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遊び心の出せない遊泳コース

誤字脱字のご指摘をいつもありがとうございます。またもページを跨ぐ量をいただきましたので、近く感謝回をあげさせてくださいませ。


朝からカーネルが語り掛けてくる……久しぶりに食えと!

 カプセルは存外簡単に動いて、さして時間が経たずに立ち往生した。たぶん『管理者』に電力的なものを外部から切られたのだろう。


 むしろ対応が遅いくらいかな。他の設備と同様、あれも相当ガタが来ているのだろうね。


 仕方ないのでカプセルはここで乗り捨てて後は歩き、ならぬ飛ぶ(・・)ことにする。


 硬質なガイドレールに沿って飛ぶように進むのだ。プールで水中に潜ってから壁を蹴って進んでいる感じが近い。


 水の中と違って抵抗が無いので、最初にひと蹴りすれば止まることが無いのがありがたいところ。


 途中下車になったとはいえ結構距離を稼げたのが幸いだ。どうして距離が分かるのかと言えば、カプセルに表示された大まかな道中距離らしきメーターがあったから。バスやエレベーターとかでありそうなやつである。


 こんな装備で宙を掻いていたらたった3時間ではとても辿り着けない。道の半ばで酸素切れを起こしてギブアップとなったろう。


 とはいえ、やはりたったひと蹴り程度の推進力ではあまりにも遅い。カプセルが速かっただけに余計に遅く感じる。まあ体に掛かった圧からの体感で、実際の速度は分からないが。


 そしてもっと増速の手段は無いものかと思って考えて、閃いたのは『手前にキューブを出してそれを手掛かり・足掛かりにする』ことである。


 過去にとばり殿が天狗山で屏風覗きを空高く送り届けてくれたとき、こんな感じに足掛かりだけを使って蹴り上がってくれたイメージを思い出した。


 すべてが凍りつく極低温の空気の中で凍傷を負いながら、それでも身を挺して道を切り開いてくれたあの子。その力強い記憶は今でも色あせていない。


 ――――終わった後、ふたりだけの夜空で見たお月さまも綺麗だった。


 大変だったけど優しい思い出。そんな友との記憶がこのアイディアをくれた。


 何度も言うがここは無重力。基本的に一度ついた速度は何かに当たらない限り減速することが無い。なのでちょっと取っ手代わりのキューブを手で引っかけてクイッと引き込んでやれば、その筋力分だけ増速が可能なのである。


 ――――いや、最初は思ったよりうまくいったんだけどね? 途中からあらぬ方向に行きそうになったり、体に変な回転がついてしまって一時パニックになってしまったよ。


 幸い慌ててキューブで回廊のようなものを作ってその中に飛び込んだおかげで、何度が体をぶつける程度の被害で体勢を戻せたよ。あのまま回転してたら暗黒の世界で数少ない目印であるガイドレールさえ見失うところだった。


 宇宙では人の視覚はまったく当てにならないという。特に空気が無い影響で人の目では遠近感が掴めないらしい。


 忘れてはならない。機械的な補助が無ければこの真空の世界で生物は無力なのだと。


 いやそんな大げさな話でもなく、大して運動も出来ないやつが調子に乗るものじゃないな。翼が無くてもピョンピョン跳べるとばり殿のようにはいかないわ。


 本来、宇宙という超絶の環境には厳しい訓練を受けて挑まねばならないのだ。そこにこんな素人がちょっと宇宙服を着たからと言って自在に動き回れるわけは無い。


 痛い目にあった事で頭が冷えた。もうかなり距離は稼いだし、ここからは大人しくラインに沿って堅実に飛ぼう。すぅーっと言うくらいの速度で。


 よくよく考えたらあまり速度を付けると止まるとき大変だし。40キロメートルも出ていれば十分激突事故になってしまう。


 そういえば仮にキューブが害になるときは『自動防御』はどう機能するのだろう? キューブも消してくれるのか、あるいは地面と同じ判定で消さないのか。さすがに危険だから試す気にならないが。


 そこから進み続ける事さらに約1800秒。メモリひとつを消費してどこまで進んだのやら。

 変に後ろを振り返るとその動きの慣性が働いて、体もつられて回転してしまうからなかなか後ろを向くのも難しい。


 ちなみにガイドレールには一切触れていない。『管理者』の話で単一分子素材という言葉が出てきたからだ。


 分子はそれ以上破壊できないから単一の分子で出来ていれば超頑丈。という理屈の夢の新素材だったかな? 物質としてもっとも小さい単位なのでこれを刃物にするとなんでも抵抗なく切れるとも言われる。


