最後の日を、あなたと一緒に
「これで……本当に終わり、ですね……」
卒業式が無事終わり、ナディアが瞳に涙を潤ませて学舎を見上げる。
この三年間、本当に色々とあった。
夢の中の存在でしかなかったはずのナディアと出逢い、夢の中で迷宮から生還するために彼女に召喚術を身につけてもらい、ひたすら魔法の訓練を繰り返してきた僕は、今では平均的な魔法使いの約十倍の魔力量と、数多くの魔法を使えるようになった。
……まあ、魔法の威力に関しては相変わらず平凡なままだけど。
でも、何百回、何千回と繰り返してきた夢の中での経験を経て、僕はそれ以上の強さを手に入れた。
これで……彼女は救うことができる。
「あ……もう、イヴァンったら、また考えごとをしていますね」
いつの間にか僕の顔を覗き込んでいたナディアが、不機嫌そうに口を尖らせていた。
「あ、あはは……すいません……」
そんな彼女に、僕は苦笑しながら謝る。
本当にナディアは、僕のことなんて全部お見通しだなあ。
「それより、この後の卒業記念パーティーなんですが……」
するとナディアが、もじもじしながら上目遣いで僕を見つめる。
「? どうしましたか?」
「そ、その! ……もしイヴァンがよろしければ、わ、私をエスコートしてくださいませんでしょうか……」
「…………………………え?」
ナディアの言葉に、僕は思わず耳を疑った。
だ、だって、婚約者がいる場合は、普通はその婚約者がエスコートするか、一人で出席するものだ。
それなのに、婚約者を差し置いて他の男……つまり僕なんかがエスコートなんてしたら、ナディアの名誉が汚されることになってしまう。
「……イヴァンがおっしゃりたいことは分かります。ですが……ですが、あなたと離ればなれになってしまうその時までは、せめてあなたの傍に……っ」
ナディアは大粒の涙を零し、唇を噛む。
僕、は……。
「……でしたら、これだけは約束してください。今日のエスコートは、僕が君を脅して、無理やり行ったものだと。ナディアは僕に逆らえなかったのだと」
「で、ですがそれではイヴァンが!」
「これを約束していただけないのなら、エスコートの話はなしです」
詰め寄るナディアに、僕は静かにそう言い放つ。
もちろん、僕だって君をエスコートできるなんて、こんなに嬉しいことはない。
でも……それだと君が傷つくことになってしまうから……。
「……分かりました。それで構いません」
しばらくうつむいていたナディアは、渋々といった様子でそれを受け入れてくれた。
「ありがとう、ございます……今日のパーティーは、精一杯エスコートさせてもらいます」
「はい……どうぞよろしくお願いします」
ナディアは深々とお辞儀をして顔を上げると、涙で顔をくしゃくしゃにしながら、最高の笑顔を見せてくれた。
◇
「さあ……行きましょう」
「はい……」
夜になり、僕は寮の前で制服姿のナディアを出迎えた。
今日のパーティーは、卒業記念らしくドレスコードではなく全員制服だ。
これから馬車に乗り、彼女をエスコートしてパーティー会場である帝都中央にある帝立ホールへと向かう。
なお、今日のために皇帝陛下をはじめ、大臣などの重鎮、加えて卒業を迎えた子息令嬢の家族も参加する。
当然、僕やナディアの家族も。
「ふふ……お父様とお母様も、私達を見たら驚くでしょうね」
馬車から窓の外を眺めながら、ナディアが悪戯っぽく微笑む。
「……本当に、いいんですか? 今ならまだ……」
「いいんです。私は、あなたにエスコートしていただきたいのです」
僕の唇をその細い人差し指で塞ぎ、彼女は眉根を寄せた。
そうだったね……君は、もうその覚悟はしているか……。
「すいません、失言でした」
「はい」
僕は素直に謝ると、ナディアは満足そうに頷いた。
