迷宮での再会
「んう……」
目を覚まし、僕は身体を起こす。
すると、周囲は石のレンガでできた天井や壁、床が広がっていた。
これこそが、アストリア帝国において最も重い罰である迷宮刑に処された者達がたどり着く先。
――“エテルナの迷宮”。
これは、夢の中で何千回と見てきた光景。
今さら目新しさも何もない。
「さて……そうすると、ナディアは向こうの部屋か」
僕は慣れた足取りで迷宮内を歩く。
この迷宮に堕とされた僕達は、それぞれ違う部屋に配置される。
といっても、全員がこの第一階層にいるんだけど。
「おっと」
頭蓋骨が砕けた白骨死体を見て、僕はあえて通路の端を通る。
通路の中央には、迷宮への侵入者を排除するための罠が仕掛けられているから。
そして、入口に月のレリーフが描かれた部屋にたどり着き、僕は中へと入った。
そこには。
「すう……すう……」
寝息を立てながら横たわる、ナディアの姿があった。
もちろん彼女がいるこの部屋に来たのは、現時点では僕だけだ。
「じゃあ、あの馬鹿に遭遇する前に、僕がいたあの部屋へナディアを連れて行こう」
そう呟いて僕はナディアを抱え、床にある彼女の食糧などを持つと、来た通路を引き返す。
実は、あのまま部屋に留まっていると、彼女の食糧を狙ったドナトの馬鹿が襲い掛かってくる。
そのまま殺してもいいんだけど、せっかくならアイツが荷物を持っている時のほうが食糧も手に入れられて都合がいいからね。ここはやり過ごすことにしよう。
だけど。
「……いつもは夢の中だから分からなかったけど、今は現実、なんだ……」
背中から伝わる彼女の温もりに、その息遣いに、僕とナディアは本当に二人きりで一緒にこの迷宮にいるのだと実感する。
こんな最悪な状況なのに、僕はその事実が嬉しかった。
僕がいた部屋へと戻ってくると、ナディアをゆっくりと降ろして引き続き眠っていてもらう。
彼女が眠っている間に、すべきことをしておかないと。
そういうわけで、荷物の入った袋から内容物を取り出し、念のためチェックをする。
「それにしても……あの皇帝、相変わらずやることが小さいなあ……」
僕の袋に入っている食糧は、どう見積もっても一週間を過ごすには足りない。
おそらく、あの断罪の場で僕が意見したことへの腹いせだろう。
念のため、ナディアの荷物に入っている食糧も確認すると、こちらはちゃんと一週間分が入っていた。
「あはは、やっぱりあの場で僕が先に意見するのが正解だったか」
そう……夢の中では、僕を庇おうとしたナディアの食糧が減らされていた。
彼女が皇帝に意見しないように僕が口止めした場合でも、その結果となっている。
だから、この本番で僕は自分に憎悪が溜まるようにするため、真っ先に意見したんだ。
そして、それは正解だった。
「まあでも、ナディアのことだから、自分の食糧を差し出そうとするだろうなあ……」
彼女は僕がこの迷宮に堕とされたことに対する罪悪感から、それが払拭されるまで何かと僕に遠慮してしまうようになる。
かつて、彼女がドナトにしていた時のように。
「……そんな余計な気遣いよりも、僕は君が笑顔でいてくれるほうが、どれほど嬉しいか……」
そんなことを、僕は思わずポツリ、と呟いた。
僕が望むのは、ただナディアの幸せなのだから。
ナディア……って、あれ? 少し肩が揺れてる?
「ええと、ナディア……ひょっとして、起きていますか……?」
僕は彼女を見ながら、おずおずと声をかけてみた。
だけど、夢ではいつもあと十五分程度は眠ったままだったから、起きているなんてことはあり得ないはず……。
そう思ったけど。
「……は、はい」
返事をし、ナディアは身体を起こして恥ずかしそうにうつむいた。
よく見ると、彼女の顔は真っ赤だ。
「そ、その、いつから……?」
「イ、イヴァンが私を背負ってこの部屋に来た時から、です……」
ああー……つまり、ほぼ最初からか……。
「じゃ、じゃあ、どうして寝たふりなんかを?」
「そ、それは、あなたが自分の荷物と私の荷物を確認し始めていましたので、変に声をかけないほうがいいかと思い……」
「そ、そうですか……」
いくらナディアとはいえ、いきなり自分の荷物を漁られたら普通は怒るところなんだけどなあ。
なのに、逆にそんな真似をした僕を気遣うって……。
「す、すいません。これから迷宮で生き延びるために、手持ちのものを確認をしておきたかったものですから」
「い、いえ、謝らないでください。あなたが私のためにしてくださってのことだということは、分かっております」
「は、はい……」
ここまで全幅の信頼を置かれると、こそばゆいというか、嬉しいというか……。
「と、とにかく、ナディアのものも問題はありませんでしたので、こちらをどうぞ」
そう言って、僕はナディアの荷物を渡した。
「で、では、これからのことについて、話をしましょうか」
「はい。ですが、その前に……」
すると彼女は傍へと来ると、僕の胸に頬を寄せる。
「ナ、ナディア……?」
「イヴァン……またあなたに逢うことができて、本当によかった……!」
ナディアは肩を震わせ、僕との再会を、涙を零しながら喜んでくれた。
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