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腕だけがやたら大きく書かれる漫画的体格ボンバー

誤字脱字のご指摘をいつもありがとうございます。


今年はじめて刺されました。おのれモスキート!

 つい勢いでやってしまった感。しかしこういう場面は往々にして瞬発力のある決断が物を言う。


「理解はしますが、せめて一声頂きたかったですな」


 いや申し訳ない。なし崩しにしないといけない場面だったもので。


 屏風覗きの声掛けで急発進した松。その頭にチョコンと乗っていた腐乱犬(フランケン)氏が踏ん張り切れず、馬の首を滑り台にしてコロンと後方に転がってきたのは慣性の法則的に当然の流れだろう。


 なんとかキャッチしたビーグルを前に座らせて一息つく。ドン臭い事で定評のある屏風(これ)にしてはファインプレイではなかろうか。

 エラーばかりの内野手がたまたま開いていたミットにジャストミートしてゲッツーを取った気分。締まって行こう。


「松、待ちなさい! 屏風様っ! お待ちを! 屏風様ぁ!」


 本格的に加速を始めた松っちゃんに追走できなくなり、後方から声をかけてくる秋雨氏に後から追いついてくるよう願いする。すまない、こういうときは速度優先だ。

 というか速いなオイ!? 馬って全力を出すとこんなに速いの? いつもはセーブしてるんだな松。


「速度を緩めてください! 雀たちに人除けの指示を出しましたが、道にいる民の追い払いが間に合わないやもしれません!」


 鎧姿の胴丸さんも焦った声で松の減速を要求してくる。


 しかしそれが聞こえてるだろう松ちゃんはどこ吹く風。シフトダウンなど頭に無いらしいワイルドスピードホース。おかしい、スキンヘッドほど活躍できそうだ。


 松は頭が良いので早々ぶつかることはないだろうが、何せここは祭りの真っ最中の城下町。

 荷運びなどの必要性から道幅が広い北町とはいえ、このままではいずれ事情を知らずに行きかっている見物客の波に突っ込んでしまう。


 個人的にも松っちゃんの全力疾走は死ぬほど怖いし、何より今にも転げ落ちそうなので大賛成。


 だがそうもいかないのが非常時だ。多少の無茶は通さないと成せる事も成せなくなる。


 速度を落とさず、かつ周りにも安全に直進するという無理難題。成らぬ事を成すにはなんとする?


 ――――過去にやった正解を繰り返すまで。


 進行方向に白いキューブを使った坂を作り、さらに民家の屋根を上回る高さからは水平にキューブの橋を構築していく。


 これを見た松っちゃんは屏風覗きの指示を待つことなく、当然のように出来たばかりの白い坂道を踏み鳴らして空に駆け上がってくれた。


 驚くには値せず。何せこの方法で松と進むのはこれで三度目だ。


 一度目は可笑し月の時。あの時は妖怪たちを昏倒させる紫色の不吉な月が出ていて、道に倒れている町の皆を踏まないために橋を作った。


 二度目は赤への物資援助の時。道中の不埒な豪族が支配する橋を力ずくで踏み越えるために使った。


 三度となれば屏風覗きのやりたい事も察しがつくだろう。


 ましてうちのクールでインテリジェンス高めな松ならば。


 上を走るこちらに気が付いた町妖怪(町人)たちが、何やら下で騒いでいるようだが怖くて下を見たくねえ。ああ偉大なる安全装置、その名は手すり。


 スピード優先で建造したから両脇スカスカで超怖え! 馬で走るとなお怖え! メッチャ揺れる!


「ああそういえば、件の事件で体を拾ってくだすった事のお礼を言っていましたかな? 悪霊化を堪えるために集中していたのであまり前後を覚えておらぬのです」



 絶賛爆走中に何を? 思い出したようにつぶやいたビーグルの発言に、一瞬だけ記憶の海を泳ぐ。


 お城に戻るときに可笑し月の影響で彼が転げ落ちた件かな? あのときの彼の依り代はプードルだった。


 初めて目の当たりにした彼の恐るべき術と、術を解き放った()の会場。そのどちらの惨劇も忘れたくても忘れられない。


 確か戻って拾ったあとは城内の一角に寝かせておいたっけ。


 その後はろくろちゃんによる無茶で体をいわして、動けるようになってからもキューブの片づけやら借りていた短刀の捜索やらでウヤムヤだったかもしれないな。


「ならば恐らく礼を言っておりませぬな。不義理をして申し訳ない」


 舌を噛まないよう気を付けながら返事を返すと、彼はさして気の無い感じで礼を言ってきた。


 というか松が突っ切っていく風を受け、ビーグルの長く広い耳がバタタンバタタンと暴れているのがシュール可愛い。


 まあその件に関してはお礼を言うべきはこちらかもしれないが。あのまま急いで松を走らせていたら、倒れていた町妖怪(町人)たちに気が付かず踏み潰していた可能性もあるのだ。


