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風車を回した風は、南から北へ吹き抜ける

いつも誤字脱字のご指摘をありがとうございます。


車で遠出中、メチャクチャ久しぶりにカウンタック(赤)を目撃。何かのイベントだったのか、ガルウィングを片方持ち上げた状態で道路を徐行してました。他にも個性的で高そうな車がチラホラ。なんだったんだ……

 あれからまだ不機嫌なままでいるろくろちゃんに困った。


 姉は幽世に戻って早々に傘の姿になると『そこで待っとれ、代わりを寄越すわ』とだけ言い残し、その場でひょいと跳ぶと春一番を捕まえてみるみる高度を上げて、まるで糸の切れた凧のように白猫城の方角に飛んで行ってしまった。


 姉がたまに番傘の姿で空を滑空しているところは見かけるが、お城の屋根とか高い場所から降りているだけだとばかり思っていたよ。

 強めの風さえ捕まえればあんな飛び方も出来るらしい。翼も無いのにやたらとフットワークが軽いのも納得だ。


 しかしどうしたものか。目上に待てと言われたなら待つのが筋とはいえ、せっかくの祭りの最終日に南の社の前でボケーッと待っているのも間抜けだなぁ。


 ちなみに最初は東の社に出ようとしたのだけど、顔真っ赤のろくろちゃんから嫌だと言われたので別の社にした次第。


 宇宙服に仲良くふたりで入っていた姿を東の町妖怪(町人)に目撃されたのはかなり恥ずかしかったらしい。世の中には傘カバーなるものあるのだし、いっそそういうものとして今日のところは納得いただけないものか。


 これが西町や北町だったら眺めているだけでも楽しい催しがあるので、待っていても退屈では無いのだが。


 西は他国の客が入ってくる商売の町なので外向けを意識したお店も多くインテリアに凝っている。国内外問わず流しの大道芸人が路上で興行している事も多い。


 北町は以前こそ肉体労働者の寝床と資材置き場みたいな汗臭い場所であったが、こちらも最近では新米芸人たちを中心に場所代なしで技を披露できる新人に優しいスペースとして重宝されている。


 というか、いつの間にか屏風覗きの名前でそういう事になっていた。


 原因は北町におっ建てたままの二本のキューブの柱だ。あの場所は屏風覗きが北町の顔役に命じて『若手芸人のためにタダ(ロハ)で仕切っている』そうな。

 なのでもし場所代を要求してくるような無頼がいたら、そいつは詐欺(語り)だからとっ捕まえて番所か山ン本組に突き出せ。とか言われているらしい。


 そんな事は誰にも一言も言ってないんだけどなぁ。どこで何がねじ曲がってそうなったんです? 北町の顔役からしてせいぜい会合で顔合わせするくらいで、過去に頼み事をした覚えはないんですが?


 まあそれでうまく回ってるならいいけどさ。ただ町ごとにお役所の縄張りってものがあるから、あまり名前を使われると困る。


 どこにも所属していないフワフワ屏風だからと矢面に立てないでいただきたい。屏風じゃなくて矢襖になるわ。


「白石様。お勤めご苦労様でござんす」


 などと取り留めのない事を考えながら軽く手を合わせて古めかしい社の前でしゃがんでいると、後ろから聞き覚えのあるドスのきいた声が掛けられた。


 振り返るとそこには山ン本組の抱える隻眼の無頼。


 背後で腰を落として任侠者らしい姿勢で挨拶してきたのは、大量の風車を付けた背負子を運ぶ鬼胡桃(おにぐるみ)だった。


「ちょいと格好悪いところを。内職の代物です」


 少し恥ずかしそうに売り物を担ぎ直し、おひとついかがですかと笑う鬼胡桃(おにぐるみ)


 山ン本一家の懐刀みたいな妖怪物(人物)である一方、いわゆる自分の収入源(シマ)を持たない立場なので、組から小遣いを貰う他にもこうして表仕事もして稼ぐ面があるようだ。


 正体は(ましら)であるらしい彼女は敏捷な他に手先もかなり器用である。離れで預かっていた時代もソツが無く小器用な印象が残っている。

 言っては悪いが秋雨氏よりお茶淹れもうまかったな。お茶の熱い温い・濃い薄いで殴られる職場で生きてきたら嫌でも上手にもなるんだろうけど。


 的屋元締めの吟牛(ぎんぎゅう)の話では、祭りでの出店は山ン本の表の収入源(シノギ)のひとつらしい。特に体のあまりきかなくなった組員に割り振る仕事として重宝しているんだとか。


