現実での出逢い
「“イヴァン”、頑張るんだぞ!」
「帝都は都会だから、騙されたりしないようにね!」
「お兄ちゃん! がんばってね!」
いよいよ帝都への出発の朝、両親と可愛い妹、それに使用人達全員で見送りに来てくれた。
いや、たしかにうちの領地は帝国内でも辺境の田舎だけど、だからって僕も騙されたりしないからね?
「あはは……と、とにかく行ってきます」
みんなに見送られ、僕は用意してくれた馬車に乗って帝都を目指す。
本当に伯爵領が辺境にあるため、帝都までは約一か月の旅だ。
なお、辺境にあるにもかかわらず、我がエスコバル伯爵家は辺境伯ではない。
何故なら、ただ帝国の端にある田舎というだけで、外交的に何の意味も、ましてや価値なんて少しもないからだ。
なので、扱い的には普通の伯爵家と何ら変わりはない。
「まあ、僕はそんなのんびりしたここが大好きだけどね」
車窓の外を眺めながら、僕は口の端を緩める。
この景色も、しばらくは見納めだな……。
「さて……それじゃ、やりますか」
僕は静かに目を瞑り、体内で魔力を錬成する訓練を始める。
これを毎日繰り返すことで、徐々に魔力を増大させることができるんだ。
これも、魔法が使えるようになったあの日から、ずっと訓練を続けている。
おかげで今の僕は、魔力量なら一般的な魔法使いの四倍……いや、五倍はあると思う。
とはいえ、残念ながら魔法の才能も人並みだったため、一つ一つの攻撃魔法の威力も平凡でしかないんだけど。
「まあ、そんなのは技術と経験でいくらでもカバーできるけどね」
その事実も、僕は夢の中で学んだ。
あそこでは、いくらでも経験が積めるから。
「おっと、集中集中」
気を取り直し、再度体内で魔力を練り直す。
今日も夢の中で出てくるであろう、ナディアを救うために。
◇
「うわあああ……!」
故郷を出発してから一か月。
帝都に着いた僕は、そのあまりの人の多さや建物に圧倒されていた。
「こ、こんなところで三年間も過ごすなんて、僕はやっていけるんだろうか……」
そんな不安を口にしてみるけど、帝国内の貴族の子息令嬢が帝立学院で学ぶことが義務付けられている以上、やっていくしかない。
「そ、それに、夢の中の僕だって、三年間過ごしていたはずだし。うん」
まるで自分に言い聞かせるように呟いてはみたものの、所詮は夢の中。現実とは違う。
加えて、夢は卒業記念パーティーでの王太子の婚約破棄から始まるから、夢の中でも経験してはいないけど。
「と、とにかく、学院に着いたら荷下ろしをしないと」
そんなことを考えながら、僕は馬車の中で意気込む。
それに。
「ひょ、ひょっとしたらあの夢だって正夢かもしれないから……って、さすがにそれはないか……」
僕は、そう言って肩を落とす。
実は、父上にはこれまでいくつかの縁談を持ちかけられたんだけど、ナディアへの想いが強すぎて申し訳ないながらも全部断ってきた。
だから僕は、貴族なのに十五歳になった今も婚約者がいないでいる。
「あはは……ナディアが現実になんて、いるわけがないのにね……」
それに、あの夢の中のことが仮に本当だったとしても、彼女にはれっきとした婚約者がいるんだ。
たとえ、卒業式の夜に婚約破棄を言い渡されるとしても。
僕は……胸が、チクリ、と痛んだ。
◇
「ここが、帝立学院か……」
帝都内にある建物の中でもひと際立派な学舎を見上げ、僕はポツリ、と呟く。
早速圧倒されそうになっているけど、それも暮らしていくうちに慣れるだろう。そうに違いない。
覚悟を決め、僕はトランクケースを持ってその敷地内に足を踏み入れると。
「フン……このぐずめ」
「す、すいません……」
目の前に、かなり大きな剣を担いで尊大に歩く貴族の子息と、その後ろを謝りながらついて行く令嬢の姿があった。
「あれ……は……」
あり得ない。
だけど、見間違えるはずもない。
あの、藍色に輝く綺麗な髪を。
あの、優しさを湛えた藍色の瞳を。
「あ……あああ……っ!」
間違いない。
彼女は……彼女は……!
「あああああああああ……!」
この七年間、僕が愛してやまなかった、ナディア=ジェステだ……!
彼女に出逢えた奇跡に、気づけば僕は、人目もはばからずに涙を流していた。
現実の彼女に出逢えた喜びに。
すると。
「そ、その……どうかしましたか……?」
いつの間にか心配そうな表情を浮かべたナディアが、僕の傍にいた。
「あ、ああ……す、すいません……ちょっと目にごみが入ったみたいです……」
僕はグイ、と袖で涙を拭うと、心配かけまいと微笑んでみせた。
……いや、ナディアに逢えたことが嬉しくて、本当に顔が綻んでいるのは間違いない。
「そ、そうですか……でしたらよかったです」
そう言って、控えめな笑顔を見せるナディア。
その可愛らしい笑顔も、夢の中と同じだった。
「あ……そ、そうだ、僕は帝立学院の新入生の、エスコバル伯爵家の長男、イヴァン=エスコバルです」
「そ、そうなんですね。実は私も新入生で……ジェステ子爵家の長女、ナディア=ジェステです……」
うん……僕は、君のことを誰よりも知っている。
君がどれだけ優しくて、勇気があって、健気で、頑張り屋で、ひたむきで……世界中の誰よりも、素敵な女性だということを……。
だから。
「これからも、どうぞよろしくお願いします」
――僕が、君を全てから救ってみせるから。
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