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お茶会という名の女子会With屏風

サクリとした軽い口当たり。そこからしゅっと萎んで歯に張り付く。


 うーん、まさに()菓子。砂糖醤油の味付けに杏子や蜜柑の干皮(陳皮)で香りをつけた伝統的なタイプだ。

 現世では黒砂糖や黄な粉を塗した品ばかりだけど、これはこれであり。果実の華やかで優しい風味が砂糖醤油のあまじょっぱさを引き立てている。


 麩菓子は江戸時代だとメジャーなお茶請け+酒のつまみとして重宝された食べ物。乾燥しているから日持ちするし、何より安いとあって貧富を問わず愛されたらしい。


 まあ愛された理由はフレーバーにケシの実を使っている品があったのが決定打かも知れないけどね。当時は合法であっても現世では違法な成分入りの可能性あり。


「それはあんたでも平気なやつよ。華山で作ったやつなんだから」


 湯気を立てる風炉の前でカッカッカッと茶を溶く音を鳴らす亭主役。緋の方様がこちらの警戒心を見抜いたようで、どこの品物かを明かしてくれる。


 これは猩々緋(しょうじょうひ)様が本国から持ち込まれたお菓子。


 屏風覗きは白ノ国の食べ物以外は食べてはならないと命じられているけれど、事前にチェックを受けて『おっけぃー』と認可を受けているそうな。


 審査した方の口調を真似られたらしい猩々緋(しょうじょうひ)様の『おっけぃー』はなかなか可愛かったが、その審査員の語尾を伸ばすイントネーションに聞き覚えがあるのがなんとも。


(わえ)だってあまり口にしない銘菓よ。感謝なさい」


 亭主役としての体面があるのでふんぞり返ったりはしなかったものの、何かというと微妙に調子こきたがる姿は実に小型犬チック。小型犬は大型犬より威張りたがるイメージがあるのはなんでだろう?


