超メジャー妖怪『鎌鼬(かまいたち)』、出番終了
いつも誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
カマイタチというと、恐ろしい槍で戦う某少年漫画の悲しいエピソードが真っ先に思い浮かんでしまいます。ただ、子供心に彼らの『転ばす、切り付ける、治す』というアクションに「なんで最後に優しみ?」という疑問がこびり付いて離れず困りもしたものです。
現在は真空説が否定され、『あかぎれ』がカマイタチの正体となり、血があまり出ない理由も証明されてしまいましたが、あるいは薬の件は『何事もやり過ぎてはいけない』という戒めなんじゃないかなと思います。
取り調べというやつを生まれて初めて受けている。番屋だか詰所だか名称は定かではないが、ゾロゾロと多人数で囲まれて連れていかれた。そのわりには土間に腰かけてのゆるい聴取である。ビビリの屏風覗きだったら怪しまれてもっと厳しい取り調べになっていたかもしれない。
「見回りの、昼時だというのに飯も出んのか」
土間で長い一本下駄をブラブラさせながら嫌味を言うとばり殿はごはんを邪魔されたせいか不機嫌だ。警備らしい妖怪たちの顔が引き攣っているのが見えるだろうに抑える様子がない。ここはいらぬ軋轢を作らぬためにも、新米で下からお伺いを立てられる屏風覗きの出番だろう。
最初こそ訝しむような目を向けられたものの、こちらのほうが話が通ると分かったらしく事件についてメインで質問されるようになった。なるべく誠実に分かる範囲で答えていく。
白ノ国に対して恨みの言葉を口走っていた事や、特にとばり殿の戦闘に関しては平和ボケの屏風覗きを守るための行動であって、むやみに攻撃したわけではない事。あくまでトドメを入れてしまったのは釜で後頭部をジャストミートした屏風覗きの一発であったことを強調しておく。
いや、咄嗟というか体が無意識に動いたというか、着物ケモの鎌が横でブー垂れているこの子を狙っていると思ったら豪快にフルスィングしていた。
昨日に続き、またも腰からヤバい音がしたので城に戻ったらまず湿布を調達したい。安い物なら無料で使えるらしいし。
それにしても城下でこんなトラブルに見舞われるとは思わなかった。とばり殿の話ではあの『顔ケモ、胴ヒトケモ半々のイタチ』はスリだという。音も振動も無かったのでまるで気付かなかったが、よく見たら借りた着物の袖が一文字に切られ中身が落ちてしまう状態になっていた。少なくない血もついたし、また1着ダメにしてしまったよ。まあ血についてはスリの手を和製フレイルで潰したこの子の返り血みたいなものだけど。
あの武器を使ったのはおそらく周りに他の妖怪もいたからだろうな。紐付きなら狙いを外してもギリギリ止められる可能性があるし、敵対者に奪われにくい。やるとなったら躊躇の無いタイプだけど分別はしっかりしている子なのだ。
身を守るためには無差別でもやってしまう、どこかの人間よりよほどまともである。
血の事ならとばり殿の事だけは言えない。詰所の壁に並列で突き出ている棒系用の道具置き、槍とか木刀とか載せて飾ってそうな突起には、証拠品としてぶら下げられた血の半端に乾いた風呂敷包みのお釜がある。イタチの頭をストライクしたせいで生々しく赤黒い。ちなみにもうひとつの証拠品であるとばり殿の和製フレイルは没収されていない。イタチの鎌の方は手と同化したというか前足が変化したものらしく、死体とはいえまさか取り外すわけにもいかないのでそのままだ。とばり殿曰く、もうしばらくしたら変化が解けてじわじわ前足に戻るらしい。
「最初に一本潰しておいてよかったわ」
屏風覗きの目には過剰防衛に映った攻撃だったが幽世基準ではそうでもないらしい。何より両前足が無事だった場合、2本×3体で計6本の鎌を相手に戦うことになりかなり危険だったとの事。二刀流ならぬ二鎌流の三位一体攻撃、たしかに相当な脅威だ。適当。
とばり殿の向きからは見えていない情報として屏風覗きが目撃したのは、瞬きもしていないのに次の瞬間から件のイタチそっくりの別個体が現れたのには驚いた。まるで最初からそこにいたように血塗れの前足をダラりと下げて、もう片方の前足ならぬ前鎌を構えていたのだから。
三体を同一個体と理解できたのは怪我の状態もそっくりであった事と、これに近いものでろくろちゃんの変化も唐突なので、それを見ている分、ある程度混乱を避けられたのが大きい。しかし術というのはすごいものだな、残像なんてチャチなものでなく本当に三体に別れることが出来るとは。
本格的な超常現象を目撃したのは狐の水流を操る術以来である。ろくろちゃんの飛翔はなんというか力業っぽいので心象的にノーカン、狐の社のショートカットも術に入れていいのかイマイチ分からないので保留だ。
