同じ夢を見し者
アリア=モレノは帝立学園において、常に浮いた存在だった。
まず、モレノ男爵家の庶子という出自だけを見れば、よくある貴族のお遊びの犠牲になった不幸な子ども。それが一般的な感想だろう。
だが、母親の死をきっかけにモレノ家へと入ったアリアは、いつの間にかモレノ家の中心にいた。
今まで捨て置いていたはずのモレノ男爵は、家に迎え入れた途端、手のひらを返すように溺愛するようになった。それこそ、本妻との子どもを差し置いて。
当然、それをよく思わない本妻とその子どもは、アリアに対し執拗ないじめを行うようになった。
だが、そのいじめもある日を境に行われなくなった。
それは、アリアがモレノ家に来て半年経った時。
本妻とその子どもは、乗っていた馬車が事故に遭い、帰らぬ人となってしまったのだ。
しかも、走行中に馬車の車輪が片方外れ、その拍子に車内に偶然あったモレノ男爵愛用の剣の数本が鞘から飛び出して二人の身体を貫いた。
これにより、モレノ男爵の家族はアリアだけとなり、これまで以上に溺愛をされるようになった。
そのあまりの二人の仲睦まじい姿は、親子を通り越してまるで恋人同士のようだというのが、モレノ男爵領の領民達の声だ。
そんな彼女が帝立学園に入学すると、この国の皇太子をはじめ有力貴族の子息達は軒並み彼女に懸想してしまった。
客観的に見れば、アリアは可愛い部類ではあるが目を見張るほどの美人というわけでもない。
だから、他の学院の生徒達も、どうして皇太子達が彼女にご執心なのか、首を傾げていた。
そして実際にこの目で確かめて、僕自身も首を傾げるばかりだ。
露骨に有力貴族の子息だけに関心を持ち、婚約者がいようが構わず身体を接触させては色目を使う。
ナディアを誰よりも愛している僕からすれば、アリアの行動は一切理解できないから。
そして、夢の中でのアリアも常に子息達に庇護を受け、その子息達も全員死ねば次の男に寄生する。
そうやってこの迷宮で生き延びてきたはずだった。
なのに。
「大人しく死んでくれればよかったのに、ついてない」
この最低女が、この場面で初めて自分の手で介入してきた。
「……どういう風の吹き回しだ? オマエはいつも、他の男に守られるだけの存在だっただろう」
「ええそうよ。この私が手を汚すなんてあり得ない。本当に、アイツ等全員使えないんだから」
最低女は、吐き捨てるようにそう言った。
「せっかくナディアが見逃してくれたのに、こんな真似をしたのは何故だ? それに、この後自分がどうなるのか、それも分かっているのか?」
「ええ、分かってるわよ。でも、それ以上にあなた達が邪魔なんだもの」
「邪魔?」
この女、何を言っている?
確かに僕達はこの最低女を殺してやりたいと思っているけど、それでも一度は見逃してやったんだから、わざわざ死にに来る必要はないはずだ。
なのに、この女は来た。
大した実力も、持ち合わせてないくせに。
「そう、邪魔なの。あなた達がいると、私がこの迷宮で生き残れなくなっちゃう」
「……元々、オマエは生き残れないよ」
変な期待を持っている最低女に対し、僕は冷たく言い放つ。
だって、それが夢の中で起きた結果だから。
「いいえ、本当は生き残れたのよ。セルヒオがあなたを殺して、私は迷宮の最下層でセルヒオを殺し、“ティソーナ”を手にするの。それは、もう既に決まった未来なのよ」
「は……?」
理解が追いつけず、僕は呆けた声を漏らした。
「まあ、あなた達には分からないわよ。だって、それを知っているのは、毎晩夢を見続けた、この私だけなんだもの」
「はあ!?」
最低女の口から出た、とんでもない言葉に、僕は我を忘れて大声で叫んだ。
夢を見た!? 毎晩!?
それじゃまるで、僕と同じじゃないか!
「それで、夢の中ではあなた達がこの下の階層に降りちゃうと、一度も生き残れたことがないのよ。だからね? ……ここで死んでくれる?」
「っ!? ナディア!」
「は、はい! 【アモン】!」
僕はナディアを背中に隠し、彼女も魔獣を召喚した。
「それなのよねえ……夢の中ではあなた、何もできなくて震えてるだけだったのに、現実ではそんな召喚術を使ってるし……どうして?」
「そんなこと知りません! それよりも、あなたは先程から何を言っているのですか? 夢と現実をはき違えて……いい加減、目を覚ましたらどうなのですか?」
「あなたこそ何を言ってるの? 私の夢は特別なのよ。私が夢の中と同じようにすれば、本当にそうなっちゃうの」
……やっぱり、この女も僕と同じなのか?
僕のように、夢と同じことが、現実でも……。
「そのおかげで、私はモレノ男爵に無事拾われたし、邪魔だった本妻とガキも消した。エミリオ達だって夢のとおりに優しくしてやったら、簡単に尻尾を振るし、本当、楽だったわ」
「…………………………」
「なのに、あの婚約破棄からおかしな方向になっちゃってるの。本当だったらあなたはあの場で泣き崩れてるはずだったし、そこのあなたはその他大勢と同じように婚約破棄の現場を眺めているだけだった。なのに、あなた達は一緒にいるし……」
そう言うと、最低女は顔をしかめながらかぶりを振る。
「それからよ。夢の中と現実がずれていると感じたのは」
ああ……そうか、ようやく理解した。
本来現れないはずのセルヒオとこの最低女があそこで現れたのは、コイツの仕業だったのか。
「だからね? セルヒオやドナトを使ってあなた達を殺させようとしたんだけど、あっさりやられちゃうでしょ? 本当に、使えない」
「……そうか」
「それで、こうなったらこの私が直接殺してやることにしたの。だから……死んで?」
そう言うと、最低女……アリア=モレノは、口の端を三日月のように吊り上げた。
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