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ドナトの最後

「貴様等……見つけたぞ!」


 通常より一回り大きな長剣を構えたドナトが現れ、醜悪に顔を歪めて僕達を見据えた。

 どうやら、現実では(・・・・)ここで遭遇するようだ。


「……ドナト様、私達に何の御用でしょうか?」


 そんなドナトに対し、嫌悪感を隠そうともせずにナディアが低い声で尋ねる。


「フン! 分からないか? 死にたくなければ、貴様等が持っている食糧を差し出せ! この俺と、アリアのために!」


 尊大に、そして傲慢に言い放つドナトに、僕とナディアは思わず顔をしかめる。

 相変わらずこの男は、馬鹿なことを(のたま)うな。


「オマエこそ何を言っている。どうして僕達が、オマエ達なんかのために大事な食糧を差し出さなければいけないんだ」

「何で? 決まっている。俺はハイメス辺境伯家の嫡男、ドナト=ハイメスだ。いずれ帝国の武を司るこの俺は、貴様等のような虫けらとはその命の価値が違うのだ」


 まるで、どうしてそんな簡単なことが分からないのだと言わんばかりに、ドナトはそう言い放った。

 台詞(セリフ)まで夢の中と一言一句同じものだから、思わず僕は吹き出しそうになる。


 そんなことより……うん、ちゃんと荷物は持ってきているな。


「ところで聞きたいんだが……オマエがそれほど大事にしている、そのアリア令嬢はどこにいるんだ?」


 僕は分かっているにもかかわらず、あえてドナトに尋ねると……はは、この馬鹿、悔しいのか歯噛みしているぞ。


「まあ、その様子を見る限り、ご執心のアリア令嬢はオマエではなく別の者を選んだみたいだな」

「っ! 黙れ!」


 図星を突かれ、ドナトは声を荒げる。

 ああそうだな。オマエがそんなにも恋焦がれているあの最低女は、結局はあの男(・・・)を選んだんだ。


 この迷宮で生き延びるために必要となる戦闘において、帝立学院でトップクラスを誇るオマエではなく、あの男(・・・)を。


「はは、それでオマエは僕達から食糧を奪い、それであの最低女を釣ろうって? 本当におめでたい」

「黙れと言っているだろうッッッ!」


 僕の言葉に耐えられなくなったのか、ドナトが長剣を肩に担いで突進してきた。


「おっと」


 それを見て僕はナディアを抱きかかえ、横に軽く飛んで(かわ)す。


「……見苦しいですね。こんな男が私の()婚約者だったなんて、本当に嘆かわしいです……」

「仕方ありません。当時子どもだった君には、婚約者を選ぶ権利がなかったのですから……」

「ですがイヴァン、人は成長するもの。なのにこの男は、十歳だったあの頃から何一つ変わっておりません」


 ドナトに向かって辛辣な言葉を投げ続けるナディア。

 それだけ、彼女が心の中に溜め込んでいたものがあるんだろう。


「ドナト、僕からも言ってやる。このまま何もせずにここから立ち去るのなら、僕達は見逃してやろう。だが、これ以上襲い掛かってくるというなら、僕は容赦しない。その時は、死で償え」

「何を偉そうなことを! この俺に打ちのめされたことを忘れたか!」


 ……コイツ、いつの話をしているんだ。

 しかもあの時だって、ナディアがオマエから完全に心が離れるようにと、僕はわざと(・・・)打たれてやっていただけに過ぎないというのに。


「ははっ」


 そんなことを考えていると、僕は思わず笑ってしまった。


「貴様! 何がおかしい!」

「おかしいに決まっている。そんな昔の話を今も持ち出して縋っているから、オマエはあの男(・・・)以下なんだ」

「うぬうッッッ!」


 僕の言葉が逆鱗に触れたのか、ドナトは額に青筋を立て、顔を紅潮させて僕を睨みつける。

 だけど……僕の怒り(・・・・)は、そんなオマエの比じゃない。


 ナディアの婚約者となってから八年間、オマエは一度たりとも彼女に優しい言葉の一つもかけることなく、ただぞんざいに扱い、彼女の心を踏みにじり続けてきたんだ。


 だから。


「ナディア……どうやらあの男は、退く気はないようです。君が望んだものではないとはいえ、かつて婚約者だったあの男の命を、これから僕が奪います。だから、どうか君はこちらを見ないでいてくれますでしょうか」


 たとえ相手がドナトとはいえ、ナディアだって()婚約者が無惨に死ぬ姿を見たくはないはず……いや、僕が人殺しをするところを、彼女に見せたくない。


 本当の僕(・・・・)は、ナディアを手に入れるためなら何でもする、醜い男なのだから。


 なのに。


「……いいえ。私はイヴァンがなさること、なさったこと、全てこの瞳に焼き付け、この心に刻みます。この私に、あなたの全てを共有させてください……」


 ナディアは胸にそっと手を当て、そう言ってニコリ、と微笑む。

 藍色の瞳に、覚悟と決意を(たた)えて。


 ああ……やっぱり君は、現実でも変わらない。

 この僕と一緒に、地獄に堕ちる(・・・・・・)ことを選んでくれるなんて……。


「フン! 貴様ごときがこの俺を殺すだと? 大きく出たな! 貴様等なぞ、文字どおり虫けらのように叩き潰してくれるッッッ!」


 先程と同じように、ドナトは長剣を肩に担いで突進する。

 ただし、今度は隣のナディアごと横薙ぎにするつもりで。


 だけど。


「っ!? ギ……ッ!?」


 一瞬の驚きの表情と悲鳴の後、ドナトの右半身が突然、轟音と共に爆散する。

 そう……僕は、ドナトが決まった場所を通って突進してくることを知っている。


 だから先に、僕は床に魔法を仕掛けた。


 ――合成魔法、【ランドマイン】。


 土属性魔法で生成した直径三十センチの円状薄型の容器に火属性魔法を仕込み、水属性魔法によってその姿を隠して床に設置する。

 威力は高くないが、それでも人間一人を殺傷するには充分だ。


「ああ、あああああ……っ」


 血塗れになったドナトは床に転がり、よく分からないか細い悲鳴を上げている。

 夢の中では感じることがなかった、鉄臭い人間の血の臭い。


 はは……僕はもう、何百回もこなしてきて、慣れているはずなのにな……。


 その時。


「あ……ナディア……」

「……イヴァン。これは、あなただけの()じゃありません。私も一緒に背負いますから……だから……っ」


 彼女は僕を強く抱きしめ、何度もその言葉を繰り返す。

 そうだったね……君は、夢の中でもいつもそうしてくれていたよね。


 ただ作業としてこなしていた夢とは違い、今の僕は、彼女の優しさに……温もりに、心が救われていることを感じていた。


「痛い……痛いよおおお……っ」


 あの尊大で傲慢だったドナトが、芋虫のように床に這いずりながら、血と涙と砂に(まみ)れながらうめく。

 でも、その声は徐々に小さくなっていき、やがて声にならずに口だけを動かしている。


 そして。


 ドナトは、息を引き取った。


「……行きましょう」

「……はい」


 ドナトを屠った者としてその最後を見届けた後、僕は彼の荷物から食糧を自分の荷物に入れ、ナディアと共にその場を後にした。

お読みいただき、ありがとうございました!


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