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離れと傘とおにぎり<イベント未発生>※これは表示されません

誤字脱字の報告、いつもありがとうございます。

いよいよ暑さが本気を出して来やがりましたね。晴れの日はまだ湿気が少なくマシですが、雨が来ると湿気大国日本の悪夢の始まりです。

 いっそエアコンをガンガン利かせて布団かぶって寝たい、でも電気代が、体調が

「弱いねい、楽しかったけどさ」


 ズタボロの自陣はもう取り返しがつかない惨状。こうなる前からヤバいなとは感じていたのに、何もできなかった。後は手長様の気分で詰みを待つばかりの消化試合である。


 ズシンと音がしそうな慣れた美濃囲いに対して、ミニゲーム攻略のためだけに覚えた付け焼刃の右四間飛車ではまるで歯が立たなかった。というか、歯を立てるまでもなく跳ね返されたよ。


 とにかく攻撃偏重の型だから素人でもハマれば多少は戦えるが、こちらの防御の美濃囲いがペラッペラなので一手下手を打つと次々押し込まれて攻撃どころじゃなくなってしまう。


 最初こそ手長様が面白がって、『(けん)』に回ってくれたおかげで善戦したが、その勝負でも結局中盤に巻き返されて敗北。その後は何試合しても早い段階からリカバリーの利かない形に持っていかれて終わり。


 気付くと銀冠の美濃でカッチカチ。右四間飛車の対処はもっぱら矢倉なのに、違う戦型でも平気でやられてしまう。地力が違うとはこういうことか。


「ひに」「ひノ弐」


 ヒット。唯一の間者が打ち取られた。間者=潜水艦で、海戦ゲームにおける要求マスひとつだけの強ユニットである。


 足長様とは碁石を使った海戦ゲーム(便宜上は合戦と称してみた)で勝負中。一試合につき一度だけ打った場所を中心に9マスを蹂躙できる強者を投入できるというルールでやっている。衝立を立て、審判兼通訳は手長様にお願いしてみた。


 こちらは将棋と海戦ゲームの二正面作戦状態、しかし手長様も海戦の審判という役割があるのでどちらがアンフェアとまではいかないだろう。むしろ貴女のほうが明らかに強いんだからハンデを頂戴したい。何か(こだわ)りがあるらしくコマ落ちしてくれないのだ。


 贅沢にも三食昼寝三昧で暇だと零した屏風覗きにバチが当たったらしく、幾人かの知人から見舞いとして送られた品物がモロ被りしてしまった。


 この日用品さえ少ない離れに何故か将棋盤がひとつと碁盤がふたつあるという、贅沢だけどよく分からない贅沢をしている環境になってしまっている。お陰でこんな変則的な使い方も可能というわけだ。


 ひとつなら趣のある和風アイテムなのに、三つもあると町内会館の囲碁将棋クラブって感じで一気に野暮ったくなるから不思議だ。どれも足付きの立派な盤なので押入れに突っ込むのも忍びない。というか、普通に高いんじゃないのこういうの。お返しどうしよう。


 腰をやられて二日目、屏風覗きはまだ元気です。明日には出歩いてよしとの白頭巾猫(灰色、昨日に続いて来てくれた)ちゃんのお墨付きを頂いたので、今日までの辛抱だ。余計な散財をする前に早くお返しの品の相場を調べないといけない。


「いご」「いノ五」


 ヒット。伏兵第2部隊(海戦で言う巡洋艦)の取っ掛かりを掴まれてしまった。でも足長様、髪の毛の先に目玉をつけて衝立の下の隙間からニョロっと覗かないでください。審判、仕事して。


「おや、バレてしまったよ足長。次はうまくやろうねい」「あう」


 反則咎めやがれください。




「なんでこいつらがおるん」


 お昼時、四角い風呂敷包みを片手にぶら下げて、人型のろくろちゃんがやってきた。最後にあったときも少し機嫌が悪かったが、どうも不機嫌続行中らしい。


「こいつらとはご挨拶だねい」「ごえ」


 ごえ? 五ノえ? ひふみ式だから後半も後半の『え』は碁盤に無い。別の略語だろうか。ご縁がありますね、五右衛門風呂、ごっつええで、タメだ、わからん。


「昼飯。持ってけ言われたんや」


 邪魔すんで、そう言ってこちらの了承を取ることなく入ってくる。白雪様といい手長様足長様といい、仮初とはいえ家主である屏風覗きの意向をまったく聞く気がないらしい。後ろ二妖怪(二人)に至っては気付いたらなんか居た。物騒な座敷童もいたもんだ。


 ろくろちゃんが土間から足を上げると、履いていたぽっくり下駄はいつの間にかどこかに消えて素足になっていた。あの下駄って実は素足と変わらないのでは?


