出先で偶然知り合いを見つけると寄っていくパターンと避けるパターンがある
小休止を挟んで3度目の茶席へ向かう。
参加者総当たりのはずが思わぬ乱入者のためにローテーションの予定が崩れてしまい、いくつかの席では似たような面子になってしまうようだ。お客はともかく白のお役人たちはそれぞれ別に仕事もあるしね。
かく言う屏風覗き&とばり殿のペアも、先ほど参加していた飛目ちゃん様が引き続きのスタメン入りである。
「赤の方が亭主での茶席か。あの方は本当にお茶など修められているのか?」
茶菓子に加えて酒保さんのところでもキッチリ信玄餅を頂いたとばり殿は平常運転。屏風覗きは若干胃もたれ気味である。
誰かのお世話をするのがマイブームらしい足長様から次々とお餅を突っ込まれて大変だったよ。あんなキラキラおめめでグイグイ持ってこられたら食べないわけにはいかない。
信玄餅は名前の由来である武田信玄公が戦のおり、その懐中に入れていた食料にちなむ。
ただしこれは後の創作の話であり、実際はそんなものは持って無かったとは有名な話。
元より武田の領地は立地的にあまりお米が取れない土地だったようで、そんなお国柄で米粉を使ったお菓子など発展するわけもない。あくまでかつての有名人の名前を借りて宣伝しただけの食べ物であるようだ。
まあ普通に美味しいし、何より名前が覚えられやすいのは商品として大事な事だと思います。店主が頭をひねって考えた小洒落たカフェの名前やメニューなんて、利用している客は案外誰も覚えてないもんである。
信玄餅の話は置いておいて。ちょっと前に九段神社で猩々緋様からお茶をご馳走になった出来事を話すと、なんとも微妙な顔をされた。
信用しなくはないがホントかよ? という感じの不満顔。身分と妖怪脈を考えれば文化妖怪として名高いどなたかに、軽くお茶の手ほどきを受ける機会は十分ある事を告げても半信半疑のようだ。
最大の根拠の彌彦様からして茶道を嗜んでいるのが意外なのは、まあそれはそう。
あの太い指で器用に茶筅を動かす姿はなかなかにコミカルです。童顔のお顔と相まって、女の子用の調理玩具を使っているような錯覚を覚えそう。あれって物によっては普通に料理できるらしいね。
また脱線していく思考を矯正。少なくとも亭主役に選抜されるくらいではあるのだし、そんなに疑うこともないでしょう。もし下手でも毒が出てくるわけでもない。
「おまえ、何かと言うと赤の方の肩を持つよな?」
そのうち赤ノ国に鞍替えでもするんじゃないか? なんてとんでもない疑惑を掛けられて驚く。
あとなぜそんなに口を尖らせるのか。この子は烏から昇華した天狗様だから、ついクチバシっぽくしてしまうのかな?
そもそも別にあのチワワを贔屓した覚えは無いのだが。うちの式神コンビと仲良しなので気に掛ける割合は多いかもとは思うけど。
強いて言えばあの子の弱さや頑張りを身近で見たのもあるだろうか。
黒曜たちのせいで沈みかけた国を見捨てず、目を覆わんばかりの惨状であっても投げ出さずに踏ん張っている姿を。
――――そういう苦労性の子をこそ応援したくなるのは人情でしょう? 本当の意味で民草を救おうとしている大真面目な子なんです。
その場の情に流されず、外野から冷酷と言われるような決断でも行い本気で国を立て直そうとしている。
これはただのお人好しでは出来ない事。まさしく指導者の資質だ。
非道をして何も思わぬ力だけの支配者ではない。非情を貫き心を痛め、それでも全体のために決断できる、本当の意味で優しい支配者。
これこそ尊敬できる王の姿だ。
善人なだけでは務まらぬ。合理だけでは仰ぐに足りぬ。知恵と愛を併せ持つ為政者こそ、民草が求める真の君主様だろう。
いつか屏風では影も踏めないような立派なお立場に返り咲けるといいのだけどね。
「赤が大国になったら比例して白が困るのだが?」
まだまだジト目で見てくるちっちゃいお役人様に苦笑する。
その時には白もそれ以上になっているでしょうよ。我らがボスの手腕を信じましょう。あの方が国の重鎮たちと辣腕を振るう限り、白ノ国は何年経っても安泰だ。
