勝手な想い
「ナディア、もういいですよ」
カリナ令嬢達を倒したあの行き止まりから移動して数分。
ここでようやく、僕はナディアに目を開けるように告げた。
「は、はい……イヴァン、大丈夫でしたか?」
「もちろんです。僕は、そんな弱い男ではありませんよ?」
「そ、それは分かっています。ですが、心配なものは心配なんです……」
そう言って、僕の顔を覗き込みながら何度も無事を確認するナディア。
彼女のそんな優しさや気遣いに、僕は胸が熱くなった。
そして、改めて誓う。
僕は絶対にナディアを救い出し、そして、ナディアを幸せにするのだと。
その幸せには、僕が必ずいなければならないことを踏まえて。
「何とか、答えを見つけないとな……」
「イヴァン、何か言いましたか?」
「い、いいえ、何でもありません」
呟きを聞いたナディアに尋ねられ、僕は慌てて否定する。
あの夢のことは、さすがに彼女には話せない。
「そ、それより、カリナ令嬢達が遺した食糧のおかげで、向こう一か月は食事を心配しなくても済むようになりました」
「! それは不幸中の幸いでした!」
堕とされてからまだ二日くらいしか経っていないから、あの三人の食糧はかなり余っている。
とりあえず、これで迷宮攻略のために最低限必要となる分が確保できたな……。
さて、そうなるとこれからどの方針で攻略を進めていくかだけど……一応、夢の中では二通りのパターンがあった。
このまま皇太子や最低女達は捨て置いて下の階層を目指すか、それとも、後顧の憂いを絶つ意味でも、連中を始末しておくか。
アイツ等に関しては思うところしかないが、かといってこれ以上ナディアに知っている者の死を見せたくない。
それに、どちらを選択してもメリットとデメリットがある。
アイツ等を殺害してから迷宮攻略に進む場合、食糧に余裕ができるものの、その分迷宮攻略に時間がかかることに加え、ナディアにも手を汚させることになってしまう。
一方で、アイツ等を無視した場合、それだけ攻略時間は短縮できるが、後々連中のせいで面倒なことになることは分かっている。
……まあ、面倒になるのは、どちらも同じか。
なら。
「ではナディア、今日こそは次の階層へと向かう階段を探しましょう。そして“ティソーナ”を手に入れ、ここから脱出するんです」
「はい!」
僕の言葉に、ナディアが嬉しそうに返事をした。
ああ、ナディア……君がいてくれるのであれば、僕は地獄に堕ちることも、悪魔になることもいとわない。
最初は、君だけが救われればいいと、ずっと思っていた。
そのためには僕は二の次で、初めてこの迷宮に堕とされた時の、あの夢の中の君のように、ただ君だけが救われればと。
でも、それはただの自己満足でしかなくて、君はそんなことは望んでいなくて。
そして……僕はあなたの、その温もりを手放したくなくて……。
だから。
帝立学院でのことを全て清算して、一緒にその先へと進もう。
この手に感じている、君の温もりと共に。
◇
「ナディア、大丈夫ですか? 疲れていませんか?」
隣を歩くナディアに、僕は声をかける。
一応、荷物は全て僕が持っているとはいえ、ここまで半日近く歩いているから、ナディアもそろそろ体力的にきついはずだから。
「ふふ……大丈夫ですよ、イヴァン。それよりも、先へ急ぎましょう」
そう言って、ナディアはニコリ、と微笑んだ。
本当は、ナディアに無理はさせたくないんだけど、彼女の顔色や足取りを見る限り、確かに疲労が見えている様子はない。
それどころか、ナディアが生き生きとしているようにも見える。
……これなら、ここでできる限り時間を稼いでおくほうがいいか。
「分かりました。ですが、少しでも疲れたりしたのであれば、必ず僕に言ってくださいね。無理をすれば、そのほうが後々大変なことになってしまいますから」
「はい!」
そうして、僕達はさらに迷宮の奥へと進んで行く。
途中、ヘルハウンドやリザードマンなどの魔物が現れるが、僕達の敵ではない。
「……ふふ」
「? どうしました?」
スライムの群れを倒し終え、また歩き始めた直後でナディアが不意に笑ったので尋ねる。
「いえ……本当のことを言うと、私は自分のことを地味で目立たず、これといった特徴もない、役に立たない人間だと思っていたんです」
「っ! そんなことはありません! ナディアは誰よりも素敵な最高の女性です!」
彼女の口から漏れた言葉が到底認められず、僕は思わず大声で否定した。
「ふふ、聞いてください。本当に、それが私のこれまでの自己評価でした……いえ、あのドナトにもずっとそのように言われ続け、学院に来てからも他の生徒達は私を気にも留めませんでした」
「…………………………」
「ですが……学院に入学したあの日、あなただけは私を見てくれた」
そう言うと、ナディアは澄んだ藍色の瞳で僕を見つめる。
「あの時、私は確かに救われたんです。イヴァン=エスコバルという、誰よりも素敵な人に」
「ナディア……」
違うんだ、ナディア……。
救われたのは、僕のほうなんだ。
たとえ夢の中だとはいえ、君はその身を挺して僕を助けようとしてくれた。
その後も、夢の中で逢うたびに、いつも僕のことを気遣ってくれて、優しくしてくれて……。
あのまま毎日同じ夢を見続けていたら、僕は壊れていたはずなんだ。
でも……僕が僕のままでいられたのは、君がいてくれたからなんだ。
「……ふふ、すいません。イヴァンは気になさらないでください。これは、私の勝手な想いでしかありませんから……」
ナディアが前へ向き直ると、寂しく微笑んだ。
そんな彼女に、僕はただ寂しく微笑み返す。
でも……僕の心の中に、ある決意が生まれる。
彼女の勝手な想いを、そして、僕の勝手な想いを、成就するための決意を。
互いに想いを抱えたまま、僕達は無言で迷宮の中を進む。
すると。
「やあ、奇遇ですね」
想定外に、僕とナディアは出くわしてしまった。
あの最低女と、取り巻きの最後の一人。
――帝国騎士団長の嫡男、“セルヒオ=ディアス”に。
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