どうしようもなく、好きだから
「ナディア……」
今もなお、胸に頬寄せる彼女を、僕は優しく抱きしめる。
でも、そろそろ動き出さないといけない。
そう考えていると。
「ふふ……いつまでもイヴァンの邪魔をするわけにはいきませんね」
そう言って、ナディアが寂しそうに微笑みながら、そっと離れた。
でも、彼女のそんな気遣いが、僕の中で名残惜しさへと変わる。
「あ……」
「もう少し、あなたの温もりを感じさせてください……それに、このままでも話はできますから」
「はい……」
僕はまた抱きしめ、彼女を堪能しながら口を開く。
「それで、これからの話についてですが……僕達がこの迷宮から生還するためには、最下層にある“ティソーナ”を入手する必要があります」
胸の中にいるナディアにささやくように、僕は説明を始めた。
僕達が受けた迷宮刑で、唯一赦される方法。
それが、このエテルナの迷宮にあるとされる、初代皇帝が使用した伝説の剣、“ティソーナ”を持ち帰ること。
この“ティソーナ”に関して、僕はこれまでの十年間で徹底的に調べた。
でも、結局分かったのは初代皇帝が使っていたということと、一説には伝説の竜である“エレンスゲ”を封印するために、その剣でエレンスゲを迷宮に縫い付けたという伝説だ。
「……そして、この迷宮の最下層にたどり着くためには、十二の階層を踏破しないといけません。それに、この迷宮には数多くの魔物がいるほか、各階層にはその守護者が待ち構えています」
「そんな……」
僕の説明を聞き、ナディアが絶句する。
「で、ですが、イヴァンはどうしてそんなに迷宮のことに詳しいのですか? 私も貴族家の一員として迷宮刑のことは耳にしておりましたが、あなたのように詳しくはありません……もちろん、ジェステ家の当主であるお父様も」
さすがはナディア、痛いところを突くなあ……。
でも、ナディアがそう尋ねることも、僕は経験済み。ちゃんと言い訳は用意してある。
「はい。実は、僕は歴史や遺跡に関して調べるのが趣味なんです。その中でも、この迷宮に関しては特に興味をそそられました。なので、僕は子どもの頃からずっと調べてきたんです」
もちろん、迷宮について徹底的に調べたことは事実だから、決して嘘は言っていない。
「だ、だからイヴァンは、こんなにも詳しいんですね! すごいです!」
「あ、あはは……」
藍色の瞳をキラキラさせながら、僕をジッと見つめるナディア。
そんな彼女に、僕は騙した申し訳なさから苦笑するしかない。
「で、では、そろそろ迷宮の攻略に取りかかりましょう。僕達に与えられた食糧は一週間分。これが全てなくなる前に踏破しないと……」
「は、はい……」
そう……食べるものがなくなる前に踏破しなければ、餓死してしまう。
必ず、一か月以内に終わらせる。
僕は、決意を込めて拳を握りしめた。
◇
「そ、それにしても、他の方々の姿が見当たりませんね……」
迷宮を進みながら、ナディアがポツリ、と呟いた。
「そうですね……ひょっとしたら、別の階層に堕ちたりしたのかもしれません」
ナディアにそう告げるけど、本当は僕がアイツ等に出くわさないように選んで迷宮の中を進んでいるだけだ。
今頃は、十人で醜い言い争いをしているだろうから。
すると。
「あれは……!」
僕達の目の前に、ヘルハウンドの群れが現れた。
夢の中で初めてこの迷宮に来た時は、庇ってくれたナディアも、そしてこの僕も、この魔物に無惨に噛み殺された。
もう、あの時の僕達とは違う。
僕は無造作に右手を前にかざすと。
「【フレシェット】」
ヘルハウンドの頭上に、黒鉄色の円筒が出現した。
「ギャウッ!?」
「ギッ……!?」
円筒が破裂したかと思うと、魔力で形成された大量の小さな矢がヘルハウンドに降り注ぎ、その身体に次々と突き刺さる。
「終わりました」
無惨に転がったヘルハウンドの死体の前で、僕はナディアに向かって恭しく一礼した。
「す、すごいです……これは、魔法なのですか……?」
驚きの表情を浮かべるナディアが、少し興奮気味に尋ねる。
「はい。これは火属性魔法と地属性魔法を合成した、僕だけの魔法です」
そう……平凡な威力の魔法しか使えない僕が、創意工夫と経験によって培った技術により編み出した、この世界に一つだけの魔法。
本来なら複数の魔法を同時に扱えば、すぐに魔力が枯渇してしまう。
だけど、この十年間の訓練で増やし続けた魔力容量と、それをすぐに回復してしまう僕の特異な魔力回復力によってそれを可能にした。
この技術とナディアの召喚術により、夢の中の僕達はこの迷宮の最下層へとたどり着いたのだから。
「やはり、あなたはすごい人です……優しさと、本当の強さを持った、素晴らしい御方……」
「それは違います。本当に強いのはナディアです。僕はそんな君を目指して、この強さを手に入れることができたんです」
何の力もない君の、震えて何もできなかった僕を救おうとしてくれたあの日の姿があって、僕は君に憧れ、強くなろうと決めたのだから。
そんな君だから……僕は、君がどうしようもなく好きなんです。
「イヴァン……私は……」
ナディアが瞳を潤ませて何か言おうとした、その時。
――ブォンッッッ!
強烈な風切り音が、僕達の耳に聞こえた。
そこには。
「貴様等……見つけたぞ!」
通常より一回り大きな長剣を構えたドナトが現れ、醜悪に顔を歪めて僕達を見据えた。
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