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どじょうの旬は6月から7月

毎度毎度の誤字脱字のご指摘ありがとうございます。学習しないヤツですみません。

最近は作業用BGMというカテゴリーを越えた好みの動画を垂れ流しつつ、ペコペコとキーボードを叩いているのですが、合体変形シーンを集めた動画とかは垂れ流せずつい見てしまいます。古い世代の物でも古いなりに、可変ギミックに理屈をつけているのが面白いです

 鍋が見えねえ。とんかつ定食のキャベツみたいに盛りに盛られたネギの山。その下に隠れた甘い香りの味噌と割下で煮込まれたどじょう達が、ネギの緑で覆い尽くされ欠片も見えてこない。見た目はグツグツと湯気の立つネギの鍋である。




 ひなわ嬢に遠回しのおねだりをされて、北の奥周りに近い中周り、半分に割ったゆで卵で例えるなら黄身のすぐ手前の白身辺りに店を構える割烹、いや料亭か? に来ている。余計分かり難いか。ともかく店のランクが奥周りの高級店に近いお店のようだ。


 白字で『どぜう』と書かれた大きな藍色の暖簾、この時点で他の店舗とはオーラというか面構えが違う。得意分野に自信をもっているプロの気配マンマンである。


 暖簾の先から漏れ出る香りを進めばむわりとくる酒と火にかけた料理、それらを清めるような炭の香り。

 一面は畳に座布団敷きのお座敷になっていて、一日を終えた町妖怪(町人)たちが酒を鍋を思い思いに楽しんでいる。ちょっと焦点をボカすのが遅れてしまったが、まだまだ正気は残っているから大丈夫だろう。だいたいはケモだし。


 かなりの人気店らしくうっすら見回す限り席がすべて埋まっていた。並んでいる客もいるし、これはだいぶ待つことになるなと思っていたら、客の間をすり抜けるようにやってきた店員(鉢巻したカワウソ?)がすぐ2階に案内してくれた。


 こちらより前に並んでいた客がいるので、そちらは良いのかと聞こうとしたらひなわ嬢が袖を引いて口に指を当てたので一度黙っておく。お役人特権だろうか。あるいは奢られる前提で予約でも入れていたのかもしれない。やはりこの子はちゃっかりしている。


 通されたのは1階と違って8畳ほどの個室になっていた。襖で遮っているだけなので喧騒は聞こえてくるが、見知らぬUMAを視界に収めなくていいのは正直助かる。下で見た頭の後ろに口のついた女性、かの有名な二口女ではないだろうか。


 女性にこう言ってはなんだが、顔側の口の数倍はある頭の口に並ぶ拳半分ほどのデカい歯に、おにぎりのものらしい海苔がついていて何というか、うん、生活臭のする嫌なリアルさがあった。まあ腹いっぱい食えるのはいいことだ。


 二口女のエピソードは様々でしかも派生が多い、個人的には飯を食わない妻がほしいという無茶な男の望み通り食わない女が嫁に来て、じつは夜な夜な頭の口で飯を食っていたという二口女の亜種、『食わず女房』のお話が屏風覗きには皮肉めいた印象があってよく覚えている。


 勝手な想像として、当時の過酷な食糧事情のさい『弱いものに食わせなかった言い訳』が妖怪談として伝わっている気がするのだ。


 人間は酷いことしたとき、それを人以外の何かに押し付けることがある。立場の弱い妻に食わせなかった結果盗み食いをしたとして、それを責めるのは世間体が悪い。


 ならそれが人間じゃなく化け物なら言い訳が立つと考えた非情な旦那や姑がいたんじゃないか、なんて考えてしまう。


 お話のラストは様々だが、クソみたいな旦那なんて放り出して自分で飯を食える生活が出来たならそれが一番いいだろう。自分で稼いで自分で食う、それはこの世で一番尊い真っ当な営みなのだから。




「いやぁ旬のどぜうはいいですなぁ、やはり身も皮も油の乗りが違いますわ。このところすっかり暑くなって、じわじわ弱る前に滋養が欲しいと思っておったんですよ。そこに来て旦那のご厚意でどぜう、これは食わねば罪でしょう。まあ朝は死ぬかと思いましたがね、夜に旦那が助け舟を出してくれないもんですから、頭の中まで酒に漬かっちまったと思いましたよ。いや恨んではいませんよ? ちいと助けてほしかったなぁってだけでして。逆に朝はおありがとうございます、あのまま食ったら腹から口まで裏返っちまうところでした。今はもうこの通り平気ですわ、これでも酒が抜けるのは早いほうなんで。それでも朝の醜態だ、どんだけ飲まされたかお判りでしょう。あれで飯を腹に入れろってのは無茶ですって。とばりの奴めいつ何時も滋養ってやつは量を食えばいいと思ってますからねえ。そのクセ悪気は無い。うはっ、困りますな」


