君と僕の願い
あのテラスでの一件以降、ドナトの奴がたった一人で僕とナディアに絡んでくることはなくなった。
さすがに、下手に手出しをしたらまずいということに、ようやく気づいたのだろう。
それに、既に学院内での評判は地の底まで落ちているんだ。何をやっても、絶対にドナトが非難されるだけだからね。
……まあ、王太子が一緒にいる時は、まるで虎の威を借る狐のように、ここぞとばかりに嫌味を言ってくるけど。
そして、カリナ令嬢及びナディアを除く取り巻きの婚約者達と最低女の関係もますますエスカレートし、今では顔を合わせるだけで怒号と悲鳴が学院内に響き渡るようになっている。
本当にここは帝国を代表する帝立学院なのかと、自分の目と耳を疑いたくなる……。
だけど、夢の中に関しては順調そのもの。
やっぱり婚約破棄から迷宮へと堕とされるまでの流れを変えることはできなかったけど、迷宮攻略そのものは充分な成果を得ることができた。
「……この悪夢も、明日を迎えれば終わらせることができるんだろうか」
僕は学院の中庭にあるベンチで夜空の月を眺めながら、ポツリ、と呟く。
すると。
「イヴァン……何を考えているのですか?」
現れたのは、ナディアだった。
「あはは……いえ、楽しかったこの三年間も明日で終わりかと思い、感慨にふけってました」
「そう……ですね……」
ナディアが僕の隣に座り、同じように月を見上げる。
「……私はイヴァンのおかげで、楽しい学院生活を送ることができました。本当に、ありがとうございます」
「それは僕のほうこそですよ……」
寂しげに微笑むナディアの横顔を眺めながら、僕は静かにそう告げた。
「……ナディアは、卒業したらどうするのですか?」
僕は、分かり切ったことを彼女に尋ねる。
そんなの……夢のとおりになるか、結局はそんなことも起きずにドナトの妻となるか、その二択でしかないというのに。
「……実は、考えていることがあるんです」
「考えていること、ですか……?」
「はい……」
ナディアの考えていることって……少なくとも、僕は夢の中でそんな話を一度も聞いたことはない。
その事実が、僕を妙に不安にさせた。
「ふふ……ですのでイヴァン、どうか私を応援してくれませんか? それが、成功するように」
そう言って、ナディアがニコリ、と微笑んだ。
彼女の藍色の瞳には、強い決意が込められていて……僕は、その輝きに心を奪われ、吸い込まれていた。
「はい。僕なんかの祈りで君の願いが成就するのなら、喜んで」
「ありがとうございます」
ナディアが僕の右手を取り、そのか弱い両手で強く握りしめる。
まるで、離したくないとでも訴えるかのように。
でも……僕とナディアは、あくまでも友達の関係。
まだドナトの婚約者であるナディアとは、目の前にある線を踏み越えることができない。
夢の中の出来事が、現実にならない限り。
だから、僕は彼女の手からそっと離れる。
せめて明日を迎え、どのような結末を迎えるのか確かめるまで。
もし、夢のとおりとなるなら、その時は今までどおり全力で彼女を救おう。
だけど、夢は夢でしかなくて、結局、何事もなく離ればなれとなるだけだったら、その時は……。
「ナディア……あと一日、どうぞよろしくお願いします」
「あ……」
深々と頭を下げると、名残惜しそうに手を伸ばす彼女を残し、僕はその場から去っていった。
◇
「はは……とうとうこの夢も見納めか……」
いよいよ卒業式の日の朝を迎え、僕は身体を起こして苦笑する。
昨夜も、もちろん悪夢を見た。
だけど、今日を境にそんな夢に悩まされることもないだろう。
……いや、これからも悩まされ続ける、か……。
「よし!」
寂しい気持ちを振り払うため、両頬を叩いて気合いを入れる。
泣いても笑っても、今日で学院は最後なんだから。
僕は身支度を整え、部屋を出ると。
「あ……」
「……フン」
ちょうど部屋の前にドナトがいて、僕を見るなり鼻を鳴らしてどこかへ行ってしまった。
はは、アイツの顔を見るのも、どちらにしても今日で最後だな。
そんなことを考えてからかぶりを振ると、僕は食堂で朝食を済ませ、寮を出て卒業式の会場となる講堂へと向かう。
すると。
「イヴァン、おはようございます」
いつものように、ナディアが笑顔で声をかけてくれた。
あはは……普段なら、彼女の声を聞くだけで、その表情を見つめるだけで心が躍るのに、これで最後になるかもしれないと思うと、逆に胸が締めつけられる……。
「おはようございます、ナディア。昨日はよく眠れましたか?」
「はい! 寝る前に、中庭でイヴァンと話をしたおかげで、ぐっすりと」
そう言って、ナディアは嬉しそうにはにかむ。
ああ……本当に君は、誰よりも素敵な女性だ……。
「さあ、卒業式へ行きましょう!」
「え!? ちょ、ちょっと!?」
彼女が人目もはばからずに、僕の手を取って駆け出す。
こんなの、もし他の生徒に見られたら!
「ナディア! さすがに学院内で手を繋ぐのは!」
「ふふ! いいんです! 今日で学院生活も最後ですし、誰にも何も言わせたりなんてしません!」
まるで吹っ切れたようにそう言い放つナディア。
僕は、彼女に迷惑がかかってしまうことに罪悪感を覚えつつも、その柔らかい手の感触に、その笑顔に、この時間が永遠に続けばと心から願っていた。
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