女優も俳優も地味な日は地味
南には祭りでなくとも軽食のように焼き蛤を出す屋台がいくつかある。
海のある藍と関係が悪化していても町はどこ吹く風。白の城下ではいまだ当然のように日持ちしないはずの海鮮が売られているというのだから、『物流の白』の底力は恐ろしいなぁ。
藍は赤と同じく複数の豪族からなる複合団体。国の方針としては敵対を選んでいても、それはそれとして白と取引する一派もいるんだろうね。
実際その豪族からして海賊みたいな気風らしいし。我が強くて初めから一枚岩というわけにはいかないのだろう。
そんな白の国力と影響力を象徴するハマグリの屋台で一休み。気分は休みの日にテーマパークに駆り出されたお父さんである。複数の子供を一ヶ所に集めておくにはおやつが一番。
ここは道の一角でよく大道芸を披露しているので近くの屋台も客入りがよく、上物件として持ち回りが緻密に管理されている。
つまり『変な店は出せない』場所だ。ここなら他より安全性も高いだろう。
いや、セキュリティという意味でなく『好奇心旺盛な方々が変なものを見つけてこない』という意味で。さっきの飴屋や絵草子が良い例だ。
何が悲しくて女子5名を相手に『タコと絡む美人画』の芸術性について、うまい説明を捻り出さにゃならんのか。ジャパニーズ・ショクシュは子供の教育に悪い文化。
「おぉー」「へぇ」「かいっ」
そんな精神的疲弊を感じる屏風などお構いなしで、ハマグリを乗せた網の前に陣取ったお三方が目をキラキラさせて好奇心を満たしている。
珍しい組み合わせなのがちょっとほっこり。そういえば茜ちゃん様と足長様はともかく、飛目ちゃん様は式神コンビに苦手意識は無いのだろうか? 無理をしていないのだとしたら嬉しいなぁ。
年季の入った黒い網で殻ごとチリチリと焼かれた貝がパクリと開けば、そこからうま味たっぷりの汁と身が顔を出す。
泡立つ汁が網に零れればジュワリと磯の香りが広がって、祭りの空気にあてられ財布の緩い妖怪々の胃袋を誘ってくるという寸法だ。
そんな屋台ならではの光景に釘付けの飛目ちゃん様と茜ちゃん様。
そしてふたりの様子をちょっとお姉さんぶって見ている足長様が微笑ましい。手長様の話だと現世においては浜で貝や魚を獲っては、ふたりで焼いて食べていた時期もあるそうな。マリンレジャー上級者である。
生じゃないのねという感想は失礼かな。焼いたほうが香ばしくて美味しいしね。どだい刺身なんてものは調味料なしだとそううまいものでもないし。
この中だと一番食いついているのは飛目ちゃん様。ギャルっぽく内股気味にしゃがんでいるのが女の子らしいワンポイント。
茜ちゃん様はただの食い気っぽい。なにせ穀物の調達にも苦慮しているのだ、海鮮など夢のまた夢なのだろう。う、心の汗が。
しかし大道芸より屋台巡りか。身分の高い方は早々料理などしないだろうし、こういった庶民の食事でも物珍しいのかもしれないな。
なおいつでも炊き立て上等のホワイティなキャッツは例外とする。この方の場合は料理技術というより、ひたすらごはん特化ビルドを取り続けた怪異の成れの果てだ。もはや特級呪物である。
「おやおや屏風様ー? ハマグリで一杯いきますー?」
いきません。その一杯って絶対にお酒じゃないやろ。ホカホカしてるやつやろ。
えー? とか悪戯っぽく笑いながら、そのよく手入れをされた細く白い2本の尻尾をピコリと立てて揺らしている白雪様。
確かニャンコの尻尾が上がっているときは機嫌が良い時だと聞いたことがある。たぶん猫の妖怪であるこの方も、ご友妖怪らとお祭りを回れて上機嫌なのだろう。
それはそれとして意味ありげな手信号でどこかにサインを送らないで。ノーおひつ。ノーごはん。
――――直近の守りとして式神コンビがいらっしゃるが、もちろん見えない位置にも腕利きが護衛として配置されているのは当然の措置。
なので隠れている方に申し訳ないからデリバリーを要求しないの。そもそもお昼を食べたばかりでしょうに。しばらくは稲荷寿司1個だって入んねえよ。
「ハマグリって精力つくんだよね? やっぱいしちゃんもよく食べるの?」
言い方! たまに酒の肴なんかで摘まむのに食べ辛くなるわ。
ニッシッシ、なんて表記されそうな不埒な笑みを浮かべたギャル。分かってて言ってるなこの方は。
貝類は亜鉛をよく含むからそう言われますな。西町を差し置いて南でよく売られているのもむべなるかな。嫌な需要と供給に気が付いてしまった。
