ためるな、危険㉚
魔王城から砂丘まで歩くとなると、ざっと2時間近くはかかる。気が重い魔王に対して、軽快な足取りを見せる華。華の後方に続く魔王からはその表情は見えないものの、背中から心地良さが伝わってきた。また、華は右手にバスケットを下げていて、魔王はそこにサンドイッチが入っていると踏んでいた。もしかしたらデザートに果物も。残念ながら水筒が見当たらないのだが、その点は心配なし。華の氷属性の魔法を使えば、いつでもどこでも美味しく冷たい水が飲めるのだ。散々歩かされた後の水はさぞかし格別だろう。
さて、一口にピクル砂丘と言っても広い。華がピクル砂丘のどこまで進むつもりかは知る由もないが、どこまで行っても砂しかない。まさか砂丘を横断するつもりではなかろうな。不安を抱きながら、バスケットの中身だけを心の拠り所に、華の10歩後ろをついていく魔王であった。
魔王城を出発してからおよそ1時間でピクル砂丘に到着。華の歩くスピードが速く、この時点で魔王はへとへとだったが、休むことなくさらにそこから30分、砂丘の中心部を目指して歩き続けた。砂に足を取られ、靴の中と髪の毛は砂だらけ。砂丘に入ってから急激に重くなった魔王の足取りに対して全くペースの衰えない華。魔王の様に前傾姿勢になることもなく、スマートに歩を進めていた。
「この辺りにしましょうか。」
そう言って振り返った華の声など到底届かない後方を歩いていた魔王。腰を下ろすことなく、直立不動で魔王を待つ華。ふと立ち止まった華に気付き、大きく手を振る魔王。ようやく目的地に到着した。
「この辺りにしましょうか。」
合流した魔王にそう言うと、持参したバスケットを下に置いた。同時にドスンと、操り人形の糸が切れたみたいに尻を突く魔王。ようやっとお待ちかねの朝食である。敷物も持ってきておらず、また景色も一面砂の海。食事の環境としては褒められたものではないが、足も棒のように疲れ切ってしまい、贅沢を言っていられるコンディションではなかった。世の勇者連中も、まさか魔王が砂漠の真ん中でへばっているとは夢にも思うまいて。とはいえ、ようやく華の目的地に着いたようだ。
「お待ちかねのサンドイッチですね。」
待ってましたとばかりに魔王が口を開いた。ペタンと座り込んで地面についた手は汗も手伝って砂だらけとなってしまったが、バスケットの中からサンドイッチと共にお手拭きが出てくることを微塵も疑っていなかった。
華がバスケットから取り出した物。『黒の杖』。以上。我が目を疑う魔王。信じられないというより、信じたくない。
「あの・・・華さん。サンドイッチは?」
「はい?特に用意してはおりませんが、戻ったらお作りしましょうか?」
「あ~・・・えっとー・・・はい、お願いします。」
そう言うと立ち上がり、屈伸運動を始める魔王。バスケットの中身で全部悟った。心の準備はできていないが、せめて体の準備はしておかなくてはならない。華が『黒の羽衣』をまとい、魔王もいつの間にやら『闇の鎧』と『闇のマント』に装備を変更していた。両者共に戦闘態勢。