捕り物の終幕
毎回毎回、ご指摘本当にありがとうございます。
いっそ誤字脱字の報告が表示されるのが「あ、誰か読んでくれてる」という喜びに変わってきて、怖いと感じるべきか情けないと感じるべきか悩ましいところです
しっちゃかめっちゃか、という言葉で表すのが相応しい惨状だ。ほんの数分でひとり死に、ふたりが死にかけ、二台が走行不能で立ち往生。味方と思っていた妖怪のうち二妖怪が揃って裏切ってるとかね。激動過ぎる。
<自動防衛 11:40:51 までな 停止YES/Nぅ ポイント返還りない>
意識するだけでキューブの使用画面にいけるからと、ぶっつけ本番で自動防御の画面にもいけないかとの試みは成功した。ただ自動防御の前に受けた影響に関しては使用外、もしくはすぐ除去されて回復というわけにはいかないらしく、眩暈と体の痺れはしばらく抜けてくれなかった。
眩暈のほうはだいぶ収まったが異常な発汗が止まらないし、体に痺れが残っていて体がうまく動かせず、口元にみっともなくよだれが伝ってしまう。あるいは自動防御に解毒効果など最初から無いのかもしれない。盾に治療の機能を求めるほうが欲張りか。味方に解毒に詳しい方がいるといいなぁ。
『あい』と名乗っていた犬の経立が地面で顔を押さえて、痛い痛いとのたうち回ってうるさいので近くに転がっていた『薬袋』の残りをぶっかけてやったらおとなしくなった。自身の症状から考えるに相手を無力化する感じの麻痺毒や睡眠薬の類で、少なくとも致死性の毒物ではないようだしこれでいいだろう。『あき』のほうはすでにこと切れている。
予め準備していた計画だったのだろうか。どこからどこまでが、は分からないが。
一直線に逃げるなら楽そうな車型の妖怪が隠れて待っていた理由は? 体力が続かなかったのか? ナニかを待っていたと考えるほうが自然だろう、例えばこの犬の妖怪たちを。
そして追われているのに理由なく悠長に待つわけがない。予定されていた相手を待っていたんじゃないだろうか。しかし可能か? 組織立って動く人員が命令も聞かずに勝手に動くことが。出来るとするなら大義名分がいる、例えば上から命じられれば大手を振って行動できるだろう。
では、この犬たちは何がしたかったのか。行きがけの駄賃に屏風覗きを攫うつもりだったのか?
不明だ、殺す気なら致死毒を使うだろうが用意できなかったという線もありえるし、単に邪魔者を無力化するために手持ちの薬を投げたのかもしれない。キューブの力は見られているから、敵と分かった時点でキューブで捕縛されると考えたのだろう。
ガリガリと諦め悪く腹を擦りながらどうにか逃げようとしている『おじゃる車?』。アレなら人ひとりの運搬にはうってつけではある。
構造上、空でも飛べない限り片輪ではその場を回るだけだぞおじゃる。
いずれにせよ下っ端の判断することじゃない。今大事なのは胸に抱いたひなわ嬢に少しでも早く治療を受けてもらうこと、それまでこの子を守ることだ。
すべての決着がついたとき、なんとか戻ってきた視力で周りを見回した屏風覗きの目に飛び込んできたのは『おじゃる車?』と、その車輪の火に照らされた血だらけの惨状だった。
血まみれの顔を押さえて転げ回る『あい』、胸と口から血を流し動かない『あき』。そして辺り一面を赤一色に染め、顔面を失ったひなわ嬢。
痺れた体ではすぐ駆け寄ることもできず、何本か足を毟られた虫のように無様に転んで這って、どうにかたどり着いた彼女の傍は血溜まりになっていた。辺りを真っ赤に濡らした蛇口の正体はひなわ嬢の顔面。
ごく最近、屏風覗きがやったようにメチャクチャになってしまった『顔だった』場所から。
白状すると、彼女の心配だけで取り乱したわけではないと思う。過去に己のやったことが、知っている子に起きたことでどれだけ残酷な事をしたのか突き付けられた気がしたのだ。
しかたなかったんだと顔を逸らした頭を掴まれて、よく見ろと直視させられた気分だった。
おまえがやったんだ、と。
喚いた、と思う。うまく動かない口で何を言ってるのか本人でも分からないほどグチャグチャに喚いた。
