愛する人の生命を蘇らせるための対価は私の世界で一番大切なものでした。
「……あの人を蘇らせたいのです」
「……その対価をもらうよ」
私の愛しい人は死にました。そう、戦で死んだと聞かされ、戻ってきたのはただ一つの彼の指輪だけ。身分違いの恋ではありました。
私と彼の婚姻の証として、彼が少ない給金で私との愛の証として買ってくれたものでした。
「対価とはなんですか?」
「……お前の世界で一番大切ものさ」
山を越えて、もう一つの山を越え、その先に魔女が住むという。
その魔女に対価を差し出せば、どのような願いでもかなえてくれるという。
お伽話にきいた魔女に会うために私はいくつもの山を越えました。
そしてその魔女と今であったのです。
「……対価とはどのような」
「お前の世界で一番大切なものさ」
目の前で老婆がいひひと歯のない口で笑います。私は大切なものと言われてもと項垂れてしまいました。
「ああ、もうないというのかい? ならそうだね……」
世界で一番大切なものが消えてしまい、それを取り戻しに来たのに、対価が……私の最愛のあの人だというのです。皮肉すぎました。
「命には命、蘇りの対価として、お前の生命をもらおうか」
愛しい人と幸せになりたかったのです。それなのに、私の生命と引き換えにあの人を蘇らせると目の前の魔女は言うのです。
……でもあの人のいない世界に生きていてもしょうがないのです。
今の私は生きるしかばね。
「……お願いします」
「ならその指輪をおかしよ、死者の念がこもっている。それならお前の愛しい男と魂も呼び寄せることができるだろう」
私がおずおずと懐から指輪を取り出すといひひと魔女が笑いました。
「……ほうおもしろいね」
「え?」
「いやこっちの話さ」
指輪を掌に魔女が呪文を唱えます。古いぼろ小屋でしたが、その中はとても暗かったです。
しかし指輪から白い光があふれ出し、部屋を照らしました。
「ほら、魂は返ってきた、そうだねお前の魂を黄泉に代わり送るよ」
「はい」
愛しい人がいない世界に生きていてもしょうがない、でもあの人が蘇るならそれでいい。
私が目をつむると、いひひひと魔女がどこか愉し気げに笑う声が聞こえました。
「俺は一体?」
「お前の愛しい女とやらの生命で蘇らせたのさ、どこにでもいくがいいさ」
「……はあ? 愛しい女?」
「ああ、お前を世界で一番愛した女さ」
「もういない……イリスはもう死んだ。この世界にはいないんだ! 去年病で……」
「イリスという娘じゃないさ、まあいいさ、対価はもらったよ。ほらお行き!」
しかしあたしも面倒くさいことをしたもんだ、どうしても愛しい男を蘇らせたいと必死になったあの娘の願いをかなえてやったが、あんたの名前すらこの男は言わないね。
「イリスじゃなければ、誰だというんだ! それ以外の女など知らない、イリスが死んで、あの煩いお嬢様が付きまとうから俺は戦にいったはずなのに!」
「あたしは知らないね、でもあんたは確かにこの世界に蘇った、死んだはずだというのかい? でもあんたはここに存在する。ほらお帰り、山を五つ超えたらあんたの住む町とやらさ!」
あたしは自分の小屋からこの男を追い出した。ああもう面倒くさい話さ。
誰とも知れないと首をかしげる男を見て、あたしはあんた無駄死にしたねと思ってしまうのさ。
「……イリスと名乗ったあんた、あんたの本当の名前はなんなのさ? 死んだ娘じゃないよね? はてさて、まあその願いは本当だった。愛しい男を蘇らせたいというあんたの願いはかなったよ。しかしねえ、あたしも若いころは……」
愚かな魔女がここにはいた。あたしは昔愛しい男を蘇らせたいと願い、悪魔と契約したのさ、でもね、悪魔との契約なんてろくなものじゃない、悪魔に聞いて、愛しい男の生まれ変わりに会いに行ってみたら醜い魔女とののしられ追い出されたのさ。
ああ生まれ変わりは生まれ変わり、愛しい男そのものじゃない、あたしは悪魔に騙されたのさ。
だからこそ、あたしはあの娘の願いをかなえたいと思ったのかもしれないね。
愛しい男を蘇らせて黄泉に下った哀れな娘、あんたの本当の名前はなんだったのかねえ。
ああしつこく付きまとう煩い女としか告げられなかったあんたは……かわいそうな女だったのかもしれないね。
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