離れと烏と湯飲み(陶器製、2個セット80文)
オリンピック代休の祝日に合わせ、2話前倒しします。
何か言いたげだったろくろちゃん、しかし何も言わず空になった重箱を持って帰っていった。最初に手長様足長様の事で突っ込みを入れていたし、二人で話したいことがあったのかもしれない。
その手長様足長様もろくろちゃんに続いて唐突に帰り、騒がしかった部屋は布団の布ずれの音が聞こえるほど静かな世界に戻った。
離れからは城も城下町も遠いせいか、妖怪の作る喧噪は昨日も今日も何も聞こえてこない。事件の経過はどうなったのだろう。
最近は暇な時間が出来たらスマホっぽいものを覗くようにしている。何はともあれポイントの取得と残高が屏風覗きの生命線だと、いい加減実感したからだ。
残弾を知らずに銃を撃ちまくるほど愚かな行為も無いが、逆に残高を気にしてケチったせいで余計な出費をしたケースもある。
現状のポイントを逐一把握していれば思いつく手段も変わってくるというものだ。
実際、今回もポイントの使い方にかなり無駄が多かった。使った個数の話ではなく、もっと早く判断出来ていれば少なくて済んだという話。
例えばとばり殿と行動していたとき、どの相手もさっさとキューブで囲ってしまえば2、3個のキューブで捕えることが出来ただろう。何よりあの子にも余計なリスクを負わせずに済ませられただろうに。頭を使わなかったせいで数十ポイントでよかったものが、一気に数千まで膨れ上がっている始末。
イタチや鳥だって、あるいは殺さなくて済んだかもしれないのに。
現在のポイントは3762ポイント。
前回確認した残数は2362で、牛頭に対して使用したキューブ代が出240+消240で計580ポイント。次に自動防御代で1000ポイント、『おじゃる車?』の相手に出10+消10で計1020の出費。合わせて1600ポイント。
2362-1600=762ポイント。つまり実績解除分で3000ポイトが入っているのか。
<実績解除 裏切りゅ者ちちの夜 3000ポイント>
裏切り者たちの夜、か。実績さんに判定されているということは本当に裏切ったんだな。まあほとんど知らない相手だ、止むに止まれぬ事情があったとして、それでどうしてやりたいという訳でもない。問題があるとすれば残された縁者のほうだろう。たとえ裏切りに無関係でも立場が悪いなんてもんじゃない。
当人は真面目にやっていたのに身内のとばっちりで酷い目に合うほど辛いものもないだろう。
そう思いながら意地の悪い考え方が頭を過る、この件で上がどういった判断をするかで国の気質がハッキリしそうだと。
あくまで信賞必罰、類縁でもノータッチならお咎めなしなのか、国へのテロという重罪には国防を優先するのか。
前者は言っては悪いが『国としてゆるい』。恐怖政治にしろは言わないが、当人の罪だけで済むと思えば無茶をする者は一定数出るだろう。反逆へのブレーキが少ないのは正直、国として良くはない。
被害者が殺された後に初めて殺した者が殺人で裁かれるのは法的には正しいが、だからといって危険人物を野放しにして、馬鹿正直に誰か殺すまで待たれたら被害者はたまらないだろう。それでも罪を犯していないなら逮捕はできない、それが法だ。止むを得ない。
だが、それが国という規模だったら? 無理やりにでも捕まえるのが普通ではないだろうか。爆弾持って突っ込んでくる相手に威嚇して投降を促して、なんて悠長にやって何回爆発してから懲りるだろうか。何度死人が出ても愚直に手順を守る、下に守らせるというならいっそ尊敬しそうだ。こちらに被害が出ない限りはだが。
後者なら『ゆるく見せているが本質的には固い』。決められた法も支配者の胸先三寸で変わるということ。超法的措置なんて言葉で違法ではないと捻り出すまでもなく、強い者が法だと宣言することになる。