逆に赤は今後も艱難辛苦の道のりである。特に今は本当に国に力が無いせいで、何かというとキャンキャンうるさいだけのチワワだもんなぁ。民や家臣からの信頼だってまだまだ勝ち取っていく段階だ。
とりあえずみんなに愛されるマスコットとしては合格なんだけどね。まあまあ凶暴だが。
そんな感じに茶席に向かう廊下ではっはっはっと軽い談笑をしていたら後ろからドタドタと床板が鳴って、何事かと振り返る間もなく衝撃を受けて前にすっ転んだ。
「誰が狂暴よっ!?」
幸い顔は打たずに済んだのですぐに起き上がれる。何事かと後ろを見ると、うつ伏せ倒れのこちらとは逆に、バナナの皮でも踏んで尻もちをついたような体勢の猩ちゃんがいた。
状況的に考えると後ろから猩々緋式ミサイルキックを食らったらしい。
いや、ミサイルキックはコーナーポストから飛んで両足で蹴るから違うか。単なる助走つけた飛び蹴りである。狂暴はそういうトコやぞ。
なおこの方は妖怪には珍しく身体能力がぜんぜん無いので、背中どころか腰にも届かず尻の辺りを蹴られた。尻尾があったら大猿化が解除されそうな位置である。あれは打撃じゃなくて日本刀や円月めいた気で切ってたけどさ。
しかしこれは参った。耳ざとく聞かれてしまったか。
尻もちをついたまま犬歯を剥く猩々緋様をまあまあと宥めつつ、手を取って立ち上がらせる。
ナイスキック。奉納の舞で折ってしまった足はすっかり治ったようで何よりです。
「うっさいわ! あんたのせいでまた折りそうよ、この糞屏風!」
立ち上がった後は繋いでいた手をブンと離される。
乱れた着物を整えた彼女は『まだ許さないぞ』という顔で、下から屏風覗きを見上げて踏ん反り返っていた。とばり殿ほどじゃないけどこの方もかなり小柄なんだよね。
「決めた。今の無礼の報いとして、もし我が足を折ったら理由を問わずあんたの足も折るからねっ」
国のトップからのハムラビ法行使宣言。本当に実現しそうで怖いからやめていただきたい。そもあの時は疲労骨折だったから屏風のせいではないです。
むしろ頂いた手紙には踊りのお稽古を続けていると書かれていたし、むしろ前より動けるようになっている気さえする。これならきっと師匠のみずく花月に会っても叱られることはないだろう。
「もう怒られたわよ」
みずくの話が出るとそれまでの強気が一転。とてもやるせない顔をされた。
ついさっき廊下で偶然に他の姐さん方に会った事でお呼ばれし、みずくたちと再会して軽く談笑してきたらしい。
事務仕事の休憩中に甘い物でも買ってこいと、使いに出された子と遭遇したのだろうな。御前の方針で今日は他国の者でもわりと自由に城内を移動できるがための貴重なエンカウントである。
なお『他国の者にそのような』と諫めする意見が多かった模様。結果を見るにニャンコパワーで捻じ伏せられてしまったようですが。
きっとあの御方は度量が大きいのだろうね。普通はお城の構造とか防衛上の国家機密レベルなのに。
かの第六天魔王と揶揄された天下人は自分のお城を一般公開したらしいけど、白の誇るロイヤルキャッツもそのくらいの度量があるのだろう。
しかし護衛を撒くのは感心しないな、と思っていたら後ろからのしのしと呑気に黒鬼さんが追いついてきた。
弥彦様、仕事して。この子ひとりで走り回らせたら襖がいくつもあっても足りないから。もう少し身近な方が親身になって躾けて頂きたい。
「まだ言うかぁ! 躾のなってないのはあ・ん・た・よ!」
「びょ、白石、様。ご厚意に甘えてのお戯れはお控えあったほうが」
怒って組みついてくる小さい手とガップリ四つに組んでいると、さすがに不敬が過ぎると思ったらしいとばり殿からややオロオロ気味にセーブしろのお達しが来た。
いやいや、ご安心を。今この方は泣く子も黙る緋の方様ではなく、新米旅芸人の茜ちゃんなので。
「くそびょうぶぅぅぅぅぅ!」
はいはい。女の子がクソとか言っちゃいけません。仲良くお茶しましょう。
――――後でみずくたちに頼んで会わせる算段だったけど、無用のお節介だったか。
頼まれたからお金で師匠を引き受けたみずくたち。けれど始まりはどうであれ、この子とちゃんと個妖怪の絆は出来ていたのだ。
がんばれ猩ちゃん。苦難に立ち向かう誇り高き為政者よ。




