死と絶望の中で結ばれた二人
――ドン。
一度の炸裂音と共に、アリア=モレノの腰から上が吹き飛んだ。
あの女が素直に従うとも思っていないし、逃げ出すことも分かっていた。
だから僕は、部屋の出入口の通路側に仕掛けをしておいた。
魔力に感知する、【クレイモア】を。
僕は、あの女が何もしなければ逃げられるよう、最後のチャンスを与えてやったんだ。
でも、アイツは僕達に報復するために、スケルトンドラゴンを召喚しようとした。
その結果が、あの女の末路だ。
「……結局、僕達二人で迷宮に堕とされた子息令嬢の全員を殺害しましたね……」
天井を仰ぎながら、僕はポツリ、と呟く。
僕はいい。最初からそのつもりだったし、当然だけど覚悟も決意もできている。
でも……ナディアは、本当はこんなことができるような女性じゃないんだ。
なのに、僕のためを思って、彼女は自ら率先して手を汚した。
そうさせたのは、この僕だ。
「はい……ですが、一切後悔はしていません。だって、私は私自身の力で、あなたを守れたのですから」
ナディアは真っ直ぐに僕を見つめ、そう告げた。
彼女の言うように、その綺麗な藍色の瞳には後悔の色は見えず、ただ覚悟と決意、そして罪悪感が込められていた。
僕は……。
「ナディア……ごめんなさい……ごめんなさい……っ!」
「っ!? どうしてイヴァンが謝るのですか! どうして……どうしてあなたが、そんな悲しそうにするのですか……!」
強く抱きしめ、涙ぐみながら何度も謝る僕に、ナディアが抱きしめ返しながら僕の謝罪を拒否する。
その藍色の瞳から、大粒の涙を零しながら。
「私は! 私はあなたのお役に立てて嬉しかった! あなたを守れて……あなたの傍にいられて、本当に嬉しかった! そんな私の想いを……喜びを、どうして否定しようとするのですか!」
「あ……」
「私は幸せなんです! たとえこの迷宮が地獄のような場所で、誰かを殺めなければならないとしても! あなたがいれば……あなたさえいれば……!」
ああ……そうだったね……。
君は夢の中でも、いつも僕だけを見てくれた。いつも、僕だけを求めてくれた。
僕だってそうだ。
僕は、君のためなら何だってできた。君がいてくれるなら、何人もの屍を積み上げても、ただ……幸せだった。
「ナディア……本当に、ごめんなさい」
「っ! イヴァン、まだ……っ!?」
また同じように謝った僕に、ナディアが何か言おうとしたところで、僕は彼女を強く抱きしめた。
強く……ただ、強く……。
「僕は、君の気持ちをちゃんと考えていませんでした。君はいつだって、示してくれていたのに……」
「あ……イヴァン……」
僕の言葉に、ナディアが優しく抱きしめ返してくれた。
怒っていた表情を、微笑みに変えて。
「ナディア……僕の話を聞いてくれますか……?」
「は、はい……」
僕は決意を固めてそう告げると、ナディアの身体が緊張で強張った。
「先程、あのアリア=モレノが言っていた夢の話……覚えていますか……?」
「え、ええ……到底、信じられないものでしたが……」
「……実はこの僕も、毎日同じ夢ばかりを見ていました」
「っ!? イヴァンが!?」
僕は、ナディアにささやくように、夢の話を告白した。
今から十年前……八歳の誕生日を迎えてから、毎日同じ夢を見ていたこと。
その夢は、いつもあの卒業記念パーティーの婚約破棄から始まっていたこと。
その後、ナディア達が“迷宮刑”に処せられ、ここに堕とされていたこと。
そんなナディア達を、僕はただ傍観していたこと。
「……でも、僕はほんの小さな好奇心で、君達の婚約破棄に介入した。そうしたら、僕も一緒にこの迷宮に堕とされることになった」
そう……そして、僕はヘルハウンドに襲われたところで、君が僕を庇って噛み殺されてしまったんだ……。
「それから僕は、ただ君を救いたい一心で、夢の中でこの迷宮に挑み続けた。毎日、毎日、何十回、何百回、何千回と」
「…………………………」
「そのための強さだって手に入れた。君も見たあの合成魔法はその一つで、他にも魔力の最大容量を増やすための訓練も十年続けてきた」
「……どうして、そこまでしたのですか? ただの夢の話ですし、現実と同じかどうかも分かりません。何より、そんなにつらい思いをしたのであれば、ただの傍観者に戻れたはずなのに……」
今まで静かに僕の話を聞いてくれていたナディアが、おずおずと尋ねる。
どうして、そこまでした、か……。
そんなの、答えは一つしかない。
そして……僕は告げよう。
僕の、この決意と想いを。
「……僕は、あの夢の中で初めて迷宮に堕とされて、君が僕を庇った時に、心配かけまいとする君の笑顔が……優しさが、今もこの胸に焼き付いています」
「………………………」
「夢の中でのことを、何を馬鹿なことをと思うかもしれません。ですが、僕はあの時からずっと……」
そう言って一拍置き、すう、と息を吸うと。
「あなたが……ナディアが、好きだから」
「あ……」
僕の告白に、ナディアが目を見開く。
あはは……夢の中で出逢って、それから君のことを好きになって、今に至るだなんて、ナディアからしたらいい迷惑かもしれないな……。
そう思い、僕は思わず苦笑すると……っ!?
「ナ、ナディア!?」
「私は……私は、イヴァンの言葉を信じます……っ! あなたはずっと、入学の日に出逢ってからずっと、私のことを大切にしてくださいました! 私を見ていてくださいました! 私を認めてくださいました! 誰からも必要とされていなかった、この私を!」
僕の首に腕を回し、強く抱きしめながらナディアが、思いの丈をぶつける。
何より……こんな僕の言葉を、信じてくれるなんて……。
「知っていますか? あなたがいてくださったことで、私がどれだけ救われたか……! どれだけ、私の中にあなたがいらっしゃるか……!」
「それは……」
「もう、私はあなたなしでは生きてはいけないのです……! 誰よりも……世界中の誰よりも愛している、あなたなしでは……!」
「あ……」
ナディアが僕の告白に応え、そう告げて涙を零しながら微笑んだ。
そして……僕の頬を、そっと撫でてくれた。
「ナディア……ナディア……!」
「イヴァン……イヴァン……!」
十年間、幾千の夢と死を乗り越え、僕は、この控えめで、優しくて、可愛くて、努力家で、ひたむきで、世界中の誰よりも愛しているナディアと、死と絶望の漂う迷宮の中で結ばれた。
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