君の心が、癒えるように
「そういえば……元皇太子の姿がありませんね……」
エルナンとチコの荷物から食糧を回収する中、ナディアが周囲を見回しながら呟いた。
「ああ、それでしたら戦闘が始まってすぐ、四つん這いになりながら逃げて行きましたよ」
「そ、そうですか」
もしエミリオが食糧を持っていたら、偶然を装って一緒に始末したんだけど、既に食糧は最低女に奪われてしまっているからね。
もはや、殺す価値すらない。
それよりも、このままかろうじて生き延びていく中で、あんな真似をしてナディアを巻き込んだことを絶望しながら悔いるがいい。
どうせ、もうすぐ死ぬんだから。
それよりも。
「これで、二週間と半分の食糧が確保できた」
とはいえ、迷宮の最下層へとたどり着くには、最短でも一か月はかかってしまう。
予期せぬ事態が起こることも想定すると、できれば一週間分の余裕は持たせておきたい。
何より……あの連中に追いつかれるわけにはいかないから……って。
「イヴァン……」
気づくと、ナディアが心配そうな表情で僕の顔を覗き込んでいた。
「ど、どうしましたか?」
「何か、悩んでいらっしゃるのですか?」
「え……?」
質問の意図が分からず、僕は思わず呆けてしまった。
「だって、イヴァンがすごく険しい表情をしていましたから……」
「あー……」
そうか、あの連中のことを思い出していたから……。
あの、最低で最悪な連中のことを。
「す、すいません。これからのことを考えていたからですね。ですが、もう頭の整理もできましたし、心配いりません」
僕はナディアに心配をかけないよう、努めて笑顔を見せた。
「ほ、本当ですか? 私を気遣って、無理をしたりしていませんか?」
「大丈夫、そんなことはありませんよ。それより、さすがにこの場所は気分が悪いですので、そろそろ移動しましょう」
これ以上追及されないよう、僕は誤魔化すようにナディアの手を握ってこの場を離れた。
◇
「ここで休憩しましょう」
エルナンとチコを殺害してから二時間。
僕達は通路の行き止まりへとやって来ると、ナディアにそう提案した。
そろそろ仮眠を取っておかないと、今後の迷宮攻略に影響するし、何より、僕達は一緒に堕とされた同じ帝立学院の卒業生を、既に四人も殺害した。
何千回と繰り返してきた僕ですら、それによって心が少し消耗してしまっているのだから、初めての迷宮、そして、初めて人を殺したナディアは僕とは比べものにならないほど、つらいに違いない。
なのに……ナディアはここまでずっと気丈に振る舞って、それどころか僕を気遣ってばかりで……。
「ナディア」
荷物を置くと、僕は両手を広げて彼女の名前を呼んだ。
「ふふ……どうしましたか……っ!?」
微笑みながら傍に来たナディアを、僕は優しく抱きしめる。
少しでも、心が癒えるように。
すると。
「あ……あああ……っ」
ここまで本当に、色々と耐えてきたからだろう。
ナディアはその藍色の瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出した。
「ねえ、ナディア……君は、僕に言ってくれましたよね? 『一人で抱え込まないでくださいね』って」
「…………………………(コクン)」
「僕も同じ気持ちです。ナディアには、一人で抱えないでほしいんです。あなたはいつも、自分のことよりも他の人のことを優先してしまいますから」
そう……君はいつだって、自分ではなく周りの人のことばかりを考え、気遣い、我慢してきた。
それは、この僕に対しても。
「ナディア……僕は、君が僕のことを頼ってくれたら、僕に素直になってくれたら、こんなに嬉しいことはないんです」
それは……君のことが、誰よりも好きだから。
夢の中で出逢って、庇ってくれたあの日からずっと、君だけを想ってきたから。
だから。
「あああああああ……っ! イヴァン……イヴァン……ッ!」
「ナディア……」
胸の中で僕の名前を何度も叫びながら慟哭するナディアを、ただ……抱きしめた。
◇
「すう……すう……」
泣き疲れて眠ってしまったナディアに腕枕をしながら、僕は彼女の藍色の髪を優しく撫でる。
迷宮のほこりのせいで、少しくすんでしまったのは本当にもったいない。
まあ、水に関しては第二階層と第五階層に行けば手に入るから、それまでの我慢だ。
だけど。
「……本当に、可愛いな」
彼女の寝顔を眺めながら、僕は呟く。
こんなに可愛いくて、優しくて、心が強くて、しかも今では帝国一の召喚術の使い手で……なのに、どうして学院の……いや、帝国の連中はそれに気づかないんだろうか。
ハッキリ言って、あの最低女やカリナ令嬢なんかよりも余程可愛いのに。
とはいえ。
「……他の連中にナディアの良さに気づかれるのも嫌だ」
うう……この気づかないことは腹立たしいけど、彼女を独占したい想いがせめぎ合ってる……。
ま、まあ少なくとも、今この迷宮にいる連中は、ナディアに興味がないからよしとしておこう……って。
「ナ、ナディア!?」
「…………………………」
いつの間にか、耳まで真っ赤にしたナディアが、僕の顔を上目遣いで見ていた。
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