一人にいちいち開け閉めダルいから『動物用の潜り戸』という方便で設けてある、身分が下の者用の戸
堅牢な城を落とすなら内部から。いつの時代でも使われるこの常套手段は投資のわりに当たれば効果がとにかく大きい。
失敗しても一度侵入すればまだいるかもと疑心暗鬼の種になるし、対応に追われた相手の手数を確実に減らせる効果がある。
あえて欠点を挙げるなら目に見えた戦果に繋がり難いのと、情報の扱いが難しいのが欠点だろうか。特に内通者を辿って逆に情報操作を受けたりすると目も当てられない結果になる。
では逆に仕掛けられた側はどう対処すればいいだろうか。
素人考えだと裏切者を狩り取るために必要な物は、まず信用のおける人員を判別すること。これが一番難しいが必要だ、この時点でほぼ決まるといっていいと思う。内通者に狩りの情報が筒抜けでは意味がない。
そういう意味で屏風覗きに話が来たのは納得、とまでは思えないが。
できることなら引き入れる人員は有能かつ裏切らない者であってほしいもの。無能な味方は有能な敵以上に厄介なんて話もあるくらいだ。アホを揃えるより少数でも信用のおける中核を作るほうがいいでしょうに。
と、アホの屏風覗きなんかは思うのですが。白の現状はそこまで切羽詰まっているということだろう。おそらくひなわ嬢、の後ろにいるお偉方は消去法で声を掛けてきたと思われる。
屏風覗きは人間で幽世に来て日が浅く、接触した妖怪がとても少ない。最近になって白ノ国に雇われたとはいえそれはほんの数日前の出来事で、国はおろか幽世という世界規模で余所者と言っていいからな。
それでも絶対安全とまでは言い切れないのが謀略の怖いところだ。だからと言って知らぬ間に洗脳でもされている可能性とか考慮し出したら、もう誰一人信用出来なくなる。ある程度は上も博打が入っているだろう。
それにしても内通者か、確かに工作員を潜り込ませるなら手引きができる者がいたほうが俄然都合がいい。
しかし、それを見つけ出すのは大変だ。
問題を損得に見立てて逆に辿っていけばある程度の工作ルートは割り出せるだろうか。しかし明確な証拠を残しておくとは考え辛い。素人でもそのくらいは分かる。
可能性があるとすれば内通者を炙り出す工作でもして、自分から出て行ってもらうくらいか? 裏切者には苛烈な報復が待っているからな。慌てて逃げれば目立つだろう。
動員できる人数が多いなら森の中で獣を探すより、周りから追い立てて道のど真ん中に出てもらったほうが早い。そこに少数で罠を張り、逃げたところをふん縛るのが楽だ。
出来ればそれを隠れて観察している別の内通者を見つけるとっ掛かりにもしたい所。ワザとか騙されたか理由は色々あるだろうが、本命を隠すためにあえて捕まる囮の人員がいる場合もあるだろうし。
まあそんな話は下っ端の考えることじゃないけど。
それで組織の妖怪関係も城下の地理もまるで疎い屏風覗きに、この子は何をさせたいのだろう。調査なんて無理ぞ。
「その辺はだいたい当たりがついてますんでご安心を。動きを封じる術を使えるヤツが欲しいんです」
使えますでしょ? 旦那。そう囁いて三日月のような笑みを浮かべるひなわ嬢。待って、鎖骨を指でなぞらないで。ゾワゾワする。
店で幾つかの段取りを話し合ったあと城まで送ってもらった。また奢ってくださいなと、ヘラリと笑って踵を返し町へと去っていくひなわ嬢はなんとも悪い女の素養がある。ちっちゃいけどアレで間違いなく圧倒的に年上なんだよなぁ。
夜間は城門こそ閉じているが警備はしっかりされている。こちらは完全に守衛組の管轄らしく、見回りの詰所で見られたようなどこか気の抜けた雰囲気はない。
棍を片手に仁王立ちする警備の多くは人型で、日本の鎧武者とはやや異なる個性的な甲冑を纏っている。
理由はおそらく妖怪の個性にあるのだろう。例えば背中に羽を生やした者は胴鎧の後ろが開いた作りになっているようだ。
「お帰りなさいませ、屏風様」
歩み寄ってきたのは昨日も見た妖怪、名前はたしか胴丸という褐色肌の女の子。今朝は別の妖怪が詰めていたのでこの子は夜勤らしい。
背丈はひなわ嬢より拳ひとつ分上くらいか、気弱そうな顔をしているせいかどうも見た目の年齢が掴み難い。
中坊にも見えるし年長にも見える。どうであれ人間の寿命よりは長生きしているだろうけど。しかし、人型で見る妖怪、誰も彼も若いというか子供の姿が多すぎないか?