 彼が落ちた事で必然的にブレーキが掛けられ冷静さが戻ったし、目が闇に慣れたから道の惨状が見えるようになったとも言える。


 あの時は松に『そんなヘマしねえよ』、みたいな目でジロリと見られてしまったものだ。


 松ちゃんはあの時もちゃんと妖怪()を避けてたもんね。分かってますとも。君は冷たいようでいて優しい子だ、好き。


 そうこうしているうちにも中周りから外周へ。城下の内側に入るには結界の前で手順を踏まねばならないが、出ていく分には一気に行けるので早いものだ。


 ここまで来ると周りは北町らしい資材置き場で出店も観光客もいない。お祭りの期間だからか労働者もいないようだ。


「見えました。あれではないかと」


 胴丸さんの指摘を受け、片手で陽射しを遮りながら道の先に目を凝らす。


 随分と遠いが、外周ギリギリに見える集団が件の『磯臭い』連中か? 数台の大八車らしきものを囲んでかなりの大荷物のようだ。


 うーん、まだ遠すぎる。キューブで邪魔できる距離じゃない。このまま接近するしかないな。慌てて逃げ散ったら状況証拠という事で逮捕に持っていこう。


 ――――だが、急いでいる姿というのは外から見ても異様に目立つもの。


 そのうえ空を走っているとなればかなり遠くからでも目立った事だろう。


「白石様――――いえ、ちと遅いか」


 ふいに前のビーグルが何か言おうとして、やめる。


 同時にあれだけ走ってくれた松が急激に速度を落とした。どうした松ちゃん?


「申し訳ない。警告が遅れました。連中、すでに逃走経路に術を掛けておったようです」


 緑頭巾から覗く鼻先をスンスンさせた腐乱犬(フランケン)氏は、我々がすでに敵の術中にあると告げた。


 屏風覗きもふたりに遅れて空気に奇妙な湿気を感じ、その頃には辺りに不自然な密度の霧が立ち込めていた。


「迷いの幻術です。遁術の類のようですが、これはちと参りましたな」


 遁術。現世では忍者の使ったとされる()として有名な術。


 煙に紛れる火遁。水中に隠れる水遁。土中に隠れて土遁。


 それが現実の忍者たちの遁術。なお幽世でもこのタイプの()を使う者はいる。


 個人的に忍者というとちっちゃい守衛さんを思い出すが、あの子は隠れるより走り回って回避するタイプかな。むしろひなわ嬢のほうが得意そう。煙玉とか持ってるし。


 ――――同時に、幽世には同じ名前の別の遁()の使い手もいる。


 口から火炎を噴き出し焼き殺す火遁。水を纏わりつかせて溺死させる水遁。土中に生き埋めにする土遁。


 これら創作の派手な忍者が使うような()の使い手が。知り合いならイケボの猫がこれを得手としているようだ。牢から逃げたときにこの身で体感させて貰ったよ。


 そして遁術にも幻惑の術があるらしい。名前があるならこれは『霧隠れの術』だろうか? 


『自動防御』に幻術は通じない。だがそれは屏風覗き自身に干渉する術の場合の話。


 その場所そのものに干渉する術は防げない。


「社に入られたら逃げられます!」


 胴丸さんの焦った声が我々にタイムリミットがある事を思い出させる。


 相手には術者がいる。そしてこの先には北町の社がある。モタモタしていたら狐の社に入られてしまう。


 あの抜け道は一組単位。片手で数える単位でしか使えず、別のグループとは道で出会わないようになっている。


 飛び込まれたらもはや追跡は不可能。どこを出口にしているのかも分からない。


 どうする? どうすればこの視界のきかない霧の中で相手に肉薄できる? 無理に走らせても見当はずれの方向に行ってしまうだろう。


 そもそもこの状態ではキューブ橋から降りるのも難しい。目測が無ければキューブの設置がズレてしまう。途中に隙間があるかもしれない下り坂なんて恐ろしくて下れるものじゃない。


『しゃらくせえ』


 ふいに何処からかそんな声が聞こえた気がした。


 次に感じたのは浮遊感。


 なんの躊躇いもなく松が霧の海にダイブした!?


 着地した衝撃を受けて猛烈な勢いで松の背にへばりつく。たてがみと馬の強靭な首が顔面に当たって超痛え。無茶するな君は!


 しかしこちらが無事と分かるや否や、松はお構いなしに駆けだした。まるで当たれを幸い、体当たり上等の特攻野郎。

 

 ああもう。屏風(これ)以上の見切り発車Aチームがいようとは。そこまで覚悟が決まってるならしょうがない。


 胴丸さんに指示を出して両手を巨大化し、目いっぱいに広げてもらう。たしか大鉄甲だか大手甲と言っていた術だ。


「ははっ! ――――大ッ手ッ甲ッ!」


 的が大きければ当たり易い。同じく弾が大きくなればやっぱり的に当たり易くなる。もうこのままラリアットしてしまえ!


 軍馬級の膂力と重さを乗せたぶちかまし+金棒級の腕から繰り出されるラリアット。古代の戦車や戦象を思わせる強引な轢き逃げアタックだ。逃げようとするへっぴり腰で耐えられると思うな!


 霧の中に次々にあがる悲鳴と荷物が吹き飛ぶ音。ドカンという衝撃が松の熱い体温と共に伝わってくる。視界はまだきかないが集団の本体は蹂躙できたか?


「ビョウブさマ!」


 ――――さらに後ろから追いかけてくる獣の声。いつもの愛らしい声とは似ても似つかない猛獣の唸り。


 それは犬の経立の声。誰よりも鼻の利く妖怪。輝く燐光を(まと)い、白い闇を切り裂くように駆けてくる黒い犬。


 天啓をまとったその声に、こちらも大声で応える。


 逃げるやつをぶちのめせ! と。


<実績解除 ブッコミ 1000ポイント>

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