そして見事な『分身?』を行使した当のイタチは、無残な骸を晒して土間に置かれた板の上に転がっている。別れた時と同様に唐突に一体に戻った体は顎がゴッソリ削がれ、潰れた喉が鬱血し、後頭部が頭蓋が割れ萎むように砕けている。完全な死体だ。
『分身?』が全てが本物というなら、それぞれが受けた損害も全て持ち越さなければならないということだろうか。便利なのか不便なのか分からない術だ。どこかの少年漫画で忍者が使う分身術なら、記憶は残るが傷は受けない便利使用なのに。現実はいつも儘ならない、損も得もいつか帳尻が合うようになっている。
しかし、そうなると最後に残ったイタチは途中で死ぬと分かっていて特攻したことになる。口にしていた白への悪態も恨み以上に何処か捨て鉢に感じた。イタチは他国から来た妖怪物で、白ノ国関連で何らかの致命的な不利益を被ったのだろうか。この国は建国から栄え続け、今も手広く押せ押せで商売をやっているようだし、どこかでワリを食った商人や生産業者がいるのかもしれない。
改めて視線を落とすとイタチの見開かれたままの瞳は何処か虚空を見ているようで、こちらを恨めしそうに見ているようにも見える。トドメを刺した者として、その視線に答える言葉を生憎と持ち合わせていない。己が物言わぬ亡骸にした相手に同情を吐露できるほど異常な神経はしていないから。
こちらが身勝手に悪意を向けたならともかく、最初に悪意を向けてきた相手を返り討ちにしたからといって、さも申し訳なさそうにするなどむしろ傲慢が過ぎるだろう。片手で拝んでやるのがせいぜいだ。
あえて言うなら、あんたは狙った相手とタイミングが悪かったんだ。屏風覗き一人の時なら金を頂いてさっさと逃げられただろうに。
「これだけか。飯炊きの釜が小さいらしい」
大変、大変申し訳ない。嫌味に耐えかねた見回り組の皆さんから昼食を貰ってしまった。こういう事して出された食い物とか、ほこりやら鼻水やらかかっていそうで正直遠慮したい気分。飲みかけで放置したペットボトルにビッシリ生えたカビ水を嫌な上司や先輩のコーヒーに入れて出したとかの話は、給仕場で誰の話を盗み聞いたものだったか。未開封缶入り飲み切りが一番だよ、知らんけど。
せめて恐縮した態度を取りつつ、とばり殿の付き合いで買った水あめと飴玉を渡しておく。どちらもある程度保存が効くので買い置きしてもいいかと多めに買っていたのが役に立った。賄賂だ姑息だと言わないで頂きたい、知り合いのひなわ嬢も確か見回り組なのだしあえて心象を悪くすることもないだろう。とばり殿、こんなやつらに何を気遣っているって態度とらないで。拗れる。
「捕り物道具が気になるのか?」
不満そうなまま、それでも塩おにぎりと漬物を食べ切ったこの食いしん坊め。どうも手持無沙汰になったのか、こちらの視線の先に興味を持ったらしい。特にどこかを注視していたわけではなかったのだけど、屏風覗きの視線の先には壁に掛けられた大道具が並んでいる。
刺又くらいは判るがいくつかの道具は名前も分からない。特にやたら禍々しい棘付きのポールウェポンは捕り物道具というには物騒過ぎる。
「あれは袖搦だ。やがらもがらとも言う」
や、なんて? はともかく名前の通り棘で相手の服、袖などを絡め取って引き倒したりするれっきとした捕縛道具らしい。拷問器具か何かかと思ったわ。実際抵抗する相手には必要に応じてあれで応戦することもあるだろう、全体的に人権軽視の厳しい幽世で、いちいち得物を変えて優しく対応なんてしてはくれまい。となればあの三鈷杵と釘バットの合体事故みたいな先端でブッ叩かれることになるわけで。傷口、エグイ事になるだろうな。
非人道的と呼ばれ規制している国も多いショットガンと、果たしてどちらが酷い傷になるだろうか。興味本位でネットの画像を検索し、とてつもない精神的ダメージを負ったことのある屏風覗きは声を大にして言いたい。やめとけと。特にブツブツ系が苦手な人は絶対やめたほうがいい。自分の体に一生視界に入れたくない傷が出来上がるという悲惨な世界、軽々しく見ていいものではなかった。
そんな恐ろしい傷を作れそうでいて捕縛用のこのアイテム、元は水軍、海賊が水面に浮かんだ戦利品や死体を引き上げるのに使っていたサルベージ用品なんだそうな。まあ家庭で使う皮むきピーラーとか擦り下ろし器とか、拷問に使えば武器よりよっぽと恐いことできるしね。
しかし、やがらもがらってどういう語源なのだろう。音の響きは袖搦のほうがきれいなのに、やがらもがらという名称から感じる得体のしれないパワーのせいでこっちでもいいなと思ってしまう。恐るべし、やがらもがら。
なお観念して食べた薄塩おにぎりは普通サイズで、塩に漬かりまくったカツオブシ入りのたくあんと一緒に食べると塩加減もちょうどよかった。主に量が。
思わず前書きが長くなりました。あの漫画のカマイタチ、好きなんですよね。好きだから自分の書き物では活躍させられない(泣)