とはいえこれだけ店の前を占拠して冷やかしでは申し訳ない。いくつか買ってお茶を濁しておこう。屏風覗きは満腹なので食べたくないが、近くにいる兵士や知り合いにでも差し入れとして渡せばいいや。
そう思ってチラリと周りを見るとちょうど知り合いと目線がかちあった。
たまにあるよねこういう事。別に申し合わせたわけじゃないのに知人とは縁があるというか、なんとなく以心伝心したというか。
という訳で、こいこいと手招いて彼女を呼ぶ。周りの陣容を見てものすごくバツが悪そうだけど、目についてしまった君の落ち度である。
「――――御用でっしゃろか?」
すすすと遠慮気味に近づいてきた彼女は『勘弁してよ』みたいな目で一瞬だけ批難を向けてきたが、すぐに外面を取り繕って本心からの笑顔であるかのように営業スマイルを浮かべた。
大物役者、ぬりかべの泥土。二日酔いでダウンしていたというがさすがにもう覚めたらしい。
普段とは比べ物にならないくらい地味な格好だったから一瞬気が付かなかったよ。
「浦衛門の小娘に着物に吐かれたんですっ! 一張羅やったのにっ、洗濯の代金は旦那につけときましたからな!」
出会いがしらの軽口のつもりが地雷原だった。あの子も吐くまで飲むクチだからなぁ。知り合いの飲兵衛たちのドンチャ騒ぎの後で待っているのはだいたい酸っぱい地獄である。
それで仕方なくお栄さんから着物を借りて、こうして自分の家にある着物を持ちに戻っていたらしい。
「せやけどなぁ、どれもこれもカビとって着れたもんやないんよ」
ただし取りに戻ったはいいがまともに管理せず放置していたために、せっかくのお高い着物たちは全滅していたらしい。まああの湿気臭い幽霊屋敷ではねえ。
彼女の家は泥土自身の術で出来ているという。そのため簡単に建てられるし改築も自在である一方、管理の手間は実際の家より多いのだとか。
特に術者のコンディションに家も影響を受けるため、泥土の調子が落ちていた時期にすっかりやられてしまったようだ。
「まあおかげさんでまとまった銭は出来ましたさかい、これで反物を買って新しく仕立てるつもりです」
せやけど織部はんに頼むにはちょいと足りんからねぇ、なんて愚痴を零す泥土。その褒美を出した皆様のお知り合いがここにいる事についてはいかがお考えで?
「やめてぇな。あの一座じゃ私は雇われみたいなもんや。一座でたくさん頂いても役者はまた別。回ってくる取り分はどうしたって少ないんやから仕方ないでしょ」
普通ならこの方々を前にしたらビビリ散らすところ、というか実際に公演前はビビっていたのになかなか太い事を言う。芝居をやり切った事から一周回って変な度胸がついたらしい。
どのくらいの取り分になるのかはその業界の習い。よほど不公平でないなら外野が口を出すとややこしくなるから言い辛いな。
「なんなら白石様が贔屓になってくれまへん? 天下の役者がみずぼらしいのは町の恥やろ?」
調子のいい事を。後でそのみずぼらしい着物とやらを貸してくれたお栄さんにチクってくれるわ。
ちょ、それは堪忍。なんて騒ぎ出した泥土に買った焼きハマグリの山を押し付けておく。
君が再び羽ばたく事が出来たのは浦風一座のおかげだ。それでも持ってちゃんとお礼でも言ってくればいい――――どう憎まれ口を叩いていても、心ではちゃんと彼らに感謝してるんだろうから。
「女にこれだけ手荷物を持っていけと? ああそうや、一座が旦那を呼んどったえ? こんなところにおらんと皆はんで寄席にどうどす? 浦衛門もおりますさかい」
しなを作って暗に『荷物を持ってくれ』と促す大物女優。はははっ、こやつめ。
なんと言えばいいか、こういう悪女っぽい女性って国や人種を問わず、世間的な身分を超えてすねたり甘えたりしても許される変な風潮があるよね。こうやってうまいこと他者を使ってきた来たんだろうなぁ。
この泥土の言葉に『浦衛門様!?』というミーハーな声が聞こえた。なんというか、下手な男性よりカッコいい男装女優に憧れるヅカ女子の感覚は妖怪にもあるらしい。
「あーし行きたい! いしちゃん、ゆきちゃん!」
「ではそのようにー」
「――――まあいいわ。行ってあげる」
はて、茜ちゃん様だけ少しテンションが低いな。公演では盛り上がっていたのに。
まあ考えてみれば推し方はそれぞれか。あくまで舞台の役として好きなのであって、別に役者ご自身には会いたいわけじゃないというファンもいたりするし。
「ずいぶん気安いじゃないの、エロ屏風」
何かボソリと暴言を吐かれた。解せぬ。




