母の立つ場所
誤字脱字のご指摘をありがとうございます。
春はたまの贅沢とお高いイチゴを食べると幸せ。お取り寄せとかではなくてスーパー売りのやつですけど。
では答え合わせを。
口の中にわずかに残る抹茶のサラリとした苦みを感じながら口を開く。出来ればお水がほしいところ。緊張してもう喉が渇いてきたよ。
まず話の始めとして八割ほど当たりがついていた事を打ち明ける。打率八割なら球界で引く手あまた、いや追放レベルかもね。球界のゲームメイキングが崩れそうだし。
「勿体ぶるんじゃないよ。その当たりをつけた理由をお言い」
そこだけ聞きたいんだから余計な話はするな、お喋りめ。
などと酷い言われよう。まあ話は単純明快が美徳なのは屏風覗きも頷くところです。校長やら社長の長話なんて誰も聴いてないもんだ。あんなもの誰が考えた恒例行事なのやら。
まずひとつ。黄金様が急に参られた事で、なんとなく『意趣返しに参られた』のだろうなと考えていた。
そのうえで屏風覗きが参加する茶席に、あろうことか黄の先代様ほどの方が加わったとの話を聞く。
加えて飛目ちゃん様までもご出席。何をしたいのかはもう分かる。
なので予め牛坊主様と打ち合わせをしておいたのだ。もしも屏風が見破れない場合に備えて、どちらがどちらかを視線で教えていただけるように。
ここで初めておふたりに呼ばれたとき、チラリと牛坊主様に目線をやったのは『身分が低い自分が応対してもいいですか?』という確認だけではなかったわけです。
「はっ! 急戦で引っかけたつもりが最初から手の平かい」
共謀していたと知られた牛坊主様が黄金様にジロリと睨まれ、さもすまなさそうに苦笑を返す。しかしその実はどう思っているのやら。
いくら急遽滑り込まれたとはいえここは白の領地で、この茶の席だって白が主催。多少なりと対策も出来る。
角道空けても叩き合いになるとは限らない。銀将金将パチリとあげて、行く手を塞げば歩も取れぬ。恐るべき角駒だってうかつに陣地へと入れないものです。
by手長様。あの方とたまに将棋するけどぜんぜん勝てないの。最初は全駒までされて泣きそうでした。いたぶらないで早よ止めを刺せやと叫びたい。
――――保険でとばり殿にもお願いしていたけど、明かさなくていい手札を出すほど間抜けではない。
というかとばり殿までこのお婆ちゃんに睨まれたら大変だ。秘密秘密。
「ずるーい。いしちゃんずるーい」
何もズルくありません。そちらとて共謀していきなり問いを出してきたのだ。ならばこちらも助っ人のひとりふたり出していいはず。釣り合いは取れるはずです。
だから座布団ごとにじり寄ってきて足の先でツンツンしないのギャルB。スカートの中見えちゃうから。はしたない。
「あなたは相も変わらず口が減りませんね」
ここまで傍観していたお茶の師匠たる東名山様にまで、ボソリと嫌味を言われて激しく遺憾。
こちらとしても楽しくお茶だけ出来ていれば良かったんですがね。いきなりキツい手札を出されては返しの札とてキツくなるものです。
ちなみにお茶をいただくときも要所要所でジロリと見られてしまったよ。
たぶん人前で無ければ先日の特訓の時のように、師からなってないと叱られていたと思われる。成長しない弟子ですいません。
「あんた、今のは答えになってないじゃないか。こちらの蝦蟇殿に正体を見破らせた事と、あんたの言った当たりの八割は別の話だ。誤魔化すんじゃないよ」
手品の一番の種を明かしてもう終わった気分でいたのだが、黄金様はどうも不服であられるようだ。決定打より八割の一言が引っかかるらしい。
見ると全員から『早よ言えや』みたいな目を向けられていた。
牛坊主様やひょうとくさんからまで。うーん、そんな大した種でもないのだが。
理由はとある番傘の御母堂様との対比だ。
要領を得ない、という顔をされる全員にもう少し話を付け加える。
知っての通りろくろちゃん、いや轆轤様は白玉御前のお母上。義理であっても血の繋がり以上にあたたかい母と娘の関係であられる。
翻って、そんなあの方に対して黄金様も同じく宝僧院月目さまの御母堂様。
だがこのふたつの家族にはその身を取り巻く大きな違いがある。
すなわち、白は初代。黄は二代。
白玉御前様こそ白ノ国を興された御方。轆轤様はお母上であっても初代ではない。
心情的には目上。だがしかし、己が育ての親であっても轆轤様は娘に対してあえて下の立場を取られる。少なくとも公の場では徹底してそうなされる。
なぜか? 愛する娘こそ国の頂点だと内外に示すためだ。娘こそがこの国を作ったと誇りに思っているからだ。
――――対して黄ノ国。あなた様は如何か? 初代君主、宝僧院黄金様。
無礼を承知で正面から瞳を覗き込む。
わずかに、その瞳を逸らされた。
娘に代を譲っても。隠居しても。あなた様が初代であることに変わりはなく、あなた様自身も『国興しの傑物』としての自負があるのでは?