 ――――現状どこも飢饉で散々な赤ノ国だが、実はお菓子が作れるくらいずっと平和な領地もある。


 それは霊峰華山に縄張りを持つ稀代の大妖怪、悪鬼頭の彌彦(いやひこ)様が治める赤の領地内にある自治領区だ。


 鬼の作る特産品としてはお酒や薬あたりが有名だけど、華山はお麩でも有名らしい。これはその中でも職妖怪(職人)によってお山様に献上される特級品と同じ品だと言う。


「小金持ちが食べたいって言って買えるもんじゃないわよ。こういうのは」


 麩菓子自体は菓子として安めの分類でも、伝手が無いと手に入らないタイプのお取り寄せというのは独特のレア感があるね。


 貧乏所帯の赤でお高いお菓子を用意すると言うのも大変だし、値段とは別ベクトルの付加価値で格式を保ちに来た、と考えると途端に涙ぐましい。


 こういうこすっからい手腕は、たぶん猩々緋(しょうじょうひ)様の親友の金毛(こんもう)様のアイディアだろうな。


 いかに国の面目を保ちつつ、自国持ち出しの菓子代を安くあげるか方法で頭を捻ったに違いない。


 貧乏って嫌よね。などと知り合いのオネエ牛みたいな口調でおっとりと感想を述べたくなるよ。彼女? は今日も春祭りの仕切りで城下を飛び回っているだろう。


「うめー」


 赤の窮状から捻り出した苦肉の菓子もそれはそれ。何も気にせずシャクシャクと食べるモコモコな女中Aの無体よ。せめてお先に頂きますとか言いなさい。茶の席なんだから。


「これ黄に卸してくれないんだよねぇ。高く買うのにさー」


 まじまじと見つめてポイッと口に入れる肌色の多い女中B、ポップコーンを食べ飽きた暇人みたいに食べないの。


 いるんだよなぁ。映画とかに触発されて変な食べ方する人。食べ物で遊んじゃいけませんと教えられなかったのかと思う。


 なお屏風覗きも子供の頃にやってたので同罪である。


 上にポイと放ったり、手に乗せて腕をポンと叩いて口に入れたりしてました。映画やドラマでそういう事するキャラクターが多かった時代だったのです。


「あんたら行儀悪いっ!」


 さっきからピキピキしてた猩々緋(しょうじょうひ)様がついに怒った。何気にこういうお固い場面だと一番お淑やかに見えるんだから意外だ。


 客側にいる白いのと黄いのがフリーダム過ぎて、相対的にそう見えるだけかも知れないが。なにせどっちもお母ちゃんがなぁ。立派は立派だけどベクトルがねえ。


「女将ー、お茶くださいー」


「お麩って歯につくよねぇ。口の中の水気がしゅって消えるし。あ、(あーし)も―」


「番茶か! 茶()! 茶()の団子屋じゃないわよ!」


 茶筅でお抹茶をかきつつそれでも手を止めず、同じ空間にふたりもいる特大のボケ役に律儀に突っ込む姿に涙が零れそう。真面目っていつも損だよね。


 それはそれとしてお湯でいいから貰えません? 屏風覗きも歯の裏に付いちゃって。


「一番のボケはおまえじゃぁぁぁぁぁぁっ!」






 お点前、頂戴いたします。


 師に手を叩かれながら学んだ手順は痛みと共に思い出される。


 茶碗の持ち手は左。それを右手で包んで口をつける。事前に飲み口がお茶碗の正面にこないように気を付けること。


 茶道で茶碗をクルクル回すのは謎の儀式ではなく、飲む場所の調節の意味もあるのだ。


 よく泡立てられた軽い口当たりが裏のお茶点ての特徴。表は逆に泡立てないよう気を付けるらしいね。


 妖怪たちのメジャーは裏であるらしく、今のところ表の作法をなされる方は見ていない。たぶん茶道を幽世に広めた方が裏を修めた方だったのだろうと思う。

 現世でも表より裏のほうが人口が多いらしいし、基本的な門徒が広いのだろうな。


 前世で学んできた方は人に化けて弟子入りでもしたのだろうか。悪魔の仕立て屋のグレイス氏も人間に化けて工房に弟子入りしたらしいし。


 意外に現世でも人以外の何かが人のフリをして、まだ妖怪が近くにいるのかもしれないね。


 三口ほどをかけて茶の緑を飲み切る。頂いた後は飲み口を指で払い、その指は懐に収めた紙で清めるのを忘れずに。 


 最後は茶碗を返すのだが、ここで碗の正面が亭主側に向くようにするのを忘れてはならない。これは茶碗の柄も見ましたよ、という意味でもあるのかな?


 亭主をする楽しみは出してきた茶器を褒めてもらうのが半分。それを碌に見もせずぞんざいに扱っては気分を害してしまうというもの。女子の出してきた新コーデくらいの感覚で率先して褒めるべし。


「やっすいお世辞はいらないわよ。あんたこういうのぜんぜん分かんないでしょ? 見え見えよ」


 こんな事を褒められても響かないぞと言わんばかりにツーンとしている亭主様。むしろ点て方が滑らかで美味しかったという一言の方が嬉しかったらしい。


 いえ、二杯目は結構。ヨクバリ。カフェインブーストも短時間にやり過ぎると効かなくなるので。


 猩々緋(しょうじょひ)様の見抜かれた通り美術品なんて真贋はもとより、ぜんぜん価値が分かんねえ。うちの阿吽のマークの湯呑みのほうがいいまである。安くても物は良いの典型だ。


 わずかに残った緑と、それを包むようなどっしりとした厚めの肌を持つ茶碗の黒褐色を眺める。


 緑に黒。色味が渋くて味わい深いね。


 何より外周に色抜けがあって、それがちょうど猫の顔を正面から見たデフォルメ模様に見えるのがちょっと可愛い。偶然に出来た模様だとしたら運命的だ。


 ちなみに前回九段で頂いた時の茶碗とはまた違っていた。滅ぼした豪族から没収した茶器はなかなか豊富だったらしい。


 たぶんある程度時間を置いて小刻みに売り払うつもりなのだろうな。何でもいっぺんに売ると価値が下落するから。


 ――――ところで、先ほどから『いち、じゅう、ひゃく。せん、まん』。という謎のフレーズを呟いて胸の前で手をクルクルする約二名はなんなのか。


 どういう儀式? お宝でも発見されたのだろうか。


「これ良い黒楽茶碗だよ、いしちゃん。お高いやつ」


 飛目(ヒメ)ちゃん様は茶器の目利きが出来るらしい。商人の国出身らしい特技である。


 あれこれと説明されたのを要約すると、高名な窯で焼かれた希少な一品という意味での『良い茶碗』のようだ。


 考えてみたら現世のように歴史的な付加価値をつけるものじゃないのかな。どこかの殿さまが手にした品だからと高くなるパターンは妖怪には少ないのかもしれない。だいたいご存命だし。


 亡くなっていても何十年、何百年が『ついこの間』の寿命では感覚が『遺品』に近い可能性もある。骨董品なんて要するに遠い昔の誰かが持っていた遺品なのだから。


 大昔ならともかく、最近亡くなった誰かの遺品なんて使いたくないし集めたくないだろう。普通なら。


「欲しいなら譲るわよ? 包んでもらう物はちゃんと貰うけど」


 なるほど。このお茶の席はある意味でお金持ちをターゲットにしたフリーマーケットにもなるわけか。


 あざといな。わざわざ君主様であるこの方が茶を点てる亭主役を引き受けたのはこういう事か。変な業者を仲介せず、確実にお金持ちと知っている相手に商品を見せることができるわけだ。


 これも金毛(こんもう)様の策かな? あるいは猩々緋(しょうじょうひ)様なりに考えたのかも。どちらにしても逞しい事だ。


 というか、もしかして九段で頂いたお茶。あれは『茶器買わない?』という遠回しなアピールだったか? だとしたらまったく食いつかなかったのは今思うと可哀想だったかも。


 真剣に交渉を始めたギャルとチワワを横目に、ここまで茶席の定例句だけしか喋らないでいるとばり殿を見る。


 うーん、ガチガチ。そろそろリラックスしません? 表向きここにおられるのは気の良いかしまし娘のお三方ですよ?


「馬鹿っ、そういう訳にいくか」


 偉い方のささやかなお戯れに付き合うのも下の役目です。


 自分はリトマス試験紙だと言い張られたら、たとえそれが何処のどなたであれリトマス試験紙。酸性に触れたら華やかな赤ですね、アルカリ性なら涼しげな青ですねと称えるしかないのだ。中性なら何にも染まらぬ雄々しき中道、とでも褒めましょう。


「さぁてと。ではそろそろいしちゃんの裁判(お白洲)を始めよっか?」


 ん? ギャルの気配が?

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