背くことはできますまい」
巨大な口は必死に抵抗を見せるが、口は閉じられていく。
そして。
口は完全に閉じられ、口そのものも目の前から消え去った。
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