捻くれた見方だが、法の下の正義とか法の下の平等なんて言葉は、要するに『法を決めるヤツが法の上の存在』と言ってるのと変わらないと思うのだ。文言にどう書かれようと歴史的事実として、多くの国で己が決めた法律を蹴り飛ばした事例は笑えるほど多い。
別にそれが悪いとは言っていない。時代に沿わない古い法律や、急激に環境が変わって既存の法律ですぐに対応できないなんてよくある話だ。
くだらない自問自答をしたが、つまるところゆるくても固くても国益になる判断が出来ているなら何でもいいんじゃね? というのが屏風覗きの考え方です。
庶民には後先なんてどうでもいい。悪い前例を残さないためにも、と『悪法も法』と法律を守る意義を熱く語られようが、それで今日の食い扶持が減るほうがよほど困る。
最高の専制より最悪の民主が優れる、なんて信念はクソくらえだ。いや、これを言ったあのキャラクター自体は大好きなんだけどね。
ダメだ、死んでも仕方ないと思っている頭の後ろであの姉妹をちょっとかわいそうに感じている。裏切り者で、しかもひなわ嬢をあれだけ痛めつけた相手に思っていい事じゃないのに。
それでも事情に情状酌量の余地があるのなら、せめて苦しませないでやってほしい。
命を奪うなら、拷問とかそれ以上の行為は余分だろう。別に無痛で済ませろとか、お優しい事を言っているわけじゃない、わざわざ苦痛を増やして処刑するのは誰に向けた正しさなのか、それだけの話だ。
罪を裁く行為を正しいとするのなら、どうか静かに。
少し眠っていたらしい。カチャカチャという食器の鳴る音で目が覚めた。
「邪魔しているぞ、屏風」
勝手知ったる他人の家。茶器入れに収まっていた陶器の急須を引っ張り出して、ふたつの湯飲みにお茶を淹れるとばり殿がいた。暑い盛りなのにいつもの白い山伏姿は汗染みひとつない。
ほんの数日ぶりなのに、思ったより長く会わなかった気がする。
あの騒ぎで急遽本来の仕事に戻ったとばり殿は、部隊を率いてずっと城の守りに詰めていたらしい。たぶん平とは違うと思っていたが、部隊を率いるほどだった。聞けばこの子、12ある部隊のひとつを任されている隊長さんだった。
守衛組・十二隊と呼ばれる複数ある部隊の下のほうだ。と謙遜していた。
組織構成として守衛組は上から『守衛組統括』→『守衛組・四方隊』→『守衛組・十二隊』となっているらしい。12隊の内3つを纏めて1方隊となる構成のようだ。なお立花様は統括のさらに上である。
この隊の末端部隊は守りの象徴である壁に例えて『壁』と呼ばれ、12人単位で構成されており、『壁』が12班、計144名で十二隊の1隊となる。つまりこの子は号令ひとつで100名以上を動かす、いわゆる百人隊長。十分トップじゃないか、すげえ。
「茶だ」
こちらが妙にはしゃいでほめるのが気持ち悪かったのか、若干引き気味にお茶を渡されてしまった。いや、知り合いが戦闘部隊の隊長とかテンション上がるじゃないですか。
まあそれはいいとして、こんな陶器の湯呑みあったっけ? そんな疑問が顔に出たのを見つけてのか、とばり殿が悪戯がうまくいった子供のように笑った。
「安物だが良い物だぞ、おまえの仕官祝いだ」
それはなんというか、ありがたいやら申し訳ないやら。この子には貰ってばかりだ。本格的に何かお返しを考えなくてはいけないだろう。一方的な関係はよくない。
「時に屏風よ」
ひなわのヤツにどぜうを奢ってやったそうだな、その平坦な一言は何故か熱いお茶が冷たく感じるほどゾワッと来た。
後日、具体的には明日連れていくことで何とか機嫌を直して頂きました。なんでそんなに怒るの、この食いしん坊さんめ。