桶ではなく座棺=座った形で埋葬する昔の棺。南無
物事は後始末が一番大変。上空では数妖怪の飛行できる術者の方が互いの距離を測りながら慎重に透明な大布を広げ、下から上に対象を包む作業に尽力している。
『弾けて』しまった赤の者から溢れ出た病原菌を封殺するため白玉御前様が急きょ特注したものらしい。というかアレ、ビニールでは?
「屏風様、仔細整いましてございます」
恭しくそう告げてきたのはひなわ嬢。なんだコレ、思わずそう言いたくなるほど凛々しく物静かな態度。なんだコレ(二回目)。
まず落ち着いてやることをやろう。ひとりで気ままに作業している訳ではないのだ。
上空に見えるよう手を振り、口頭でも大声で周囲に始めることを伝える。周りには地上班として術者(男とも女とも取れない人型、四つ目を描いた布で顔を隠していて不気味)がさらに二妖怪と、野次馬を下がらせるために立ち塞がる強面たちが紐で囲ったこのエリアを警備している。
いずれもキューブ消去のさいに、万が一不手際で病気の封じ込めに失敗した場合のスクランブル要員だ。
では該当のキューブを、消去。
キューブに合わせ四角かった『ビニール?』が途端に下へと形を崩す。『中身』を落とさないのは当然として負荷のかかった『ビニール?』が破れないよう、空中にいながら繊細に踏ん張っている術者たちの姿はまるでパントマイムのよう。
はて、ああいった飛行術は『体のどの辺りを基準に浮く』のだろう。仮に足の裏だとしたら姿勢制御は困難を極めるに違いない。修行中は浮き上がった端から転びまくって生傷が絶えないのではないだろうか。余計なお世話だけど。
現在、白ノ国では今回の騒動を受けて警戒態勢が敷かれている。他国からの入国は制限され、特に赤ノ国に縁のある者はシャットアウト状態。以前から入国している者たちも拘束を受けたり監視が敷かれているらしい。
この現場に到着する前、まだひなわ嬢がひなわ嬢らしかった時に、いつものセリフの洪水から拾い上げた情報である。さすがに明確な人物名などはボカされていたので詳しいところは不明だ。
ゆっくりと降りてきた『ビニール?』の塊は内側が赤黒く汚れていて、こう言ってはなんだが『中身』が見え辛くて助かる。そのまま大八車に乗せられた大きな桶の中に収まり、水っぽい形にくしゃりと潰れた。
周囲の術者たちが念入りに石灰を撒いて場を清める中、ひとり持ってきた線香を焚いて水と握り飯を供える。これは心優しいとばり殿が屏風覗きに託したものだ。あの子自身は急きょ守衛のお役目に召集されたため、代わって供養の真似事をさせてもらっている。
とばり殿も赤に所縁があるため召集されたと聞いた時は不安がよぎったものの、今のところは役目を取り上げられることもないし、監視や拘束も受ける段階ではないという本人の言葉を信用するしかない。
もし牢に入れられそうなら待遇の確認だけはすぐに行おうと思う。持っている金銭やポイントを吐き出せば、牢番なり立花様あたりがまともな扱いに変えてくれるだろう。
と、ついさっきまで勝手に頭の中で段取りを決めていた。それをお澄ましさん状態になる前のひなわ嬢に伝えたところ、一時置きの牢なら扱いは屏風覗きが想像しているような悲惨なものではないとゲラゲラ笑われてしまった。すいませんね、物知らずで。
「そも白ノ国にゃあ年単位の入牢の刑はないんですよ。そこまでいくと殺したほうが国にとっても楽でしてね。いちいち罪人生かしておいても良い事なんざありませんでしょ。死ぬのが嫌なら法を破らにゃいいんですから楽なモンでさ。それでも罪を犯すなら、つまり死罪でも文句はねえってことでしょうしね。方法はだいたいは磔です。呪いかけた槍も効かねぇって輩はもっと酷え殺し方になりますがね。生きたまま煮えた鉄に逆さで釣り降ろされた罪人とか、見ちまったあたいが断言します、ありゃ夢に出ますぜ。まあ足からじゃねえだけ温情だ、一番早く死ねますから。痛いんでしょうなあ、すぐに下から上まで火がついて、鎖でガッチガチに固めてもビチビチ動くんで溶けた鉄が散るんですよ、ビチャッて。丈夫なのも考えもんでさ」
