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白ノ国露店寿司、一貫(一個)約80グラム也

 中周りは庶民の町でありながら道行く妖怪()たちの身分がとかく上下で激しく入り混じる、城下でもっとも妖怪々(人々)の姿が混沌としている区域だ。


 なにせ奥周りは人型がほとんど、外周りはいかにも妖怪といった姿が多いのに対し、中周りは人型、ケモ、着物ケモ、異形がゴチャゴチャに闊歩し過ぎていて正気度がむしろ削られない。注目すべき場所が多すぎて考えるのが面倒になり逆に落ち着いてしまうくらいだ。


 しかし種類より驚くべきはそんなカオスの中でも、他ならぬ町の住人の良識によって秩序が保たれているということだろう。お酒一杯引っかけるにも上の者は寛容を、下の者は遠慮を自然と使いこなし、無用な騒動を起こさぬようそれぞれが己の身分なりに自然と気を遣っているのだ。中周り全体が『身分でどうこうと言う事自体が無粋』という独特の雰囲気を持っているように思う。


 とばり殿が一番居心地がいいというのも頷ける。世話焼きのおばちゃんみたいなアクティブな気遣いは時に鬱陶しいだけだが、誰とは言わない何気ない静かな気遣いは万人にとってありがたく優しい気持ちになるものだ。


「こちらおまけです、持ってってくんろ」


「おお、ありがたい。頂こう」


 日用品の買い付けに繰り出した屏風覗きにわざわざ付き添ってくれたとばり殿だが、得意分野がもっぱら『食い物系店舗』らしく雑貨屋1店舗を紹介してくれるまでに8店舗は食い物系を紹介してくれた。この子はとにかく香りに弱いらしく、香ばしいにおいを嗅ごうものならフラフラっと店に寄っていく。そうなるとお得意様は逃がさんとばかりに店舗側も声をかけてくるという寸法だ。

 他の店舗に顔を出しているとばり殿を目敏く見つけ、視界の端でここぞとばかりにたれを塗りたくり団扇(うちわ)を叩きまくるお猿(ニホンザル?)の蒲焼き屋の姿は堂に入っていた。間違いなくこの界隈の常連だわ。


「ん」


 突き出された串には揚げたばかりの小さめの天ぷらが刺さっている。お主、屏風覗きの胃の決壊がご所望か。朝飯ちょっと歩いたくらいで解消する量じゃなかったでしょう。ひなわ嬢の分まで食ったんだぞ。


「ん」


 ダメだ、ネコミミ米将軍と同じ気配を感じる。食い物に関して幽世はひたすら真摯だ。現代日本のフードロス事情を知ったらマジギレで戦争を仕掛けるんじゃないか?


 ほぼヤケクソで一口に天ぷらを食べる。タレを潜らせしなっとした衣は醤油ともめんつゆともつかない、近いけど違う食べたことのない味がついている。タネは貝か。


「馬鹿貝だ、うまかろ」


 寿司ネタで言う青柳(あおやぎ)か。今朝のあさりもおいしかったし、貝はやはり熱を通したものが好みかな。とばり殿はこちらがひとつ食べ終える前に、ブリやハマチ、車エビ、といった海鮮の天ぷら串を次々と平らげ、最後にかき揚げゴボウで締めていた。フードファイターかな? 待って、この上でテラッテラの蒲焼きは待って。計画通りって顔するなこの猿店主(おさる)ッ。




「ではまた」


「へい、近いうちにまた参りやす。屏風様も、そのときはぜひ御贔屓(ごひいき)に」


 買い食い道楽もようやく終点か。不案内な土地で善意で付き合ってもらって思うことではないが、ちよっと余分な店を回り過ぎでしょう。


 天ぷら、蒲焼き、寿司かんぴょう、水ようかん、くず餅、饅頭、水あめ。驚くべきことにこれらは全部屋台の食べ物だ。特に寿司は驚いた、かんぴょうはまだしも刺身系まで置いてあるのだから。さすがに保存のためかヅケにしてあったが。あと1個が地味にデカい。狐の稲荷寿司は現代基準の大きさだったのに、こっちは見ただけで判別できるほど大きい。さながらビックサイズの食品サンプルみたいなオーバーさに圧倒されてしまう。

 実際はそこまでじゃないが、受けたイメージ的にはまるで昭和あたりに流行った男の子用の筆箱みたいだった。これはとにかく量を食べたい食いしん坊にはたまらないだろう。


 最後に回ったのは文字焼きという露店。『もんじゃ』ではなく『文字』、温めた鉄板の上に小麦粉のタネを引いて『寿』や『祝』なんかの縁起の良い文字を書いて焼き上げる。飴細工芸に代表される店頭芸がセットのお店だ。作り置きした文字焼きは店頭の囲いに突き出た杭にキーホルダーのように引っ掛け、店前の宣伝オブジェにもなっている。


