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タイマン

誤字脱字のご指摘をいつもありがとうございます。


風呂上がりに扇風機が大活躍する季節。昼はもう夏レベルだけど夜はすっと涼しくなるので、寝るのにエアコンってほどではないですね

 素人に殺し合いは難しい。まして加減するのは無理があると痛感する。


 キューブの中に閉じ込めれば簡単に捕縛はできる。できるのだがこれがまず難しい。相手がひとりならともかく、複数入り乱れていては切断の危険が付きまとう。


 うっかり手足を切っても即死しないとはいえ、そこまでやっては手加減というにはやり過ぎだろう。東名山様じゃあるまいし、ボトボトと四肢を落としてはにっかりと笑えるような精神は持ち合わせていないです。


 かと言ってうまいこと内部に閉じ込めても今度は窒息の見極めが難しい。解除が早すぎると元気だし、遅いと死んでしまう。この辺の匙加減は妖怪の種族も計算に入れる必要がある。付喪神なら窒息にも年単位で耐えられるそう。


 という言い訳をして積極性を欠いた結果、第一陣らしい大半の海賊はろくろちゃんと胴丸さんが仕留めることになった。いや、強いなオイ。


 まじめに戦ったときのふたりが強いのは船の上で再確認したけれど、嵐一家より集団で戦い慣れている感じの彼らをふたりは危なげなく捌いている。


 ワンマンで暴れる師匠を弟子が適切にフォローし、弟子が不覚を取りそうになると師匠が力業で解決する感じだ。


 なお松はふたりを抜けてこちらに向かってくる相手や、遠間から銃で撃とうとしたり弓で射かけようとしてくる相手だけに絞って蹴り飛ばしている。


 接近してくるなら普通に後ろ足でドーン。遠い相手はどこからともなく現れる煙からにゅっと伸びた馬の足でドーンである。遠隔攻撃?


 おかげで屏風覗きの出番は少ない。せいぜい追加の射撃部隊が配置できないようキューブで射撃に適した高い位置を潰して回るくらいか。


 そのため切断したが微妙に崩落せず保っていた屋根に登ったやつが、まるで雪庇でも踏んだみたいにドサリと落下するなんて場面もあった。まあ大した高さじゃないから大怪我はしないだろう。