本当に、彼女には敵わないな。
すると。
「ふふ、着きました」
「ええ」
馬車は帝立ホールへと到着し、玄関へと横付けされる。
「ナディア、どうぞ」
「ふふ……ありがとうございます」
先に降りた僕は、その細い手を取って彼女を馬車から降ろす。
使用人に案内され、僕達はホールの中へと入ると。
「わああああ……!」
その煌びやかさに、ナディアが思わず感嘆の声を漏らした。
僕は……うん、もう何千回と見てるから、目新しさが一切ない。
「イヴァン、すごいですね! こんなところで卒業記念のパーティーをして、しかもあなたと一緒だなんて……!」
少し頬を赤らめながら、ナディアが嬉しそうに話す。
すると。
「失礼。ナディア、ちょっとこちらに来なさい」
「あっ」
突然、一人の貴族が現れ、ナディアの腕を少し強引に引っ張ってどこかへと連れて行く。
その面影を見るかぎり、おそらくは彼女の父親であるジェステ子爵だろう。
「……やっぱり、ナディアをエスコートするべきじゃなかった」
そう呟き、僕は唇を噛む。
僕のせいで、ナディアは父親に叱られてしまうだろう。そんなこと、僕も最初から分かっていたのに。
「「イヴァン! 卒業おめでとう!」」
「あ……父上、母上……」
父上と母上が駆け寄ってきて、笑顔で祝福の言葉をくれた。
でも、二人だって今のやり取りを見ていただろうに、どうして……。
「いやあ、しかしイヴァンもやるではないか!」
「本当ね! あんな可愛らしい子をエスコートするだなんて!」
ああ、そうか。二人はナディアがドナトの婚約者だということを知らないんだな。
「二人共、実は……」
僕は、ナディアのことについて説明する。
彼女には婚約者がいるのに、僕が無理やりエスコートしたという嘘も織り交ぜながら。
なのに。
「ハハハ、相変わらずイヴァンは面白いことを言うな」
「本当に。そもそも、そんな脅迫まがいをされた女性が、あんなに嬉しそうな笑顔を見せるわけないじゃない」
二人は僕の嘘を一切信じず、愉快そうに笑った。
「それに、あまり私を見くびってもらっては困る。こう見えても、私は伯爵なのだからな」
「うふふ。婚約者であるドナト子息が、ナディアさんをないがしろにしている話は聞き及んでいるわ。そして、そんな彼女をあなたが支えてあげていることも」
「あ……そ、その、どうして……?」
僕は訳が分からず、思わず尋ねる。
「それだけ、帝立学院というところは見られているということだ」
「最近は、学院での話題がお茶会にも上るのよ。その時にジェステ夫人も一緒だったけど、それはまあご立腹だったのよ」
「そ、そうだったんですか……」
どうやら、僕はいらぬ心配をしていたみたいだ。
だけど、普通に考えたら、学院でのことは実家に伝わって当然といえば当然かも……って!?
「イヴァン!」
駆け寄ってきたナディアが、僕の胸に思い切り飛び込んできた。
「あ、ナ、ナディア……その、父君と一緒じゃ……」
「ふふ! 実は、お父様がおっしゃってくださったんです! 『婚約や家のことは気にしなくていいから、イヴァンとパーティーを目一杯楽しんでくるように』って!」
「そ、そうなんですか……」
僕は顔を上げて見ると、ジェステ子爵が頬を緩めて僕達を見ている。
ああ……そうか。
僕はもう、遠慮しなくてもいいんだ……っ!
「キャッ!?」
「あはははは! ナディア! ナディア!」
「ふふ! イヴァン! イヴァン!」
僕は咲き誇るような笑顔のナディアを抱え上げ、まだパーティーが始まってもいないのに、ホールで踊るようにくるくると回る。
そんな僕達を、父上や母上、そしてジェステ子爵夫妻が微笑みながら見守っていた。
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