彼女が笑うほどには笑えない。懲役が年単位になるような罪はまとめて死刑という、なんともハード過ぎる境界線に幽世の厳しさを改めて知った。
それでも情状酌量的な措置はあるらしく、他にも故意じゃなければ賠償等で許してもらえるケースも多いらしい。ただし、賠償前提で故意にやったとかだと厳しくされるので、お大臣めいたことは止めときなさいなと忠告された。
物理的に、呪い的に、何重にも厳重に封をされた桶はより詳しく調査するため相応の施設に移送される。国のため、妖怪々のため、彼らは死んだ後もその体を他人に捏ね繰り回されるしかない。
ここに戻る前、ひなわ嬢に無理を言って先のイタチの亡骸の元にも屏風覗きからお供えをさせてもらった。既に移送の途中だったのでわざわざ足を止めてもらってのお願いである。
最初は心付けを渡そうとしたのだが移送していた見回りの方たちはこれを断り、快く供養に付き合ってくれた。同じ見回り組に所属するひなわ嬢のネゴシエイトの成果だろう。
もしも内心を知られたら軽蔑されるかもしれない、酷い話、イタチの供養は報酬を渡すような感覚で、同情や憐憫ではないからだ。
今回の騒動はある意味、イタチがスリで『下手を打った』お陰で一連の出来事が発覚したと言っていい。でなければ何も知らない白ノ国にバイオテロの嵐が吹き荒れただろう。
犯罪者に決して感謝する謂れはないが、解決の糸口となったのだし、彼も犠牲者のひとりとしてカウントして握り飯のひとつも供えて送ってやりたくなった。それだけだ。この場にいないお人好しの守衛さんに触発されたのかもしれない。
移送には付いてこなくてよいとの事なので現地解散。時刻はスマホッぽいもので18時を回っている。前より便利だけどアナログ表示でAMPMが無いからこれまたかゆいところに手が届かない。うーん残念仕様。
他の『弾けた』場所を回るかと思ったら、そちらはそちらで対応できる者がいるので問題ないようだ。むしろチートなんてズルしかできない屏風覗きより、知識と経験に富んだ術者のほうがよほど信用できるだろう。
あくまでここにはキューブという、術というには特殊枠すぎる物体で封じ込めた犠牲者の回収と、万が一のための保険として行けと指示されたに過ぎない。消去は見ていなくても出来るとはいえ『中身』の回収もあるので、タイミング取りは本人が見ていたほうがいいのも事実だ。
かなり濯いだというのにまだ目がジンジンと沁みる。灰に唐辛子か何か刺激物を混ぜ込んだ粉をぶっかけられたせいだ。あの時はくしゃみは出るわ目は痛いわで大変だった。
しかし咄嗟に顔を背けるなどの防御ができなかった事で、逆に相手が上に飛んだ瞬間が見えたのだから人生何が幸いするか解からない。一応、その場に残されていた袋の粉を調べた術者から、毒物ではないので洗っておけばいずれ治まるとは言われている。
思えばとばり殿には貧乏くじを引かせてしまった。煙幕でまともに目が効かない屏風覗きには相手の捕縛が難しく、あの子の脚力に頼るしかなかった。
ただでさえ目に異常を抱え遠方を視認できず、さらに比較物の無い空中では目測を誤ってスパッてしまう可能性も無視できなかった。
この『叩き落したところをキューブで作った器で拾って蓋』作戦、成功したのは間違いなく単騎で上空600メートル近くを駆け上がったとばり殿の功績だろう。屏風覗きがやったことといえば、か細い生還の道をどうにか作る程度でしかない。