 対面に胡坐をかいて座るひなわ嬢は朝とはうってかわって絶好調。取り分けた器に山椒をバッサバッサと入れては湯気の揺らめくまま啜るようにズルズル食べていく。


 小山を作っていたネギは煮立って柔らかくなったことで鍋に沈み、甘味噌をたっぷりと吸ったどじょうを絡み取っているだろう。


 ここからさらに柳川鍋、どじょうの揚げ物に、どじょう汁とフルコンボが続くことになるので屏風覗きはセーブしておこうと思う。せっかく昼は『並盛り』で済んだのだ、ここで暴食したら意味がない。


 自分で食べるだけではなく、さりげなく手を出してこちらの分も取り分けてくれるひなわ嬢。おかしい、『普通の量』をよそってくれる姿が素敵でしかたないぞ?


 K.Oをくらったのは柳川鍋のごぼう。赤身のある黄金色を鍋いっぱいに誇る卵にとじられ、開かれた身に甘いたれを吸った主役のどじょうが並ぶ中、ひっそりと地下百尺の捨て石として下に敷かれている見えざる笹垣きのごぼう達だ。


 掬い上げた瞬間からすべてのうま味を舌に託すその時まで、具も汁もガッチリ土台として受け止めてくれていた。


 最後は汁物と呼ぶにはどろりと手強いどじょう汁。入っているどじょうが小振りなのは、決して店がケチったからではない。器との見た目の調和を考えてのものだろう。


 何かにつけて大きければ、見た目が派手であればウケるという考えとは一線を画する静かな美だ。味は甘味噌が重くて力士のように手強いけど。これで白飯食えるぞ。


「で、聞きたいことがおありでしょうかね」


 屏風の旦那、そう続けてニヤリと笑うひなわ嬢は器を置くとズイッとこちらに顔を寄せた。


 この子のガラス玉のような瞳は表情があって初めて生気を感じるな。稀に無表情な時は精巧なお人形に見えることがあるくらいだ。今は関係ないが。


 聞きたいことは山とある。しかしガキじゃないのだ、根掘り葉掘り聞くとしても答えられないと分かっている事柄は最初から除外すべきだろう。

まずはジャブとして当たり障りのない事、見回りと守衛の関係について。


 要約、とても悪いらしい。守衛は背後に立花様がくる派閥で、見回りはケツ持ちに立花様と仲のよろしくない『蝦蟇(がま)の牛坊主』という妖怪(人物)の派閥だという。


 昨夜の集まりで見た『大福みたいな腹のちょんまげおじさん』がその妖怪()だそうだ。あくまでトップがいがみ合ってるいるだけで下の者はそこまで険悪ではないが、一部の中間職が焚きつけられておかしくなっているらしい。


 ああ、わりとあるね。そんな組織事情。とばり殿もその影響だろうか。


「あれは違いますよ。旦那の言ってるのは山あらしでしょう? 同じ見回りのあたいが言うのもなんですが、ありゃダメなやつでしてねぇ。国にいるのが長いってだけで仕事が出来ねえ、そのクセ口だけは動くって手合いなんで。見回りのお役目頂いたのも、あんまり使えねえからその辺ブラブラしてろって言われたんじゃねえかって陰口叩かれてるくらいなんですわ。お陰で役立たずが見回りになるなんて、あたいらまで笑われる始末なんですよ。しかも困った事に功績が無いのに、取り立てて大きい失敗もしてねえから暇も出せないって話でして。毒にも薬にもならないってぇのはこういう事を言うんでしょうな。いっそ誰にも迷惑かけずに頭でもぶつけて死にませんかねぇ、あれ」


 上司をディスりまくりである。何となくだが、ひなわ嬢の感情が今までのどんな会話よりも乗っている気がした。同じ組織だからこそ相当思うところがあるんだろう。


 ジャブときたらストレート、ちょいと脂っこい所をひとつ。屏風覗きの質問を受ける形に持ってきたわりに、ひなわ嬢のほうが何か聞きたいような気配を感じる理由だ。


「うはっ」


 ひなわ嬢の口元が喜色に吊り上がる。その顔は人でありながら、どこか肉食の獣のよう。パシッと丸出しの膝を叩いた彼女はひょいと身を翻し、こちらのすぐ隣に陣取った。こちらの肩に大きく体を預け、顔がくっ付きそうなほど近い、というか山椒臭い。


 そんな妙齢の女性が相手ならドキマギしてしまう体勢で、まるで悪代官に悪だくみを打ち明ける商人(あきんど)のようにぼしょぼしょと伝えてくる話は非常にデリケートなもの。


 今回の事件、白ノ国の要人に裏切り者がいるかもしれない。そう囁いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 能力が高くない人物だったか。 完全な人化が出来てなかったのもそのためか。 とある作品で、血縁のみで高い地位にいるのも、裏切りがないという観点では意味があると言ってたなー。 なかなか目から鱗…
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