ならば、そんなあなたが娘より下の席につくはずもない。
あなたが上座だ。
「決めつけるね。気紛れで娘の下につくかもしれないじゃないか」
それはない。こんなところにまで仕返しにくるような面子大事の妖怪が、自分を娘の下に置くなど出来はしない。
たとえ気安い茶の席であろうとも。国を興して背負ったものを思えば、誰にだって頭など軽々に下げられぬ。
それが初代というもの。誰かから受け継いだのではない。あなたの興した国。自分たちの血と汗で勝ち取った宝物だ。
金で測る黄ノ国で、もっとも価値の高いこの宝を無碍にするわけも無し。
娘が自分以上の度量を見せぬ限り、たとえ跡目を譲っても下座につけるわけがない。
言いたい事はこれですべて。穴だらけの理論というならご自由に。
―――――微かに逸らされていた視線が再びかち合う。
その目は金貸しの黄金ではなく、一国の君主の迫力があった。
「じゃああああますんでえ! 茶席に干物鼠が入り込んだそうやないかぁ!」
かすかに黄金様の口が開きかけたとき、スッパーンといういつもの音を鳴らして襖が開けられた。
なお茶の席と言ってもここは『茶席』では無いので、茶道元祖のお方が喜びそうな小さな出入り口とかではない。普通サイズの襖に普通の和室である。
おっそ。あと数分早く来てくれれば有耶無耶になったのに。
たぶんあちこちで『黄金様と鉢合わせるとヤベえ』と、勇士たちが妨害とか引き留めをしていたんだろうが。だがこのケンカっ早い姉はそれをぜんぶ蹴散らしてここまで来たんじゃないかな。
「――――なんやこの空気?」
目の前にいるママ友が一向に挑発に乗ってこないのを訝しんだろくろちゃんが、『ん?』という感じに首をかしげる。
打てば鳴る鐘がいつも通りゴーンと音をさせず調子が狂ったのだろう。気炎を上げるタイミングを外された姉は場違いな空気を察し、軽く部屋を見回すとなぜか屏風覗きにカチリとロックオンした。
いや、ここは茶席の亭主である牛坊主様に問う場面では?
「この面子でなんかあったら原因は兄やんやろがい」
酷い言われよう。弟に対するマイナス方面の信頼感が半端ない。
「金、まぁた兄やんに絡んどるんか? 懲りんのぉ」
さあ来いやと言わんばかりの再度の挑発。
しかし、それでも目の前のギャルAは動かなかった。
言い返すわけでも飛び掛かるわけでもなく、ただまじまじとろくろちゃんを見つめる。
敵意ではないが、少しだけ悔しそうに。
「な、なんや自分。なんか変やぞおどれ?」
その態度にだんだん気味が悪くなったか、姉もさっきまでのゴング待ちの体勢から急速にトーンダウンした。
「参った」
しみじみと。畳に沁み込んでいくような一言を呟いて。黄ノ国の初代様はろくろちゃんから視線を切って深く溜息をついた。
娘の統治のために出しゃばらず。ただ娘と国の窮地には命を賭して戦う自分と同じ母親の姿に何を思ったのか。
それは子を持たない屏風には本当の意味では分からないだろう。
そうして『は?』という顔で大困惑をしたままのろくろちゃんを置き去りに、二席目の茶席はなし崩しで閉幕となった。
「いや! ぜんぜん分からへんのやけど!? 何? 何があったんこれ!?」
ああ、偉大なるもの、その名はカフェイン。抹茶カフェインのおかげでもう少し頑張れそう。次なんでしたっけ? とばり殿。
「おまえ、いやもういい。次は赤の方――――ではなく茜という旅芸人、だったか? それと白雪様と飛目様だ」
飛目ちゃん様は母上の乱入で予定が狂って連投か。お互い大変ですなぁ。事前にトイレに行く事をお勧めしたい。もちろんセクハラになりそうだから言わないけど。
「おぉう! どいつもこいつも無視すなぁ!」
<実績解除 シングルマザーの理解者 1000ポイント>




