ナディアの怒り
「もう結構です。【プルソン】」
突然、リリアナ令嬢の前に光の魔法陣が現れ、タキシードを着た二足歩行の豹が、恭しく一礼した。
「くっ!」
これがナディアの召喚獣だということに気づいたリリアナ令嬢は、一気に後ろに飛び退いて距離を取る。
この素早い動きからも、やはり彼女がかなりの手練れだということが窺えた。
ただし、あくまでも学院に通う子息令嬢の中においては、だけど。
「フ、フフ……まさか地味で目立たないあなたが、そんな召喚獣を使役できるほどの使い手とは思いませんでしたよ」
一筋の冷汗を流しながら、リリアナ令嬢がそう告げる。
「そうですか。私もあなたが氷属性魔法の使い手であることを先程知ったばかりですが、そのことについて、さして興味はありません。それよりも……あなたは、してはいけないことをした」
そう告げた瞬間、ナディアの召喚獣【プルソン】が、豹らしくしなやかな動きでリリアナ令嬢へと迫る。
「っ! 【アイスニードル】!」
リリアナ令嬢が両手をかざし、中級氷属性魔法を放つと、いくつもの巨大な氷柱が【プルソン】目がけて襲い掛かった。
だけど。
「っ!? 速い!?」
【プルソン】はそれを全弾躱し、リリアナ令嬢の目と鼻の先まで……「フフ、残念でした」……っ!?
リリアナ令嬢が口の端を吊り上げた瞬間、【プルソン】の足先から徐々に凍り始める。
どうやら、あらかじめ上級氷属性魔法の【フローズン】を展開していたようだ。
それにしても……まさか僕と同い年で、上級魔法まで使いこなせるとは思わなかった。
やはり彼女の魔法の才能は、僕とは比べものにならないのだろう。
まあ、だからといって僕達より強いわけじゃないけど。
「っ!? ど、どうして!?」
「ふふ……【プルソン】は、ただ速いだけの召喚獣ではありませんよ?」
いつの間にかリリアナ令嬢の足元に長さ十メートル以上ある大きな蛇が巻き付いており、そのまま彼女の身体を巻きながら登っていく。
「そういえば言い忘れるところでした。実はその蛇の牙、毒があるんです」
「っ!?」
蛇がリリアナ令嬢の頭よりも大きく口を開くと、その牙から毒液がしたたり落ちる。
それを見て、彼女は恐怖に顔を歪めた。
「毒でイヴァンを殺害しようとしたんです。自分が同じように毒で殺されても、文句は言えませんよね? ……って、もう会話は無理でしたか」
ナディアがクスリ、と微笑んで見つめるその先には、頭を丸ごと飲み込まれ、ゆっくりと大蛇の体内に納められていくリリアナ令嬢の姿があった。
そして、大蛇が全てを飲み込んだ後、【プルソン】は最後に恭しく一礼をし、大蛇と共にこの場から消えた。
「ふふ……これで、私もイヴァンと同じです」
こちらへと振り向き、笑顔を見せるナディア。
彼女が同じと言ったのは、初めて人を殺したという意味だろう。
僕は、彼女の殺人を止めなかった。
本当は、優しい彼女に人殺しなんかさせたくなかったのに。
でも……僕もナディアも、これからもっとたくさんの人を殺すことになるから。
僕の手を汚すだけでは、ナディアを救うことができなかったから。
だから。
「あ……イヴァン……」
「ナディア……僕は、あなたと共に……」
「はい……」
僕とナディアは、リリアナ令嬢の血痕が残るこの場所で、お互いの心の傷を埋め合うかのように、ただ抱きしめ合った。
◇
「それにしても……この迷宮、本当に広いですね……」
僕とナディアは仮眠を取った後、次の階層へと降りる階段を目指して再び歩くが、一向にたどり着けない。
でも、それもそのはず。
僕が夢の中でこの第一階層を隈なく調べた時は、半径四十キロ……つまり、帝都全土だけでなくその周辺の集落すらも飲み込むほどの広さがあるのだから。
しかも外周は湾曲しており、この迷宮自体が円柱形となっていることを確認している。
本当に、この迷宮は誰の手によって作られたのだろうか。
そして、誰が他国のような死刑制度ではなく、“迷宮刑”といった刑罰を定めたのだろうか。
幾千の迷宮攻略を繰り返しても、その答えは未だ見つかっていない。
「ナディア、疲れていませんか?」
「ふふ……もちろんです。それに、残りの食糧を考えると、ゆっくりしていられませんから」
隣を歩くナディアに声をかけると、彼女は笑顔でそう答えた。
そう……次に考えなければいけないのが、食糧の問題。
ドナトの食糧を入手したとはいえ、それでも二人で分けるから三日ほど伸びた程度。もっと食糧が必要だ。
リリアナ令嬢の食糧は全て毒を盛られてしまっているため食べられないし、生き延びるためには一緒に堕とされたエミリオ達の食糧を奪うのが手っ取り早いんだけど……。
「? どうしました?」
「い、いえ……何でもありません」
視線に気づいたナディアに不思議そうに尋ねられ、僕は慌てて顔を逸らす。
……生きるためとはいえ、強盗まがいのことをナディアにさせるわけにはいかないし、彼女に僕のそんな姿を見せたくない。
やはり、こうやって下の階層への階段を探すふりをして、連中が僕達を襲ってくるのを待つ、か……。
それなら襲ってきたのは向こうだし、ナディアの罪悪感だって薄れる。
僕に対して幻滅することもないだろう。
僕は……ナディアに嫌われたくない。
そんな姑息なことを考えながら、できる限り他の子息令嬢に離れないようにして探索を続けていると。
「あれは……」
通路の先に見えたのは、エミリオに詰め寄っている元取り巻きの二人。
宰相であるレデスマ侯爵の次男、“エルナン=レデスマ”、そして、魔法師団長“ルイス=マルケス”の孫、 “チコ=マルケス”だった。
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