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絶望を告げる者

「では、これより君達の前途を祝して」

「「「「「乾杯」」」」」


 皇帝陛下の挨拶により、卒業記念パーティーが幕を開ける。

 もし夢と同じなら、みんながダンスを踊り、場の雰囲気が最高潮となった時、それは起こるはず。


 つまりそれまでは、僕はナディアと楽しむことができるんだ。


「ふふ、このお料理も美味しいですよ」

「本当ですか?」


 ナディアに勧められ、僕はキャビアを乗せたクラッカーを口に含む。


「! 美味しい!」

「ふふ、でしょう?」


 僕の姿を見て、ナディアが心から笑ってくれる。

 まさか、こんな幸せな卒業記念パーティーを過ごすことができるなんて、思いもよらなかった。


 それからも、僕はナディアと一緒に料理をつまみながら会話を楽しんでいると。


「あ……曲が……」


 ホールに、ダンスを踊りなさいとばかりに曲が流れ始めた。


「ナディア、僕と一曲踊ってはいただけませんでしょうか?」

「はい……喜んで」


 僕が(ひざまず)き、その細い手を取ってダンスを申し込むと、彼女は少し頬を染めながら受け入れてくれた。


 僕達は他の生徒達と同様、ホールの中央へと向かうと。


「さあ、行きましょう」

「はい!」


 僕達は、息の合ったダンスを披露する。

 その時間は、ただ楽しくて、ナディアが愛おしくて、このまま踊りながらどこかへと連れ去ってしまいたくて……。


 でも、そんな楽しいダンスも曲の終了と共に終わってしまった。


「イヴァン、少しだけ休憩したら、もう一度踊りませんか?」

「もちろん。ナディアとなら何度でも」

「嬉しい……」


 僕の答えに満足し、ナディアが瞳を潤ませながら僕にしなだれかかる。

 昨日までなら、婚約している彼女に遠慮し、一定の距離を保とうとしただろう。


 だけど、僕は遠慮する必要がないんだ。


 だから。


「あ……」

「……少しだけ、こうしていてもいいですか……?」

「はい……」


 僕はナディアのか弱い身体を抱きしめた。

 彼女の息遣いが、その綺麗な藍色の髪が、細く白い首筋が、僕のすぐ(そば)にある。


 ああ……ナディア、大好きだ。

 世界中の、誰よりも。


 だけど……そろそろ、か。


「諸君!」


 突然、ホールの中央で王太子が、あの最低女を隣に抱きかかえながら叫ぶ。

 もちろん、夢の中と同じように。


「私は、この良き日のこの場で、残念ながら罪に問わねばならない者がいる! カリナ=オリベイラ! 前へ出てくるのだ!」

「…………………………」


 呼ばれたカリナ令嬢は、無言で王太子……ではなく、最低女を睨みつけながら出てきた。


「貴様はこの三年間、あろうことかここにいるアリアを、事あるごとに他の令嬢達と共に辱めてきた。そのことに相違ないな!」

「……はい。そこにいる節操のない彼女が身分も弁えず、よりによってエミリオ殿下や他の殿方に対して貴族としてあるまじき(みだ)らな行為をしておりましたので、この私が直々に(しつ)けて差し上げました」


 まるで当然と言わんばかりに、カリナ令嬢は尊大に言い放つ。

 確かに最低女も彼女が言ったとおりだけど、カリナ令嬢もカリナ令嬢でかなり(たち)が悪い。

 まあ、婚約者である王太子を奪われたのだから、そこまで苛烈な真似をしてしまう気持ちも分からないではない。


 とはいえ、ナディアをそんなくだらないいじめに巻き込もうとしたことは、どうしても許せないけど。


「エミリオ……私……私……っ」

「アリア……」


 肩を震わせて泣き真似をしながら王太子に縋りつく最低女。

 それを、馬鹿みたいに心配そうな表情で抱き留める王太子。何だこの茶番は。


 すると。


「貴様等! それが貴族令嬢のすることか! 恥を知れ!」

「そうですよ。とても僕達と同じ赤い血が流れているとは、到底思えません」

「まあ、所詮はその程度の連中だしねー」

「…………………………フン」


 呼ばれてもいないのに、恥知らずなドナトをはじめ取り巻き達が最低女を守るように並び立つ。


「ナディア=ジェステ! 貴様も前に出ろ!」


 偉そうに、ドナトの馬鹿がナディアを呼びつける。

 夢の中と、同じように。


「ナディア、あんな奴の言うことを聞く必要はありません。このまま僕の(そば)に」

「ふふ……いいえ、あの男が何を言うつもりなのか知りませんが、私は逃げも隠れもいたしません」


 クスリ、と微笑み、ナディアは前に出る。


「駄目です! 行かないでください!」


 僕は最後の抵抗とばかりに彼女に懇願した。

 何としてでも、あの夢のとおりにさせないために。


「……でしたら、イヴァンも一緒に来てくださいますか……?」


 ナディアが、その藍色の瞳を潤ませながらそう告げる。

 僕は……結局、彼女の言葉を聞き届けることしかできなかった。


「ありがとう、ございます……」


 嬉しそうに微笑む彼女と共に、ドナトの前に立つ。

 そのドナトは、僕とナディアを交互に醜悪に顔を歪ませながら睨んでいた。


 それだけ、僕達が憎いんだろう。

 辺境伯の子息という誇りを傷つけられ、婚約者であるはずのナディアが僕と仲睦まじくしているから。


 自分自身が、あの最低女にうつつを抜かしていることを棚に上げて。


 だから僕は、ドナトの奴の射殺すような視線が心地いい。

 これこそ、ナディアが僕を選んでくれたということの証明なのだから。


 でも……これで、迷宮に堕とされることが確実になってしまった。

 こうなったら、僕も腹をくくるだけだ。


 その後も取り巻き達に婚約者の令嬢の名を呼ばれ、この場にはナディア達婚約者五人と、僕を含めて六人がいる。

 対する向こうも、王太子、最低女、ドナト達取り巻き合わせて六人。奇しくも同数となった。


 そして。


「この大勢の証人がいる場で、私は告げよう! 悪女、カリナ=オリベイラとの婚約を破棄すると!」

「おう! この俺、ドナト=ハイメスもナディア=ジェステとの婚約を破棄してやる!」

「僕もです。こんなにも心が醜い女性とは、とても一緒にはなれません」

「僕もかなー、やっぱりアリアみたいに優しくて明るい女の子じゃないと」

「……もはや、語るまでもないな」


 この馬鹿共の婚約破棄宣言に、カリナ令嬢を始め婚約者達が一斉に慄いた。

 まさか自分が、こんな公の場で婚約破棄をされるなんて思ってもみなかったのだろう。


 僕は、こんな光景を夢の中で数えきれないほど見てきた。

 それが今、僕の目の前で現実となって行われている。


 そんな中。


「イヴァン……私、婚約破棄となってしまいました」

「はい……」


 ナディアだけは、待ち望んでいたように蕩けるような笑顔を僕に見せてくれた。

 そう……今この時から、彼女は誰のものでもなくなったのだから。


 その時。


「貴様等、よくも余の前でそのような真似をしでかしてくれたな」


 僕とナディアに絶望を(・・・)告げる者(・・・・)の、恐ろしく低い声が響き渡った。

お読みいただき、ありがとうございました!


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