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加虐嗜好

「…………………………」

「…………………………」


 僕とナディアはあの後起きて、今は少し距離を取りながら無言で干し肉をかじっている。

 だ、だって、まさかナディアが目を覚ましていて、あの恥ずかしい僕の呟きの数々をしっかりと聞かれていたんだから……うう、恥ずかしい……。


 で、でも、あれは僕の偽りのない本心で、ナディアが誰よりも大切なことも、誰よりも可愛らしいことも、僕だけが彼女を独り占めしたいことも、全てが本心だ。

 だから、聞かれてしまったことを、決して後悔していない。


 それに……この現実(・・・・)では、夢の中では伝えられなかった言葉を、絶対に告げるのだから。


 今度こそ、絶対に。


 そう思い、決意を込めて拳を握りしめていると……っ!?


「ナ、ナディア……」

「……イヴァン。その……お聞きしても、いいですか……?」

「な、何をでしょうか……?」


 僕の顔を(のぞ)き込むナディア。僕も、そんな彼女を見つめながらおそるおそる尋ね返した。

 でも……聞きたいことなんて、あの呟きのことに決まってるよなあ……。


「……あ、あなたも……その……私……」


 ナディアが顔を真っ赤にしながら、一生懸命言葉を紡ごうとしている。

 僕は、そんな彼女を待って……って。


「あら、こんなところで会うなんて、奇遇ですわね」


 現れたのは、カリナ令嬢と婚約破棄をされた他の二人、カルデロン伯爵令嬢の“リタ=カルデロン”とペドロサ侯爵令嬢の“ローラ=ペドロサ”だった。


「……何でしょうか?」


 せっかく勇気を振り絞って僕に尋ねようとしたのに邪魔をされたから、ナディアはジロリ、と三人を睨みながら低い声で尋ねる。


「別に、何もありませんわ。たまたま(・・・・)あの身の程を(・・・・)弁えない(・・・・)アリアさんを、このあたりで見かけたものですから」

「……ここにはいませんよ」

「どうやらそのようですわね。それにしても……」


 カリナ令嬢が、澄ました表情で僕とナディアを交互に見やった。


「ナディアさんも、一応は(・・・)婚約者がいた身でしょう? なのに、まだ婚約破棄もされていなかったのに、お二人が学院で一緒におられたこと、どう思っているのかしら?」


 そう言うと、カリナ令嬢はフン、と鼻を鳴らした。


「おっしゃっている意味がよく分かりませんが」


 そんな彼女に対し、ナディアがキッ、と睨みつけながらそう告げる。

 彼女の言葉がかなり腹に据えかねたようだ。


「分かりませんの? あなたも、あの泥棒猫(・・・)と同じだと言っているのですよ。あの女にうつつを抜かす婚約者を放ったらかしにして、この私が泥棒猫(・・・)を懲らしめようと言っているのに無視をして、別の殿方に愛想を振りまいているのですから」


 ああ……そうだったな。

 カリナ令嬢は、ナディアが一緒になってあの最低女のいじめに加担しなかったことを根に持っていたんだったな。


 そのせいで、夢の中ではカリナ令嬢が盛大にやらかして(・・・・・)くれた(・・・)んだから。


「ハア……それで、カリナ様はそんなくだらないことを言いに、わざわざここに来たのですか」

「私の話を聞いていまして? あの泥棒猫を探しているうちに、たまたま(・・・・)あなた方を見かけただけ……「それは嘘ですね」」


 険悪になっていく二人の会話に割り込み、僕はそう告げた。


「……嘘って、どういう意味かしら?」

「あのアリア令嬢を探しているということは本当でしょうけど、あなた方はそれと同時にナディアも探していたんですよね? だって、僕達のいるこの場所の近くで、アリア令嬢を見かけることはあり得ない(・・・・・)んですから」


 そう……アリア令嬢は今、僕達からはかなり離れた場所にいるはず。

 しかも、第一階層の出口にかなり近い場所に。


 何千回と繰り返した夢の中で、あの最低女の行動パターンは常に同じだったから間違いない。

 それに、僕は今の段階(・・・・)で最低女に遭遇しないように動いていたんだから。


「あら、どうしてそんなことがあなたに分かるのかしら?」

「さあ、それを僕が答える義理はありません」


 ほんの少し鋭さを増した視線を送るカリナ令嬢に、僕は素っ気なく返した。


「それで? そんな嘘を吐いてまで、どうして僕達を……いや、ナディアを探していたんですか?」


 僕はあえて理由を尋ねたけど、まあ……はっきり言ってしまえば、ナディアを探していたのはカリナ令嬢が彼女に対して嫉妬していたから。

 そもそも、このカリナ=オリベイラという女は、今回迷宮に堕とされた誰よりも気位が高い。


 あの皇太子であったエミリオや、常に尊大で傲慢に振る舞っていたドナトよりも。


 それもそうだろう。彼女の実家はアストレア帝国の貴族の頂点に立つ、オリベイラ公爵家の大事な一人娘。

 しかも、幼いころから才女として帝国でも名高く、皇族貴族ばかりか民衆にまでその噂が広まっているほどに。


 そんな彼女が、あろうことかどこの馬の骨とも分からない男爵令嬢に、婚約者を奪われてしまったのだ。


 もちろん、カリナ令嬢自身にエミリオに対して情愛の念は一切ない。

 むしろ、無能な皇太子に誰よりも優れている自分が婚約してやっている程度にしか考えていない。


 なのに、自分より能力が(・・・)劣る婚約者が、自分より全てにおいて(・・・・・・)劣る最低女に懸想したんだ。

 それはもう、ただでさえ気位が高いんだから、はらわたが煮えくりかえっていただろうことは想像に難くない。


 そんな誇りを傷つけられたところへ、地味で冴えない上に、ただドナトの顔色を(うかが)うことしかできないと思っていたナディアが、生き生きとしながら僕と楽しそうに学院生活を送っているんだ。


 この私よりも、能力も地位も名誉も劣る女が。

 この私を差し置いて、幸せそうに過ごすなんて。


 この私と同じように、婚約者に裏切られたくせに。


 そんなくだらない自尊心を(こじ)らせ、カリナ令嬢はナディアを探した。

 最低女と同じように、身の程を分からせるために。


 学院にいる時は、その公爵令嬢としての立場が下手に有名だったこともあり、ナディアに手出しができなかった。

 しかも、最低女とは違って大義名分もないからね。逆にそんな真似をしてしまったら、それこそオリベイラ公爵家にも迷惑がかかってしまう。


 それが、迷宮に来た今は、邪魔をする者も、自分の振る舞いを咎める者も誰もいない。

 なら、彼女は抑える必要はない、ということだ。


 生まれながらにして持っている、自分の隠れた本性(・・)


 ――弱者に対する、加虐嗜好を。

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