これまでの使用でキューブの特性『正確に連結できる』が、どれか1個のキューブにわずかでも触れていればズラした形や斜めにしても通用するのは出した感覚でなんとなく分かっていた。
それを滑り台に見立てて徐々に垂直から斜め、斜めから螺旋に持っていき、落下を滑走に変えて減速、とばり殿の墜落死を防ぐ。それが今回の最難事だった。
ガードレール代わりに壁となるキューブも設置したが、それでも滑走するとばり殿が姿勢を誤ればあっという間にキューブのルート外に投げ出されることになる。そうなれば咄嗟のフォローは難しかっただろう。結局、すべてあの子に頼り切りだった。
片道最大化の3メートルキューブ200個で2000ポイント。降下時のキューブ300個で3000ポイント。器と蓋で40個で400ポイント。しめて使用5400ポイント也。
残6273ポイント、もとい今消した器と蓋を差っ引いて5873ポイントか。そして5000ポイント使って残りのキューブを消したら残873ポイント。
激増したと思ったらむしろ大赤字になりそう。残りを消すのは立花様にお伺いを立ててからにしよう。今はどうもキナ臭い、使える手段を狭めたくない。天を衝く金色の建造物とか、暗くなってますます目立ちまくっているけど怒られたらその時はその時ということで。
せめて白にしとけば良かったか? 昼間は白の発光体では見え辛いし、前の経験から金色のほうがあの子も意図を理解しやすいかと思ってのカラーリングです。
もはや論ずる意味も無いが、設置途中でポイントが爆増していることに気が付いて安全優先にしたつもりだった。しかし、今思えば降下は十字に配置してチューブ状にするべきだった。レジャー系プールとかであるチューブ状なら投げ出される心配はないのだから。
こういう判断の甘さ、思考の浅さがチート野郎特有の経験不足というヤツだろう。多く残ったポイントがむしろ無様だ、命懸けの戦士を本気で援護してやれなかった。あの時はそんなことも思いつかず、無事戻ってきたとばり殿と一緒にアホみたいに喜んでしまったからな。自戒すべきだろう。
「屏風様、そろそろ城にお戻りになりますか?」
とても気持ち悪い。後ろをピッタリ付いてくるお澄ましひなわ嬢、なんで付いてきてるのでしょう。むしろこっちが素というなら認識を改める必要がある。上半身側面を全解放しているいつもの衣装からはそんな大人しいオーラは微塵も感じないけど。ボチボチ種明かしをしてほしい。
ではお耳を、そう言って口元に手をかざしたひなわ嬢に合わせて屈む。実はとばり殿より身長が少しだけ高い子なのだが、一本下駄で嵩増ししている何処かの守衛さんと違い草履なので普通に小さいのだ。
「いやね、さっきから旦那の事を肉としか見てねえ輩がじぃーっと見てやがるんですよ。気付いてませんでしたか? この辺りわりと物騒なんですよねぇ、ぼんやりしたお上りさんとか文字通り『食い物』にされちまうんですわ。いやいや、さすがにたまぁーにですがね。赤じゃあるまいし、白ノ国じゃ贅沢言わなきゃ腹が膨れるくらいは食えますから。でもねえ、どうしても人の肉の味が忘れられない我慢の利かん獣もいるわけです。ああ、あたいは違いますよ? そいつらの言い分なんですわ。人間はですねぇ、どんな獣より塩気があってうまいって話なんで。おっと恐がらせちまいましたかい? なら安心してほしいですな。それがまあ、ここにあたいがいる理由なんですよ。ちょいと護衛の真似事でもしてあげましょうかと。あーそれとですねえ、これは関係ありませんが、帰りの途中に鰌鍋のうまい飯屋があるんですよねえ?」
ハイ、奢らせてイタダキマス。
<実績解除 STREET PERFORMER 1000ポイント>
<実績解除 町にょらんどまあく 1000ポイント>