「階位弐拾八(28)位! 鮫肌の孫兵衛!」


「――――階位参拾参(33)位、血糊傘の轆轤や」


 そうして順当に数を減らしていた時、ひと際大きな声を上げた女が堂々と我々の前に歩み出てくる。


 これを受けて大立ち回りをしていた姉はピタリと手を止め、名乗りを返して女に向き合った。


 あれが孫兵衛? 名前の字面からしててっきり男だと思っていた。


 まあ知り合いの女の子にも浦衛門なんて男っぽい名前の子もいるしそのケースか、もしくは彼女の名前も襲名制なのだろう。


 階位と権所・権女は初対面時に自己紹介として合わせて名乗る事が多いらしい。それに界隈で通っているあだ名や、所属している団体の名称なんかも付けたりする。


 そして名乗るパターンは初対面の他にもうひとつ。


「音に聞こえた血糊傘かい。こりゃとんでもない大物の襲撃だ」


「褒めても飛び出るんはおどれの臓物だけやで? 来いやぁ!」


 それは1対1の尋常な勝負のとき。


 ふたりが名乗りあった時点で我々を囲んでいた海賊たちの手が止まる。


 すると誰とはなく勝負の邪魔にならないよう、戦場に名乗りを上げた勇敢な武士(もののふ)を中心として自然と円陣を作っていく。


 これは現代ではもはや起こりえない、己の武を尊ぶ戦士たちのプライドを賭けた戦いだ。


「白石様っ、こちらへ」


 思わずボーッと見ていた屏風(これ)も、『どんくせえなぁ』みたいな鼻息を吹いた松に首根っこを引っ張られて我に返る。


 そして同じく距離をとってこちらを呼んでいた胴丸さんの下へと、親猫に持ち上げられた猫のようにズルズルと退避させられた。いや、もう放しておくれよ松ちゃん。


 そうこうしている間にもふたりの間に異様な気配が漂い出す。


 気付けば隣に敵がいるはずなのに、この場の誰もが『そんなものは後』と言わんばかりに両者の動きにだけ注目していた。 


 ひとりは傘を大太刀に見立てるように、崩し気味の(はす)で構えるろくろちゃん。


 今一人は細い刺又のようなU字の先端を持つ長物を、戦場最強の兵器と謳われる槍のように真正面に構える孫兵衛。


 リーチは当然として長物を持つ孫兵衛が有利。人型の体格も頭ひとつ分ほど彼女が勝っている。


 松明のテラテラとした火に映し出されたその姿は細身だが、いかにも水練達者そうな筋肉質な女性だった。


 しぃっ! という鋭い呼吸音と同時に刺又が複数回に渡って突き出される。


 腰の乗った達人の連撃は見た目以上に力強い。生半可な防御では逸らすことなど叶わず、そのまま突き刺されることになるだろう。


 だがそこは『受ける物』。


 番傘の付喪神であるろくろちゃんはその場から一歩も引くことなく数度の突きを巧みに捌く。


 さらに最後の一手でグンと踏み込み、あえて強引に真正面から弾き返した。


 そのまま追い足。重く弾かれて上体を体勢を崩した孫兵衛に、驚くほど低い姿勢で己の間合いへと踏み込む。


 腰を落とすは戦士の常道。


 足から感じる地の反発を存分に生かし、これこそが渾身の一撃を生む土壌となる。


 跳び上がるなど下策。矮躯の戦士、あるいは間者くずれが一か八かの奇襲でしか使うことのない大道芸だと教えてくれたのは、確か立花様だったか。


 真の武士(もののふ)には宙に浮かんだ愚か者など、嬲り放題の的でしかないのだと。


 ――――だが、それは人間ならの話。そしてこれは人ならざる妖怪同士の戦い。


 突如としてふたりの間に生まれた水弾に進路を阻まれて、姉は欲張らずに傘で防御した。


 傘に命中して弾けた水の音が尋常ではない。高いところから水の塊を落としたような重い音がした。


「やるのぉ」


 傘についた水をブンと払ったろくろちゃんは、素で感心した声を出して孫兵衛をねめつける。


 それは相手の持つ『暴』への賛辞。嘲笑を含まぬ純粋な賞賛。力だけを序列のルールと認める無頼たちの掟。


 対して相手は番傘の強さに感心するよりまず戦慄したらしい。


 初撃の連続突きで決めるか、それを防いで逆に踏み込んできたところに仕掛けた水弾の罠。これでほぼ決めるつもりだったのだろう。


 だが姉はいずれも危なげなく凌いでこの余裕。一方で相手はすでに息が荒い。


轆轤(ろくろ)様ほどの者と対峙すると、その恐ろしい気配を受けて見かけ以上に消耗します。すでに相手は必死の勝負を十度はしている気分でしょう」


 彼女の弟子である胴丸さんが師の怖さを改めて認識したのか、ゴクリと喉を鳴らす。


 ド素人の屏風覗きには分からないが、姉はこの短い勝負の中で常に相手にプレッシャーをかけていたのだろう。


 その精神的な圧迫感が孫兵衛の神経を苛み、あらゆる判断に重く伸し掛かっているのだ。


「まだまだぁ!」


 気炎を上げて再び攻めに転じる孫兵衛。松明の光を受けてキラリと散ったのは、先ほど使った水弾の水滴ではなく彼女の肌にびっしりと浮いた汗だろうか。


 刺又の間から水が迸る。その水流は棒ごと振られ鞭のようにしなった。


 ビシャン! と水が叩きつけられた地面が大蛇でも落ちてきたかのような形で捲れ上がり、その振動がこちらの足下まで伝わってくる。


 これはただの放水でない、水の鞭だ。


 それも見かけより遥かに重い。まるで水銀。


 だがしかし、孫兵衛の目の前にいるのは傘の付喪神。傘とは人のために雨を凌いでやる献身の道具。


 水の相手こそはまさに本懐!


 バサリと開いた傘で轟き迫る鞭をスルリといなし、水流に乗ってクルンと回転した番傘。


 華麗な円を描いたそれは、川に浮いて流れる傘のようにして水銀の激流を音も無く遡った。


 ――――強力な鞭を振るために孫兵衛は足を踏ん張っていた。


 攻撃のために腕を振り切った事で構えが死に体となった彼女は、この一瞬に防御が出来ない。もちろん踏ん張った足では素早い回避もままならない。


 上段から振り下ろした傘の一撃は脳天を捉え、そのまま孫兵衛はヨロリと地に膝を屈した。


「――――参った」


 それでも倒れず意地を残した彼女だったが、そこまで。


 頭からひと筋の血をしたたらせると、海の戦士は脱力した笑みと共にクタリと倒れた。


轆轤(ろくろ)様を怖がって遠間を選んだ時点で、勝負は決していましたね」


 人はおろか動物さえも含み、戦いには不思議なセオリーがある。


 強い者はその場を動かず、弱い側こそ大きく動く。


 つい距離を取りたがった孫兵衛の動きそのものが戦士としての格付け。地力では勝てぬと口に出したも同然だったのだ。


 派手さは無い。だからこそ強いと分かる。達人ほど無駄な動きは必要ないのだから。


「さすがは轆轤(ろくろ)様ですね――――フヒッ」


 ふいに耳に入った懐かしくも忌まわしい口癖。その音は確かに胴丸さんの口から漏れていた。


 屏風(これ)の横にいるのは胴丸さんのはず。


 だというのに、なぜまるで違う場所にもうひとりの胴丸さんが見えるのだろう?


 夜より黒い翼を広げ、何かが屏風(これ)のすべてを覆った気がした。


「ああ、愛おしい。やっと逢いに来てくださいましたね、屏風様」


 ろくろちゃん、胴丸さん、松、大勢の海賊たちさえもが黒に消えた。


 松明の火も、空に輝く月も星々も。何もかもの光が消えた世界に聞き覚えのある湿った声だけが響く。


 君か――――夜鳥。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 正直なところ夜鳥ちゃんが絡んでくるだろうとは思ってたけど、タイマンに意識を持っていかれていて不意打ちを喰らった気分。 あぁこのタイミングか〜やられたわw
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