 もしこれがそうなら触れた物をなんでも切ってしまうような代物かもしれない。夢の宇宙素材も一般人にはただの危険物だ。


 ――――そんな危険物だけを道しるべに飛び続け、そろそろ半分を切った酸素の残存量が気になり出した頃。


 ふいにコロニー側で擱座していたカプセルらしいものがレールに沿って、偏向器側へすっ飛んでいった。宇宙では音が無いし空気の圧も無いから接近に気付かないな。


 どうやら『管理者』も動き出したようだ。そもそもああいった乗り物こそ本来は自動操縦だろうしね。非常用の手順のイラストが無ければ動かせなかったもの。


 しかし、あれが動いたとなると『管理者』は持てる武力を総動員して屏風(これ)を待ち構えているのだろうと思われる。本気モードの警備ドローンはどんな凶悪な武装をもっているのだろうか。


 まあ、だからと言って行くか戻るかの状況ではない。無能は無能なりに覚悟を決めて進むしかあるまい。


 最初に下界で村を見つけたときを思い出す。あの時も待ち構えている賊の集団を前にこうしてのんびりと進んだものだった。


 だからあの時よりスマートにやろう。人質はいない。人目も気にする必要が無い。


 今日は何の遠慮もいらないのだから。








〔侵入者に警告します。これ以上の――――〕


 偏向器側のステーションに辿り着く頃には宇宙服の酸素メモリはふたつを切っていた。地味に時間かかったなぁ。


 そして案の定の『お出迎え』。


 ドローンたちはこちらに向けて即座に発砲はせず、どこかのSF映画の兵隊ロボットのように整然と並んで待ち構えていた。


 もちろんすべての銃口をこちらに向けて。


 ただ見える範囲で9体しかいないのであまり包囲された感じはない。それに目に見えて破損が伺える個体までいる。


 人間ひとりの制圧程度と、戦力を出し惜しみをしているという感じではない。


 たぶんこれが『管理者』に残された全戦力なのだろう。他は事故や戦闘、経年劣化やらでスクラップになったと思われる。


 先程からこちらに向けて通信で『犯罪者はそちら』『この捕縛はいかに正当なものか』『抵抗は無意味』的な事を、聞き取れない例の法令を交えて通告を続ける『管理者』。


 正しい。この世界の人類から施設を任されている『管理者』にとって、その行為はきっと法に基づいた正当な行為に違いない。


 不法な侵入者は間違いなくこちらだ。捕縛でも殺害でも、防衛の権利を行使して何も悪いことは無い。


 まして屏風(これ)の正体は破壊者だ。この施設を壊しに来た余所者。


 主人たる人を失った寂しい世界に取り残され、それでも健気に命令を遂行してきた機械たちの拠り所を決定的に壊しに来た化け物。


 彼らからすれば理不尽な悪意そのもの。災害だ。


 それでも屏風(これ)は人間。この世界の住人では無かろうと。


 人間。


 君たち機械(道具)に助けてもらってきた人類。


 だから人のために生まれ働いてくれた君たちの、その最後に向き合う責務がある。


 伝えよう。プログラムに従い犯罪者の戯言と聞く耳を持たなくても。


 文明は滅んだ。星に残る人はわずかな数だけ。宇宙を飛び出した人々の事など覚えてもいない。この施設が生み出すエネルギーの受け手などいやしない。


 ――――銃撃。真空の中では音はしないが。発砲している様はよく見えた。


 伝えよう。かの星は危機に瀕している。この施設が集めた光が世界を焼いてしまうから。このままでは残された数少ない人間さえ死滅してしまう。


 これを防ぐために設備を破壊する。


 ――――押さえ込みに来た数機のアームが消失する。過去に『自動防御』中に捕縛されそうな場面が何度かあったけど、もし手を出して来たらこんな感じになっていたんだな。


 伝えよう。今を持って君たちの役目を解く。


 再び人類が科学を発展させ、宇宙開発に向けて再起したとしても、それにはまた長い長い年月を要するだろうから。


 そんな夢物語に付き合う事は無い。どうか安らかに。


 ――――ありがとう。みなさん、お疲れ様でした。


 キューブで切断していったドローンたちの残骸を、せめて両手で拝む。


 ろくろちゃんが眠っていてよかったと思う。人とは所詮こんなものだ。用済みになったらどんなに役に立ってくれた道具だろうと当然のように処分する。


 いつか君はそれでいいと言っていたけれど。


 一言、ありがとうと言って捨てればいいと言っていたけれど。


 道具と人の関係は歪んだ親子のすれ違いに似ている。幼い子は無条件に親を信じ愛しているのに。親はそんな健気な子を物としか思っていないのだ。


 どうか、憎んで。君たちにはその資格がある。せめて無関係な世界から来たくせに、最後まで努力した君たちを人の勝手で終わらせようとするこの屑を。


 君たちの造物主ではない人間なら、きっと恨んでもいいはずだ。


 ではそろそろ始めよう。効率の良い破壊法なんてわからないから、ポイントを使いまくって片っ端で行く。


 さあ、大仕事だ。

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