 畳をボスッと鳴らして置かれた包みの形は覚えがある。風呂敷が解かれると、やはり初めてろくろちゃんと下界を踏破したときにお世話になった重箱だ。蓋には金箔で彩られた稲穂がキラキラと輝いている。


「この家は茶も出んのかいな、とは言えんか。怪我人やもんな」


 急須どこやー、と探し出したろくろちゃんに悲しいお知らせをしなければならない。この家には未だ湯飲みがひとつしかないということを。




 止む無く城に取って返して湯飲みや取り皿などの食器を持ってきてくれたろくろちゃんは、納得の半切れである。せっかく善意で離れまで昼食を運んでくれたというのに、飲み物のためにもう一周してくれでは腹も立つだろう。


「この傘は石突が頭にあるのかねえ。すぐ頭に血が昇る」


 和傘は立てかけるとき持ち手が下になるので、石突と呼ばれるパーツも持ち手の下側にある。洋傘はその逆で頭側を下に向けるので石突は頭にある。手長様の皮肉を聞くに、ろくろちゃんの頭は笠側なのか。謎がちょっと解けたぞ。


 ギリッと、本日のメニューでは決して鳴らない奥歯の音が聞こえた気がするが、たぶんおそらくきっと空耳だろう。足長様もそんな音は聞こえていないようで、両手で一個のおにぎりを持って無心でモグモグしているし。

 離れで食事シーンを何度か見たが、普通の食べ物を食べるときは例の姿にはならないようだ。助かる。


「から」


 俵結びに手を付けた足長様が食べるのを止めて、手長様に助けを求める視線を送った。


「ああ、これは辛いのか。粗末にするのもよくない。屏風覗きに渡そうねい」


 どうやら手長様も辛いのは苦手らしい。以前、ろくろちゃんも苦手で手を付けた一個以外食べなかった。つまり重箱の一段分は自動的にすべて屏風覗きの担当になる。

 この子たちに狙われた場合の最終手段として、体に唐辛子をぶっかけるという防御法が選択肢に現れたな。食べられるのを防ぐだけで殺す方法はいくらでもあるだろうけど。


「あい」


 あ、はい。頂きます。


 辛いものを食べたときは乳製品が良いらしいが残念ながらここには無い。せめて今回の四段目に入っていた白桃で誤魔化してほしい。しかし、本当にどうなっているのだろう、リンゴ以上に劣化の早い桃が剥かれているのに白いままだ。桃はちょっと傷んだり時間が経つと、すぐ茶色に変色して苦味が出てくるのに。


 ケーキ屋では冷やす以外にもゼラチンなどで包んで酸化を遅らせたり、塩やレモン水に漬けたりして変色予防をしているらしいね。あるいはこの重箱に秘密があるのだろうか。さすがに玉手箱ってことはないだろうけど。


「よう食えるな」


 誰に言ったでもなく、ろくろちゃんの嫌味が放たれた。チキンの屏風きはギョッとしてしまったが、手長様も足長様も特に気にした風でもなく食事を続けている。


 まあ慣れたといいましょうか、緊張を維持できるほど太い精神をしていないだけです。しんどくて恐怖するという作業を放棄してしまったというのが一番近いだろう。一種の思考停止だ。


 何となく、隣で竹楊枝をつまんで桃を食べる足長様の頭を撫でてみる。初対面のときにひなわ嬢がそうしたように。思えばあの子は肝が太いな。

 ヤスリのようにザラザラすることも、体液でヌルヌルすることもなく、幼児の繊細な髪の毛の手触りだった。


「うひ」


 こちらを向いて笑う幼子の姿と下界で見た惨劇は頭の中でイコールで結べない。しかし、きつねやで降りかかった内臓とその生臭いにおいはまだ思い出せる『本当にあった事』だ。


 弱い偽妖怪(人間)は、どちらを本性と見るべきなのだろう。

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[一言] 「ごえ」はなんだろう? さっぱり分からん。
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