助けなければならない、助けなければ許してもらえない。どこまでも自分勝手な考えでひなわ嬢に縋ってしまった。治療の方法も分からない、どうすればいいのか分からない、だれか、だれか、
何をすれば許してもらえるのか、教えてください。
「ウルセェ!! ダイジョウブダヨっ!! ジロジロミテンジャネェ!!」
聞いたことのない声がひなわ嬢の体から聞こえてきて、それから一気に冷静さが戻ってきた。いや、どこかで聞き覚えはあった。たしか一度だけ、今朝方の情けない感じのひなわ嬢の起き抜けの呻き声。
不謹慎だがさすが妖怪、と言うべきか。顔面崩壊でも生きてはいるらしい。そのしぶとさが強がりじゃなければ良いのだけど。
なんだが思い切り脱力してしまった。そうなると後は兎にも角にも他の妖怪に連絡を付けて、ひなわ嬢の治療と連中の護送を頼むのが第一にすべきことだろう。
予め発煙筒については教えられている。女の子を相手に大変に申し訳ないが、胸の内側にあるポケットに差し込まれている発煙筒を取り出させてもらい、肌が死人のように冷たい、鎖帷子のせいか? 本当に大丈夫なのか? 何をするにしてもまず紐を引き抜いて発煙筒を転がす。
筒はシューという音を立てて、湿気った手持ち花火のような弱い火を出しながらサイズに見合わぬ驚くほどの煙を空に立ち昇らせていく。これで誰かしらやってくるだろう。それでもこないならこの子だけでも抱えて行く。犯人なんか知らん、逃げられるくらいなら窒息させちまえ。
まずは毛布の代わりに屏風覗きの着物で包む。顔の出血がほぼ止まっているのだけが幸いだ。怪我の面積が大き過ぎるし、止血しようにもグチャグチャの顔を圧迫しようがない。
屏風覗きにできるのは、死人みたいに冷たいこの子に体温を分けるくらいしかない。
せっかくの時計機能も見ていなければ使いようがない。その存在をすっぽりと忘れてどのくらいそうしていたのか、気付くのにたぶん5分かそこらかかった。いい加減見切りをつけてこの子を運ぼうと思ったあたりで、闇の向こうから見覚えのある袋がいくつか近くに投げ込まれた。
地面に当たった端から辺りに粉塵が舞ったので、それに合わせて薬にやられたフリなどしてみる。
どうやら味方より先に敵に見つかってしまったらしい。無関係の妖怪ならこんな毒薬入りの袋など投げ込んでこないだろう。裏切者の内通者か、手引きを受けた他国の妖怪か、弱った者から金銭を毟る物取りか、どのみち『敵』だ。
偽妖怪の視力では夜目などまるで利かない。落ちた時の袋の動きで投げてきた方向は分かっても、火の灯りが届かぬ闇は見えなかった。しかし、わざわざ薬を使うなら遠間から弓矢なりですぐ射殺しにはこないだろう。なら薬が効いたと思って近づいてくるのを待つほうが仕留めやすい。
粉が風に乗って消えた頃、音もなく『おじゃる車?』の火の明かりの中に見覚えのある人影が進み出た。助けと思ったらしい『おじゃる車?』が喜色を浮かべるも、すぐに不穏な気配を察したのだろう、動けぬ車体でどうにか遠ざかろうと体を回し出す。
「赤の、捕まってもらっては困る。悪いが」
死んでくれ、たぶんそう続けたかったと思われる。
「そこまで」
一瞬の判断は電光と言って差し支えないほどの速さだったろう。ありったけの煙幕の粉を振りまき何もかも捨てて全力で逃走しようとした『指揮官』が、それ以上の速さで進み出た立花様の一閃で両足を膝から切り飛ばされた。逃げる勢いのままに地面を滑った『指揮官』を、これまたそれ以上の速さで踏みつけて動きを封じてしまう。そして足だけではない、いつ切ったのか分からないが両手の親指まで落ちていた。
それから、どこから湧いて出てきたのか何妖怪もの目つきの鋭い妖怪たちによって現場から離され、城で手厚く治療を受けることになる。
運搬間際に『指揮官』の身柄を他の人員に引き継いだ立花様より
「屏風、ひなわ、良くやった」
そんな素っ気ないお褒めの言葉を頂いて。城下二日目のクタクタの夜が終わった。
<実績解除 裏切りゅ者ちちの夜 3000ポイント>