疫病爆弾
いつも誤字脱字の修正ありがとうございます。
家電製品がひとつ壊れると連鎖的に他の家電も壊れるという俗説がありますが、先日10年選手の家電がお亡くなりになったので不安でしかたないです。貯金が、貯金が
とてもめんどくさいことになった。やるべきことがデリケート過ぎて正直、屏風覗きの手に余る。最難題は動く爆弾の静かな発見というその道のプロしかできないであろう仕事だ。この問題の難しいところは『気付いたと相手に悟られてはいけない』『総数が判らない』『いつ起きるか判らない』の三重苦が立ちはだかる点にある。
イタチの背に彫られていた呪いというのは死体から発生する病魔、つまり疫病を即座に巻き散らす危険極まる代物だった。ついテロと思ってしまったがこれは抵抗組織ではなく、れっきとした他国からの軍事的な攻撃の可能性が高いらしい。
おそらく幽世でBC兵器の規制なんてまだ先の話、条約どころか使った国さえ被害を受けかねないという発想も幽世では無いかもしれない。いや、死体や排泄物を砦なんかに投げ込む攻撃は大昔からあるし、体感的にヤバいくらいは知ってるはずだ。それでもやりやがったというのが問題の深刻さと本気度を突き付けてくる。この方法で占領したって後は地獄だぞ。
この策略を考案した鬼畜外道はイギリスのやらかした天然痘患者の毛布の話とか、音量全開のイヤホンで24時間聞かされてから獄門台に上がってもらいたい。
そんな迅速を要求される場面でありながら、攻撃ヘリみたいな機動力のあるとばり殿と老人用電動カーレベルの屏風覗きがセットで歩いているのは、オイオイ何の冗談かと思われるかもしれない。理由を一言で言うなら『縄張り』のせいだ。
「やはり見回りは最悪だ。あの愚か者ども、これで人死にが出たら市中引き廻して磔にしてやるッ」
とばり殿主導で動き出したあの後、押っ取り刀で飛び込んできた一団によってこの子は立場を奪われてしまった。正確には奪い返された。見回り組を指揮する妖怪物が現れたためである。
二妖怪のやり取りはほぼ罵詈雑言の応酬だったので思い出したくない。仲の良い人が聞いたことのないような悪口言ってたりすると、チキンな屏風覗きは驚くというかショックを感じてしまうタイプです。
相手は『山あらし』という種類の妖怪で、見た目が例の『頭が人間で体がケモ』の正気度減少を誘う残念系だったし。剥げ散らかした初老のオッン顔にハリネズミの体という誰も得しないフォルムだった。
埒が明かないので後の説明を腐乱犬氏に任せて、真面目っ子を詰所から外に引っ張ってきた次第。どうにもならない事はさっさと切り替えて別のアプローチを試すべきだ。向こうが構うなというならこちらはこちらで動けばいいし、非常事態なら守衛の役目のあるとばり殿もすぐ呼び出されるかもしれない。
そう思っていたら昨日とばり殿が『雀』と呼んでいた禿みたいな格好の女の子が現れて、屏風覗きには聞こえないようにかボショボショと耳打ちして去っていた。去り際、なぜか睨まれたよオイ。
「屏風、我らは我らで動くぞ。ついてこい」
イライラするだけでやることを決めかねていた先ほどまでと違い、明確な目的が出来たとばり殿の足取りは力強い。早速歩きながら状況を簡単に説明してもらう。
まず現在活動している守衛で重要区画の守りの手はひとまず足りているので、命令系統の混乱を避けるためにもシフト外のとばり殿は今回別行動と決まったようだ。求められたのは捜索と発見された標的の捕縛、やはり必要になるのは『毒爆弾・仮称』の早期発見と無力化に尽きる。
ひとまず記載された赤ノ国からの入国者を片っ端から見つけて捕まえてしまおう、というのが『上』の結論らしい。現代日本でそれをやったらテロリストが闊歩していようがバイオハザード中だろうが、軍事国家の復活だ人権侵害だなんだと騒ぐ連中が出てくるだろうな。白ノ国は騒いだ端から治安組織にグーパンされて牢屋か、一足先にあの世逝きになるだろう。
「立花様より『おまえの術に期待する』とのことだ、励めよ」
あの方には屏風覗きの『スマホっぽいもの』から使える『キューブ』の特性を説明している。明確に指示はされていないけど、たぶん最悪の場合『窒息死させても閉じ込めろ』って事だろうな。でなければあの方がわざわざ『おまえの術』なんて胡乱な物言いはすまい。
キューブは内部と外部を完全に遮断できる。大気中に拡散してしまうような毒でも即座にシャットアウトできるのだから、今回のようなバイオハザード案件の対処にはうってつけなのだ。たとえ解毒できない猛毒でも流出しなければそれ以上の汚染だけは避けられる。
「雀たちが飛び回っている。我らも知らせが来たらすぐ向かうぞ」
あの子たちは主に情報の収集や連絡係なんかをしているらしい。見回り組と何が違うのだろうと思ったが、見回りはパトカーの巡回みたいなものでわざと見せている威圧行為で、雀たちは存在を無用に見せない監視カメラみたいなものか。
知らせが来るなら分かりやすい場所に留まっておくべきじゃないかと思っていたら、向こうから気付いてくれるから心配ないと言われた。雀たちは知った事を瞬時に共有できる術が使えるので、誰が見聞きしても即座に全員に伝わるのだそうな。うわぁ、生き辛そう。
周囲には昼飯も終わり午後の仕事に精を出す庶民、中周りの町妖怪たちが思い思いに動いている。飯時が終わり外の片づけをする食事処、次の稼ぎ場に向かう屋台、楊枝を咥えて仕事場に戻る職人、荷物を運び入れる運送屋、暇そうに歩いているのは自由業、な方だろうか。幸い皆こちらの緊張など知ることなく、いつもと変わらぬ日常の時間が流れている。
その後も何度か現れた雀っ子たちの報告を聞くたび、とばり殿の顔が険しくなっていく。雀っ子はひとり残らず屏風覗きには話してくれるどころか3メートル圏内に近づいてくれない。何か気に障る事しましたかね?
