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最後の取り巻き

 “セルヒオ=ディアス”。


 周辺国にもその名を轟かせるアストリア帝国騎士団の団長、“ラファエル=ディアス”伯爵の嫡男として生まれ、その類まれなる才能で次期騎士団長……いや、歴代最強の騎士団長として名を馳せることが約束されていた男。


 その剣術の腕前は、まだ十八歳であるにもかかわらず達人の域に達しており、言わずもがなドナト=ハイネスが足元にも及ばない、文字どおり学院最強……いや、帝国最強クラス。


 そんな未来を嘱望された男が、本来なら皇太子の取り巻きの一人としてアリア=モレノに懸想して自分の婚約者を糾弾するような、そんな人物ではない。


 だが、セルヒオは皇太子と同じ行動をした。


 同じようにアリア=モレノに入れ上げ、婚約者であったローラ=ペドロサをないがしろにし、他の生徒達に対しても傍若無人に振る舞う。

 しかも剣の腕で敵う者もおらず、この男に対して誰も意見するものもいなかった。


 それが、帝立学院におけるこの男の行動の全てだ。


「……こんなところで、何をしているんだ?」

「やだなあ、もちろん迷宮攻略に決まっているじゃないですか。“ティソーナ”を手に入れないと、ここから出られないんですから」


 セルヒオは苦笑しながら肩を竦め、そう答えた。

 だが、僕の頭の中は、この予想だにしなかった事態に頭の中でぐるぐると考えを巡らせていた。


 だって、夢の中では一度だって、こんなことはなかったのに。


 もちろん、夢はあくまでも夢でしかなく、現実とは違うと言ってしまえばそれまでだ。

 だけど、婚約破棄からここまでの展開、迷宮へと堕とされた事実、迷宮内の通路や天井、壁、床の配置、ドナトの襲撃、リリアナ令嬢の毒殺未遂、エルナンとチコ、それにカリナ令嬢達との遭遇……。


 これらの全てが、夢の中での出来事とほぼ合致していたんだ。

 それが、ここにきてこんな見たことも(・・・・・)ない(・・)展開が待っているなんて……。


「ところで、他の人達を見てきた(・・・・)けど(・・)、君達はよく今まで無事に生き残ってこられたね」

「…………………………」


 そう言って、ニコリ、と爽やかな笑みを浮かべるセルヒオに、僕は無言でこの男を見据えた。

 だけど、そうか……あれ(・・)を見た上で、僕達の前に現れたのか。


「それで、僕からの提案なんだけど……よかったら、“ティソーナ”を入手するまで、僕達と一緒に迷宮攻略をしないかい? 君達も知っているかもしれないけど、こう見えて僕は役に立つと思うんだ」

「っ!? 何を言い出すのセルヒオ!?」


 隣で黙って聞いていた最低女が、セルヒオの言葉に声を荒げた。

 どうやら、この件について寝耳に水だったらしい。


 そしてそれは、この僕も。


「……嫌だ、と言ったら?」

「その時は仕方ない。諦めて、僕達二人だけで攻略するよ」


 セルヒオが肩を竦め、かぶりを振る。


「イヴァン……」


 そんな僕達のやり取りを見て、ナディアが心配そうに僕を見つめていた。


「大丈夫です、ナディア……だから、心配しないでください」

「あ……は、はい……」


 僕は彼女のその小さな手をキュ、と握り、微笑んで見せた。


 だけど……どうする?

 少なくとも、夢の中ではこの男が共闘を持ちかけてきたことなんて、一度もなかった。

 それを考えれば、この申し出自体が僕達を罠に()めるためのものかもしれない。


 ……よし。


 意を決し、僕はセルヒオを見据える。


 その時。


「アアアアアアアアアア……ッ」

「「っ!?」」


 突然、通路の奥からうめき声が聞こえ、僕とナディアはそちらへと視線を向けた。


 そこには。


「アアアアアアアアアア……ッ」


 虚ろな目をしたエミリオが、一回りも二回りも大きなスライムに飲み込まれ、顔だけを(のぞ)かせていた。


 ……どうやらエミリオは、捕食されてしまったみたいだ。

 これがアストリア帝国の皇太子だった者の末路とはね……。


 だが、結局は自分で蒔いた種。

 この男があんな真似さえしなければ、ナディアはこんなところに堕ちることはなかったんだ。


 そんな憐憫(れんびん)と侮蔑という、相反する感情を込めてエミリオを見つめていると。


「アアアアアア……セルヒオ(・・・・)……ナゼ……ナゼダアアアアア……」

「っ!?」


 不意に告げられた名に、僕は思わずセルヒオを見た。


「…………………………」


 でも、セルヒオは表情を一切崩さないまま、ただエミリオを眺めている。


「セルヒオオオオ……セルヒオオオオ……」


 愛しのアリアの名前でなく、セルヒオの名ばかりを連呼するエミリオ。

 ……リスクはあるが、試しに(・・・)やってみるか(・・・・・・)


「【ファイアボール】」


 僕は右手をかざし、スライムの下の部分に向けてただの(・・・)【ファイアボール】を放った。

 直径二十センチほどの炎の弾が着弾すると、スライムは苦しそうに身悶える。


 そして。


「っ! 今だ!」


 僕は、燃えて身体が小さくなり、原型を留めることができていないスライムからエミリオを引き抜いた。


「アアアアアア……」


 だが、既にスライムの体内で消化されてしまっているエミリオは、もう助からないだろう。


「エミリオ……オマエはどうして、スライムに飲み込まれている。こんな魔物、いくらオマエでもやられるなんてことはないだろうに」


 そう、静かに話しかけると。


「ア……アアア……」


 エミリオは、ゆっくりとセルヒオを右手で指し示し、すぐに力尽きた。


 その時……セルヒオは、愉快そうに口の端を吊り上げた。

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