昔ながらの物語で人型の妖怪というと、もっぱら老人、特に老婆の話が多い印象があるのに若すぎる女の子の姿が目立つ気がする。
幽世の妖怪の間で流行っているのだろうか。化けられるなら何にでも成れるだろうし。
胴丸さんが手で合図をするとわずかな間を置いてギャリギャリとかなり硬質な音を立てて門が開かれていく。開閉機構に鎖の巻き取り装置でも使っているのだろうか。朝に内側を見た限りそんな大掛かりな設備は見当たらなかったのに。あと潜り戸でいいんですが。
「あれは身分の低いものが使いますので、お戯れでもお止めください」
いえ、偉くないです。下っ端です。そう訂正しても静かに微笑んで躱されるだけでなんともし難い。
クレーマー対処のベテラン店員みたいというか、微笑でいるのに無表情な感じ。何かこっちが悪いことをしている気分になってくる。気弱そうに見えてもそこは荒事担当、腰はどっしりと強いようだ。
そのうち周囲から入るの入らないの? という視線を感じて止む無くタイムアップ。この話は関係者のとばり殿に誤解を解いてもらったほうがいいかもしれない。
ガコーンと地面に響く音を出して閉まった門は夜ということもあって真っ暗で、今日はもう出るなと言いたげにそびえている。
表の篝火に左右から照らされる中、閉まる瞬間まで胴丸さんが瞬きもせずじっとこちらを見ていたのがちょっと怖かった。まあ今日は門限破りにならないはずなので気のせいだろう。
ここからはひとりでも大丈夫。心配性のちっちゃい守衛さんに口酸っぱく作法を教わっている。
こちらも晒しものになりたくないし、もし防犯に引っかかったら身元確認のためにとばり殿が呼び出される気がする。あの子に無用な迷惑はかけたくない。
城に続く道はどちらを向いても石垣の壁に囲まれた殺し間になっていて、気のせいか遠近感が狂う感覚がある。
実際の日本で見られる構造とはかなり違い壁に銃眼が無く、代わりというように何かにつけて置かれている石灯篭が驚くほど明るく道を照らしていて幻想的でさえあった。
通り過ぎた後の灯篭は順次消えていく仕様らしく、きつねやに続く竹林に囲まれた玉砂利の道を思い出す。しかし、光源はこちらのほうが圧倒的に明るい。門の前で焚かれていた篝火が霞むほどだ。
何より火の揺らめきがない。火を使った自然光なら無風でも多少は変化があるものなのだが。
幾度かの検問というか、入城者を待ち構えている感じの警備の人員とすれ違うたびに一瞬の間を置いて頭を下げられるので下げ返す。あの間は何なのだろう。妖怪なりの確認事項でもあるのかもしれない。
入口前まで来ると待っていたらしい直立の黒頭巾の猫(尻尾が無い?)が闇に輝くキラキラの瞳で立花様の元に案内してくれた。
獣系の妖怪は生まれも様々な種類がいるみたいだ、きつねやで見た犬のシェパードといい猫も外国種をチラホラ見る。海外からスカウトしてる、わけは無いか。野球選手じゃあるまいし。
夜だというのに廊下を通るとき結構な頻度でピリピリした気配の妖怪たちとすれ違った。国に毒を撒かれかけたのだから無理もないだろう、遺憾で済ませられる段階じゃない。せめて報復はBC兵器以外、取り返しのつかない系だけは避けてほしいものだ。