既に捕縛した数人から同様の『毒爆弾・仮称』が出てきたらしい。しかもその内の一人が捕縛時の不手際で『弾けた』。
飛び散った場所が室内であったことから迅速に建物を封鎖し、最悪の状況こそ避けられたが汚染を食い止めるために中にいた人員も二名閉じ込めてしまったという。それは、どう言ったらいいか。
お役目だ、止むを得ん。そう絞り出したとばり殿の声は血を吐きそうだった。
情報が集まっていく。精査された情報から『本日入国した者』『言動・行動に異常性が見られる』『術での殺害・捕縛で弾ける可能性がある』事が分かった。これ、一歩間違ったらあのイタチも『弾けた』ってことか。とばり殿は物理メイン、屏風覗きはそもそも術なんて使えないから不発で済んだが初見殺しも大概だろう。冗談じゃないぞ。
「狗め、裏をかかれたな。アレは死に近い者には鼻が利かん。己が臭いからだッ」
興奮した人を落ち着かせるために有効な手段として、とにかく寄り添って話を聞いてやるというものがある。ギリギリと拳を握り爆発しそうなとばり殿に相槌を打ちつつ、ハンドヒーリングというか、セクハラっぽくならないよう背中をワシワシと撫でておく。まさかカウンセリングの真似をすることになるとは思わなかった。
洪水のように吐き出された腐乱犬氏への愚痴で彼に無駄に詳しくなってしまったぞ。彼は犬の嗅覚を利用して喜怒哀楽の感情や何をしていたかなど大まかに調べ上げることができるらしい。死体でも鼻が利くのか。
「赤の庶民はだいたい腹を減らして白を羨んでいるしな、いっそ妬んでいると言ってもいい」
白への敵意を隠して商売する赤の民など吐いて捨てるほどいるらしい、共通事項なのでこちらもいちいち気にしなくなっていたのだろうと。さらに呪いも本人が呪いの塊みたいなものなので、厄臭いな、程度で関心が薄く異常性に気付かなかったのではないかと、とばり殿は守衛の知識から失態を推測していた。
前者の理由はともかく後者はどうなんだろう。生き物でなくなった存在だからか?
「呪いの起こりに他人の力を借りるから害意が臭わんのだ。焙烙玉も火種がなければ発破せん、ただの置物でしかない」
殺したり術で捕縛されたりして初めて点火する呪いだから、点火前は判り難いということか。タチ悪いな。
「赤は外に出る者に逃走できぬ術をかけるようになったのだ。定められた日に戻らねば呪われる外法よ」
恐らく当人たちはそれとはまた別の呪いをかけられたことには気が付いていないだろう、そう言って奥歯を鳴らし口を結ぶ姿が痛ましい。強いながらも優しい子なので義憤を感じているのかもしれない。腐乱犬、おまえ職務怠慢で立花様にブン殴られてしまえ。
それにしても赤ノ国のディストピア感が半端ない。国外逃亡を防ぐため監視と粛清をセットにした時限ウィルスを仕込まれるようなものか。そして今回はさらに自爆テロ要員にまで仕立て上げられている。これは先の術が後の呪いのためのカモフラージュにさえ思えてきたな。
なんとも言えない暗い空気が続く中、ポツリ、ポツリと、とばり殿が赤ノ国について話し出した。以前は口にすることさえ恥じた事を。揺れ動き決壊した心の澱がそうさせたのだろう。
重税、蔓延する貧困、傍若無人な支配体制。そしてこの子自身が赤ノ国から弾き出された身である事。餓死しかけたところを白玉御前に拾われた事も。
「あいつら許せん、死兵を民にさせるなど間違っている」
涙声、鼻をすする音。いくら我慢してもできないことがある。それは堪えなくてもいいものだ。気の利かない人間には人目を無視してただ背中をさすって抱き締めてやるくらいしかできない。
この子には取り乱したところを抱き締めてもらったことがある。あれは嬉しかった、何の根拠もなくても誰かの温もりは慰めになるものだ。あの嬉しいの一部でもこの子に返してあげられたらいいのだが。
「すまん。取り乱した」
もう大丈夫だ、そう言われても無理をしていないかと心配になる。真面目な子は本当の限界まで無理をするから油断ならない。しかし、この子なりに体面もあるだろう。最後にもう一度頭と背中を撫でてから離れる。
顔を両手で覆うように強くバチンッと叩いてしばし。ゆっくりと手を戻したとばり殿は、初めてきつねやで見た守衛の顔に戻っていた。与えられた命令を遂行せんと、断固たる決意を漲らせて。