繰り返される悪夢
新連載はじめました。
僕がこの夢を幾百、幾千と見るようになってから、もう十年を迎える。
“アストリア帝国”にある貴族の一つ、“エスコバル”伯爵家の長男として生まれた僕は、何不自由なくすくすくと育ってきた。
両親も僕にとても優しく、妹である“ノエミ”は天使のように可愛い。
使用人達も、そんな僕達をいつも温かく見守ってくれている。
そんな、どこにでもいる幸せな貴族子息だった。
でも……八歳の誕生日を迎え、その日の夜に僕は夢を見た。
十八歳に成長した僕も参加した、帝立学院の卒業記念パーティー。
そんな記念すべき場所で、あろうことか帝国の皇太子、“エミリオ=デ=アストリア”が、婚約者である公爵令嬢、“カリナ=オリベイラ”に対し婚約破棄をしたんだ。
さらに、その婚約者に対して次々と貴族家の子息達が皇太子の傍に来て、公爵令嬢を……彼女の周りにいる、現れた子息達の婚約者を糾弾する。
そんな様子を、皇太子の腕に抱かれながら、一人の男爵令嬢……“アリア=モレノ”が怯えるような仕草をしつつ、時折ほくそ笑んで眺めていた。
僕? 僕はただの傍観者だったよ。
そんな大衆向けの物語の一幕のような光景を眺めているだけの、その他大勢の傍観者。
すると、今度は皇帝陛下がこの場に現れた。
公爵令嬢達の婚約破棄に関わった者達を、絶望へと叩き落とすために。
皇帝陛下は告げる。
『皇太子をはじめ、婚約破棄に関連した者全てを、アストリア帝国に混乱を招いた罪で“迷宮刑”に処す』
“迷宮刑” ――アストリア帝国で、死刑に代わって行われる最も重い刑。
建国当時から帝国の地下にあるという、深く昏い迷宮へと堕とされる刑。
堕とされた罪人が赦されるには、その迷宮の最下層に封印されている“エレンスゲ”と呼ばれる伝説の竜を縫い留めている、“ティソーナ”と呼ばれる剣を持ち帰ること。
生きて還った者など、ただ一人としていないというのに。
迷宮刑を宣告された皇太子達は、当然動揺を隠せず、泣いて懇願する者、混乱して叫び出す者、呆然と立ち尽くす者、反応は様々だった。
しかも、赦されるための条件となる“ティソーナ”はたったの一振りしかない。
でも、皇太子達は挑むしかない。
――その生存率〇パーセントの迷宮に。
結果は……誰一人として迷宮から戻ってくる者はいなかった。
そして僕は目を覚ます。
全ての者の死を、見届けた後に。
最初はただの悪夢だと思い、子どもらしく女神シベレスにお祈りをした。
だけど、それからの僕は、毎日同じ夢を見るようになってしまった。
昨日も、今日も、そして明日も。
怖くなってしまった僕は、もう夢を見ないようにと、一切寝ないようにした。
でも、二日も徹夜すれば疲れ果て、どうしても眠ってしまう。
そしてまた、僕は同じ夢を見るのだ。
そんな毎日を繰り返していると、さすがに僕も慣れてしまい、ただ無為にその様子を眺めているだけになった。
だけど……僕は、つい好奇心を覗かせてしまった。
所詮は夢なんだから、僕が皇帝陛下の断罪をぶち壊してしまったらどうなるんだろう、と。
早速その日の夜、あの夢の中で婚約破棄を妨害してみた。
それも、目に見えて分かるような形で。
するとどうだろう。
僕は騎士達に取り押さえられ、皇太子達と一緒に“迷宮刑”に処されることになったじゃないか。
そして、皇太子達と一緒に迷宮の中に堕とされる羽目になってしまった。
でも……僕は、くだらない好奇心のためにこんな真似をしてしまったことを、心の底から後悔した。
何故なら。
「貴様! その食糧を寄こせ!」
「嫌よ! これは私のよ!」
「うるさい! だったらこの場で死ね!」
「ティソーナを手に入れ、迷宮を出るのはこの私だけだ!」
迷宮の中で繰り広げられていたのは、放り込まれた者達による食糧の……生命の奪い合いだった。
あの皇太子も、公爵令嬢も、その他の子息令嬢も、醜く顔を歪めながら奪い合い、殺し合う。
だから僕は、他の者達に食糧を奪われないように……殺されないようにと、必死に逃げた。
でも……僕を襲ってくる敵は皇太子達だけじゃなかったんだ。
この迷宮には、たくさんの魔物や罠が仕掛けられていたのだから。
「助けて……助けて……っ」
魔物……“ヘルハウンド”を前に、夢の中であるにもかかわらず、僕は迷宮に入る前に支給された剣のことも忘れて、恐怖で後ずさる。
だ、だって、僕は夢の中では十八歳だけど、本当はまだ八歳なんだよ!?
でも、目の前のヘルハウンドはそんなの待ってはくれない。
その牙を剥き出しにし、今まさに僕の身体を噛みちぎろうと……っ!?
「が……ふ……っ」
一人の女性が僕を庇うように覆い被さり、その細い首元を噛まれた。
そして、僕はこの女性を知っている。
公爵令嬢を糾弾していた令息の一人、“ハイメス”辺境伯家の長男である“ドナト=ハイメス”の婚約者であり、“ジュステ”子爵家の令嬢。
――“ナディア=ジェステ”。
「ど、どうして……?」
僕を庇ってくれた理由が分からず、ただ困惑しながら尋ねる。
だけど、彼女はニコリ、と微笑み、僕を強く抱きしめた。
ヘルハウンドに、噛まれ、ちぎられ、身体を血で染めようとも。
すると……いつの間にかヘルハウンドが取り囲んでいて、一斉に襲い掛かってきた。
もちろん、守られていたこの僕にも。
はは……せっかく、彼女が僕を助けてくれようとしたけど、僕も死ぬんだな……。
そんなことを考えながら……でも、彼女にまだ少し残っていた温もりを感じながら、目の前が真っ暗になった。
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