 また最近の白はますます治安が良くなったとかで、腕っぷし連中の稼ぎの定番である用心棒ではあまり稼げないという需要の問題もある。

 まあねえ、国から給料もらってる本職がまじめに仕事してたら、おっかない空気の非正規警備員には用が無いもの。


 色とりどりの色紙と竹で作った素朴な風車たちは、この泣く子も黙る侠客の姿を不思議と柔らかく見せている気がした。


 知り合いに買っていこうかな? いや、どうせなら祭りで賑わうところまで一緒に買いに行ったほうが楽しいか。


 でもせっかくなのでひとつ頂こう。お城から護衛が来るまでの時間、このクルクル回る風車が少しばかりの退屈しのぎになるだろう。


「お嬢、っと。浦衛門(親父)が昨日から会いたいと言っておりやした。ぜんぜん寄席に来ないから困ってるとか」


 不人気そうな緑色の風車をひとつ買い付けて代金を払うとき、片方だけの瞳でチラリとこちらの顔を見てきた鬼胡桃(おにぐるみ)に苦笑する。


 浦衛門は山ン本組の三代目組長。しかし鬼胡桃(おにぐるみ)からするとおしめをしていた頃から世話をしている娘であり、他の組員同様に内心では子供や年の離れた妹に近い感覚らしい。


 なので今でも『組長(親父)』呼びより、昔からの呼び方である『お嬢』が出ることがあるようだ。


 それはともかく浦風一座か。


 たぶんお城での上演が無事終わって夜はそのままドンチャン騒ぎ。それが済んで二日酔いの苦痛を過ぎたら、もうその次の出し物について話したいんだろうな。


 いいかげん専属のライターを抱えてくれませんかね。なにせ白・黄・赤(力関係順)の三国の長の前で芝居をしたのだ、もはや一座が募集せずとも向こうから『オレのシナリオを使ってくれ!』と執筆家たちが殺到してくる頃合いだろうに。そこまで行けば大御所のライターとも交渉できるほどの格が持てたはずだ。


「すいやせん。どうも白石様には何でも甘えてもいいと思っているようで」


 そう言ってなんともバツが悪そうに頭を掻いた彼女は、『大事なところじゃ分別はありますから、邪険にせんでやってください』と締めくくった。


 鬼胡桃(おにぐるみ)にとって役者をしている浦衛門は、自分の夢を追いかけて芸能界に飛び込んだ無鉄砲な子供と同じ。その成長を後ろから見ている母親のような心境なのだろうな。


 いや、むしろ屏風覗きは警戒されているのかもしれないな。可愛い娘に甘い事を言って芸能界の闇に落とそうとする悪徳プロデューサーのように。


 ザギンでシースーとか言ってる時代から黒い噂が絶えない業界だものなぁ。報道しない自由とやらで自分の業界には絶対にメスを入れたくない連中の巣窟である。


 ただ勘違いされては困る。この場合、業界妖怪(業界人)は浦衛門の側であって引っ張り込まれている素人はあくまでこっちです。そこだけはご理解頂きたい。


 そもそもあの業界の影に見え隠れするヤのつく自由業だって浦衛門のほうじゃねえか。とまではさすがに言わないが。幽世と現世ではまた事情が違うしね。


 などど、つい引き留めて話し込んでしまった事を謝り、風車をどこで卸しているのか聞いたのちにお仕事頑張ってと別れることにする。午後に立ち寄るかもしれないのでその時はよろしく。


「へい。縄張り(シマ)の連中にも伝えておきやす――――北に磯臭い連中がチラホラいます。若いのに張らせていますが、どうしやす?」


 磯臭い、か。


 藍の君主が招待を断ったからと言って、別に庶民が祭りに来ないという事も無いだろう。


 だが無頼が気にするくらいにはよろしくない気配がする連中、という事だろうな。


 入国管理の腐乱犬(フランケン)氏が仕事をしているなら滅多な事はないと思うが、あのわんこの悪霊は見逃してる前歴があるからなぁ。一応軽く見回っておこうか。


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