 遠ざかる店舗からは未だ後ろ髪を引くように香ばしいにおいが漂ってくる。チリチリと小麦粉のタネが焼けていく甘いにおいは空腹なら堪えられない魅力があるだろう。空腹ならな。


 そしてこの文字焼き屋の店主はビーバー(ガチケモ)。九段峠で見たあのビーバーらしい。サボテンステーキみたいな平たい尻尾とげっ歯類にふさわしい前歯、まさに文句のつけようがないビーバーだった。


「びいばあ? 文字焼きの海狸(かいり)のことか」


 和紙で包んだおみやげ分とは別に歩き食い用に買った一枚をパキッ、と割って早速ザクザクと齧るとばり殿は屏風覗きの言葉に海の狸と書いて海狸(かいり)海狸(うみだぬき)でも間違ってはいない。ともかく海狸(かいり)という経立だと付け加えた。


 幽世ではビーバーをそう呼ぶのか、和名かな。考えてみればキリンやマングースのような外来種にもたぶん和名があるだろう、幽世固有の名称ではないのかもしれない。この辺もいずれ聞いておいたほうがいいかも。そちらのアルパカ様はご在宅でしょうかとか聞いたら幽世では理解してもらえない可能性が高い。あとふったちとはなんだろう。


()て立つと書いて経立(ふったち)だ。年を経て妖怪となった獣はだいたいこう呼ぶ」


 なるほど、現代なら二本足で立つ動物程度ならそこそこ動画なりに上がってキャー可愛いで済むが、昔の人にとって獣が二本足で立つ、人並みの知恵をつけるというのは恐ろしい異常事態だったんだろう。それこそ妖怪と思ってしまうほどに。


 何せ人間が獣にしてきた仕打ちは非道極まる。肉を食い、皮を剥ぎ、住処を追い立て、気まぐれに殺してきた事を思えば、もし獣が知恵をつけたときどんな報復をしてきたとしてもおかしくはない。


 つまり『してきたことを理解している』からこそ恐ろしかったのだろう。実際に妖怪の恐いエピソードで共通するのは『食い殺す』『皮を剥ぐ』『気まぐれに暴れる』『住処を奪う』だ。


 何の事は無い、全て人間のやってきた裏返しなのだ。やり返されたら堪らないというわけだ。むしろ獣と区別することで紛らわせていたのかもしれない。ただの獣なら大丈夫と。


「ん」


 粉モノは腹で膨らむんですけど。まあ割った半分だし、これで最後ってことで。


 味はバッサバサのプレーンクッキーという感じ、一口で口内の水分が残らず持っていかれた。とばり殿曰く、あの店は鉄板によく油を引くので他よりうまいらしい。


 タネにバター等が入ってないので、ちょうどその代わりになっているのだろうか。一応チーズやバターは江戸時代以前に伝来しているはずなのだが、とても高価な上に長きに渡る仏教の教えの影響で生臭モノにカテゴライズされてしまったのか、臭いと大衆から敬遠されてイマイチ馴染まなかった。湿気の強い土地柄腐りやすいって事情もあるかな。


 その仏教をして乳の加工食品は醍醐(だいご)という味覚の最高峰として珍重されていたらしいのに。まあ現代でも乳製品が苦手な人はいるけど。ビーバー氏にはいつか洋菓子にチャレンジしてほしい。


 今回は白玉御前の帰参に合わせたが、本来は祭りのある国を定期的に巡回する流しの露店だとビーバー氏は言っていた。


 隣りを歩くちいさなお節介焼きが、明日はもう赤ノ国の祭りに向けて発ってしまうのでしばらく食い納めになるから、と(うそぶ)き在庫を買ってやっていたのは本当に言葉通りのことか聞くのは野暮ってものだろう。


 なお当初に予定した日用雑貨は一旦保留した。包丁とかヤカンとか、金属製品クッソ高いでやんの。


<実績解除 食い倒れ 1000ポイント>

<実績解除 現実爆発しゅろ 3000ポイント>

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― 新着の感想 ―
[一言] 美味しそう。 露店のやつってなんであんなに食欲を刺激するのだろうか? 露店によくあるお好み焼きやたこ焼きの描写がないけど、まだ存在してない? どこかのお米魔神が、米使ってないから導入させて…
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