死んだふり
「あらあら、意外とやりますわね」
戦闘が始まって三分、といったところか。
カリナ令嬢は、僕の魔法から逃れるために通路の陰に隠れている。
それにしても。
「相変わらず、面倒だな……」
カリナ=オリベイラは特殊な女だ。
その性格もさることながら、戦い方まで二面性を持ち合わせている。
近接戦闘ではフルーレを用いて獲物を狩り、中・遠距離においては得意の火属性魔法で全てを燃やし尽くす。
僕も夢の中で、何度あの女に斬り刻まれ、焼かれたことか……。
「といっても、それは十歳の時までだけど」
ということで、僕も本気を……って。
「ナディア?」
「イヴァン、私も手伝います」
背中に隠していたナディアが顔を覗かせ、胸の前で小さく拳を握って気合いを見せた。
……何だろう、この可愛い女性は。
こんな姿を見れただけで、僕は天にも昇る心地だ。
うん……そこだけは、カリナ令嬢に感謝してもいいか。
とはいえ、ナディアを家畜呼ばわりし、あまつさえ手に掛けようとした貴様を許すつもりはないが、な。
「あはは、大丈夫ですナディア。今回は、僕に任せてください」
そう言って、僕は胸を叩いた。
「……無理、していませんか?」
「もちろん」
「分かりました。ですが、何かありましたら私もその時は」
「はい」
僕の笑顔で、ようやく信じてくれたナディアに、力強く頷く。
すると。
「ウフフ、余裕ですわね。【フレアランス】」
「っ! 【リアクティブアーマー】!」
放たれた炎の槍を、僕は火属性魔法を閉じ込めた、土属性魔法で形成した二枚の盾で弾いた。
この構造なら、並の僕の魔法でも強力な魔法でも防げる。
「チッ! 本当に、面倒な魔法を使いますわね!」
「そうですか? あなたが大したことがないからでは?」
「言うじゃない!」
僕の煽りに、通路の陰からヒステリックな声が聞こえる。
本当に、気の短さはまさに傲慢な公爵令嬢だな。
「さて……そろそろ遊ぶのは止めて、終わらせるとしよう」
そう呟くと、僕は無造作に通路の陰へ向かってゆっくりと歩き出す。
まるで、狙ってくださいと言わんばかりに。
アッチは既に仕掛け済みだし、目の前に集中するだけだ。
「いい度胸ですわね! 【フレアストーム】!」
おお……今度は上級火属性魔法の【フレアストーム】か……これはさすがに【リアクティブアーマー】では防げないなあ……。
まあ、問題ない。
「【リキッド・ニトロゲン】」
僕は、氷属性魔法を極限まで圧縮させて閉じ込めた、土属性魔法で作った金属製の円筒状の容器を大量に生成し、【フレアストーム】の中へ次々と放り投げた。
すると。
「っ!?」
容器が破裂し、激しく爆発する。
それと同時に、炎が全方位で消火された。
「じゃあ次は僕の番だ。【ナパームボム】」
先程の【リキッド・ニトロゲン】の数倍はある金属の容器を生成すると、火属性魔法で一気にカリナ令嬢がいる通路へと射出する。
そして。
――ドオオオオオオオオオオオオンンン……ッッッ!
激しい爆撃音が迷宮内に響き渡り、【リアクティブアーマー】で防いでいても爆風がすごい。
いや、ちょっと威力が凄すぎた。
「す、すごい……」
僕の背中に寄りかかり、ナディアがポツリ、と呟く。
「ナディア……ここからは目を瞑って、耳を塞いでいてくれると嬉しいです」
「あ……はい……」
意外にも、ナディアはすんなりと受け入れてくれた。
僕が何をしたのか、分かっているからだろう。
「では、確認してきます」
耳を塞いでいるナディアにそう言うと、僕は通路の角へ向かった。
すると。
「……こうなるか」
そこには、炭と化した人間だったものが転がっていた。
右手に、溶けてひしゃげたフルーレを持って。
「夢と同じだけど……この臭いは、想定外だ」
そう言い残し、僕はその場を……って。
「死ね」
目を瞑り、耳を塞いでいるナディアへ向かって、倒れていたはずのリタ令嬢が口の端を持ち上げながら手をかざしていた。
ああ……そうだったな。
オマエはカリナ令嬢に従っているふりをして、いつか寝首を掻くつもりだったな。
そして今度は、カリナ令嬢を殺した僕達を狙ったんだよな。
復讐対象を奪われた、腹いせに。
だけど。
「それは知ってる」
「っ!?」
――ドチャ。
一瞬で、リタが挽き肉になった。
壁際に設置した僕の合成魔法、【クレイモア】。
土属性魔法で生成した小さな金属の粒が、火属性魔法の爆発で獲物に向けて無数に飛び散るもの。
受けた人間は、肉塊と化す。
「さて……」
僕は手早く三人の荷物から食糧を抜き取ると、ナディアの傍へ寄り、手を握った。
「ナディア……そのまま、僕は別の場所へエスコートいたします。引き続き、目を瞑っていただけると助かります」
「わ、分かりました……」
おそるおそる足元を確認しながらゆっくり歩くナディアに、僕は思わず口元を緩めた。
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