迷宮刑
「貴様等、よくも余の前でそのような真似をしでかしてくれたな」
僕とナディアに絶望を告げる者の、恐ろしく低い声がホールに響き渡った。
もちろんその声の主は、アストリア帝国の現皇帝、“フルエラ=デ=アストリア”。
「ち、父上……!?」
「エミリオよ、そもそも貴様とカリナとの婚約は、余がオリベイラ卿との契約により結んだもの。にもかかわらず、このような勝手な真似をしおって」
「………………………」
皇帝の言葉に、皇太子が慄く。
「他の子息共もだ。この馬鹿なエミリオに釣られ、愚行を犯しおって。恥を知れ」
「「「「…………………………」」」」
同じくドナト以下取り巻き達も、ただうつむいて押し黙った。
周りでこの様子を眺めている他の卒業生やその家族である貴族達は、皇太子達は罰を受けたとしても精々が謹慎処分、最悪でも後継から外される程度、それで終わりだと考えているだろう。
だけど。
「貴様達令嬢共も同じこと。貴様達がこの馬鹿共が愚行を犯さぬよう、常に手綱を握っておらぬからこのようなことになるのだ。加えて、したことといえば馬鹿共がうつつを抜かしているこの女への陰湿な嫌がらせとは……」
「「「「…………………………」」」」
まさか自分達まで咎められるとは思っていなかったのだろう。
カリナ令嬢達は、悔しそうに唇を噛んでいる。
「極めつけは、馬鹿にくっついておるそこな女と、別の男に懸想しておる貴様、そしてその相手である貴様よ。厚顔無恥とはこのことだ」
「お言葉ですが皇帝陛下、そもそもナディア令嬢はその優しさゆえ、僕のような者に気をかけていただいているだけのもの。決して、そのようなことはございません」
「黙れ! 貴様、皇帝であるこの余に意見するか!」
僕が身じろぎもせず反論するとは思わなかった皇帝は、その顔を真っ赤にして大声で怒鳴る。
だけど、こうなっては今さら何を取り繕ったところで、皇帝が僕達を迷宮に堕とすことには変わらない。なら、ナディアの名誉を少しでも守らないと。
「はい、恐れながら具申させていただきます。此度のナディア令嬢とのことは、全てはこのイヴァン=エスコバルが勝手に望んだことによるもの。そこだけはお間違えなきよう」
「ぬう……!」
どれだけ怒りに震えても、この皇帝はこの場で僕達に手出しをすることはない。
それは、既に夢の中で経験済みだ。
そして。
「いいえ違います! イヴァンは一切関係ありません! 彼はこの三年間、この私に対してずっと一人の学友としての節度を守ってこられました! 悪いのは全てこの私です!」
やはり夢の中と同様、ナディアが僕を庇おうと必死で訴えた。
本当に……いつもいつも自分のことは二の次で、僕ばかりを救おうとして……。
「貴様も黙らぬか! 何をどう言い繕ったところで、貴様達の罪は変わらぬわ! いいか、よく聞け! 皇太子をはじめ婚約破棄に関連した者全てを、アストリア帝国に混乱を招いた罪で迷宮刑に処す!」
「「「「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」」」
皇帝から放たれたその言葉に、皇太子が、取り巻きが、最低女が、令嬢達が、一斉に声を失った。
それは、僕達の様子を傍観していた全ての者も。
だって、迷宮刑を宣告されてしまったら、それはその者の死を意味するのだから。
「ち、父上! それはあんまりです! どうかお考え直しください!」
「黙れ! この三年間における貴様等の所業、余が知らぬとでも思っておるのか! 貴様が余の息子であるという事実すら不愉快だ! 当然、刑を受ける前に貴様は廃嫡とする!」
「そ、そんな……」
皇太子……いや、元皇太子は、呆然とした表情で膝から崩れ落ちる。
「い、嫌だ嫌だ嫌だ! 俺は悪くない! 悪いのは、そう……婚約者であるこの俺をないがしろにした、その女が悪いのだ!」
錯乱したドナトが、ナディアを指差しながらつかみかかろうとした。
もちろん、僕がそれを許すはずもない。
「アグッ!?」
「見苦しいぞ。オマエがこれまでナディアにしてきたことを忘れたのか。むしろオマエのせいで、彼女が巻き込まれてしまったんだぞ」
「グ、グウウ……ッ」
僕の手によってホールの床に叩き伏せられ、ドナトがうめき声を上げる。
すると。
「イヴァン……ごめんなさい……ごめんなさい……っ」
ナディアがぽろぽろと涙を零しながら、何度も何度も僕に謝る。
……もう、千回近くこの彼女の姿を見てきたけど、最後まで慣れることはできなかったな……。
「ナディア……君は何一つ悪くありません。むしろ僕が、君の傍にいたから……」
「いいえ、違います! 私が……私が、あなたの優しさに甘えたばかりに……あなたに……あなたにい……っ!」
強く唇を噛みすぎて、ナディアの桜色の唇が切れ、血が流れる。
それでもお構いなしに彼女は肩を震わせ、ただ僕に謝り続けた。
本当に、何度見ても胸が締めつけられる……。
「刑の執行は明日正午! それまで全員、地下牢で大人しくしておれ!」
皇帝のその言葉と共に、僕達は騎士によって連行される。
「イヴァン! イヴァン! ああ……っ!」
連れて行かれる僕を見て、号泣する母上。
悔しそうに唇を噛み、母上を必死でなだめる父上。
ここで皇帝に逆らおうものなら、エスコバル家そのものが断絶されることになってしまうから。
そんな二人に申し訳なく思いつつ、僕は大丈夫だとばかりに、二人に微笑みかけた。
「止まるな! 早く行け!」
そして……僕達十二人は地下牢へと連れて行かれ、個別に牢に放り込まれた。
◇
「全員、並べ!」
次の日の正午、僕達は誰も帰ってきた者がいない迷宮の入口へと連行されると、その前で整列する。
なお、僕達は別々に連行されたために、ナディアに逢えたのはたった今だ。
そんな彼女の少しやつれた姿に、僕は胸が苦しくなる。
「今から貴様等に支給品を渡す! 皇帝陛下の温情に感謝せよ!」
騎士達が僕達一人一人に武器や防具、一週間分の食糧と水が入った水筒を手渡していく。
僕もそれを受け取ると、慣れた手つきで防具を装着して剣を腰に吊り下げ、食糧などが入った袋を抱えた。
「では、一人ずつ迷宮へと入れ! エミリオ=デ=アストリア!」
「…………………………」
憔悴した様子の元皇太子……エミリオが、引きずられるようにして迷宮の中へと文字どおり堕とされた。
「次! ドナト=ハイメス!」
「くそ……くそ、くそ、くそ、くそ、くそ、くそ……」
ブツブツと呟きながら、ドナトもエミリオと同様に迷宮の中へと堕とされる。
その後も次々と迷宮の中へと堕とされていった。
泣こうが喚こうが、地面や壁などにしがみつこうが、騎士によって無理やりに。
そして。
「ナディア……向こうで待っています」
「イ、イヴァン……ッ! はい……はい……っ!」
涙で顔をくしゃくしゃにするナディアに微笑んみながらそう告げると、僕は自ら迷宮の中へと堕ちた。
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