掃除機に吸われてモップみたいになった動物動画で癒されたら末期
「はいはいはいー、箒が通りますーよー、退きましょうねー」
掃除のためか全ての襖の開け放たれた大広間の横を通ったところで居てはいけないはずの方を目撃した。
サッサッと軽快に箒をかけつつ白い足袋を履いた足を使って畳に倒れ伏す泥酔者たちをグイグイ押しのけている、ちっちゃい仲居さんファッションのモコモコヘアー。きつねやの白雪様がいらっしゃる。
ボリュームのあるフワフワの真っ白い毛は広間に入り込む日差しを受けて、まるで本当にキラキラしてるようだ。
掃除という地味でありながら疎かにできない尊い労働をする姿は、権力者がよく描かせるお高く留まった肖像画よりもずっと生き生きとして美しさを感じる。
ただその下で彼女の手首についた鈴が鳴るたびに泥酔者たちがビクビク痙攣するのが、何というかちょっと台無しだが。
あんな状態になっても反応する姿に涙を禁じ得ない。苦しい時ほど心が試されるというし、この酔っ払いたちの忠誠心は本物なのだろう。ひどい絵面だけど。
「おはようごさいますー。みんなお寝坊さんですねー」
ピコリ、と頭のネコミミの片方をこちらに耳を向けて先んじて挨拶されたので恐縮しつつ返す。この場合どういうスタンスで話せばいのだろう。目上でも目下でもしっくりこないし、『城の女中さん』という対応でよろしいのでしょうか。
とばり殿は条件反射で挨拶こそ返したがフリーズ、ひなわ嬢は起きてからもまるで酒が抜けていないせいかゾンビのように死に体で、白雪様の言葉さえ聞こえていないっぽい。
次の瞬間にはリバースしそうな状態なのに無理やり(とばり殿が)連れてきたからなぁ。朝飯食いっぱぐれるのは可哀そうという善意なんだろうけど、今のコンディションではたぶん死ぬほど大きなお世話だろう。
とばり殿の中で『飯抜き=不幸』という図式が強固に成り立っていて、自分の事のように他人のひもじさを心配してしまう優しい子なのだ。善意だからこそ厄介極まるとも言える。
いつもの口八丁で逃げられそうなひなわ嬢が観念して付いてくるのもその善意を無下にできないからだろう。
つまり、なんのかんのでこの子も優しいんだろうね。
ならばここは体調もそこまで悪くないお伽衆の出番と、ちょこちょこモコモコと可愛く動き回る白雪様の会話を積極的にインターセプトしてみる。
彼女の足元は掃除機に吸われたまま平気でいる猫みたいになったケモい酔っ払いがくっ付いているが、当人が気にしてないならスルーすべきだろう。あ、蹴り飛ばした。
「今朝の汁物はあさり汁ですよー」「まだご用意できますからー、たーくさん食べてくださいねー」「お櫃、いくらでもありますからねー」
予想通りなんでここにいるのか等の話をしようとするとふにゃふにゃはぐらかされる。相手の事情を思いやってこの件については追及することを断念しようと思う。
決してOHITSU、という単語の声質に込められたものに恐怖したからではない。
朝食を頂けるとあれば是非もない、強烈に匂い立つ白米の気配に微妙に気後れするが、今から作るよりいいだろう。第一かまどなんて使ったことがないから一から十までとばり殿に聞かなければ飯炊きも出来ない。本調子じゃない子に要らぬ苦労を掛けるのは忍びないというものだ。
ひなわ嬢は論外、飯よりもんじゃ的なナニかが出てくるほうが早いだろう。
他に誰もいない広すぎる大広間を三妖怪と一人だけで占領して、なんとも贅沢極まる環境で朝食になった。メニューは白猫城の宴後にだけ出るという、一期一会の賄い料理。
主菜は焼き目バッチリのサバと長芋の焼き物、新鮮な刻みネギが散らされて茶色ばかりの皿にも彩りがある。塩が辛目のサバにねっとりした長芋が絡むとちょうどいい。
副菜はきのこたっぷりの筑前煮。きのこが己のうま味を出しつつも、ほかの野菜から溶け出したうま味もよく吸っている。特に煮崩れ寸前の人参がおいしそうだ。
脇を固めるのは細切り塩昆布入りの白菜の浅漬け、あくまで爽やかな面持ちでありながら、箸休めのわき役に飽き足らず昆布の力でつい飯を一口運んでしまう、実にいやらしい品に仕上がっている。
汁物はあさり汁。昆布愛再び、昆布の出汁をベースに肉厚のあさりを口いっぱいに感じる素直な醤油風味の一杯だ。上に乗せられたささやかな三つ葉の青が、朝って感じで気持ちいい。
もちろん炭水化物は山盛りごはんである。ああ人よ、畏れ敬え。霊峰白米山。
おひつの横でしゃもじ片手に尻尾をニョインとくねらせる白飯大魔王の前では、無力な人類は恐怖するしかない。
小刻みに震える箸から感じる限度いっぱいいっぱいのひなわ嬢では汁しか手を付けられまい。とばり殿と二人で最後まで奮戦した。正直、レースよりキツかったかもしれない。
食休みを兼ねて緑茶片手にとばり殿へ住まいの相談をしていたとき、食器の片付けで出て行ったはずの白雪様が開け放たれたままの襖の下の方からにゅっ←とスムーズに顔を出した。スケボーにでも寝転んでいるのかこの方は。
「屏風様は城住まいですよー?」
正確には城の敷地にある離れの住居のひとつが屏風覗き用に宛がわれるとして、昨日の朝には掃除もされて布団も入れられ最低限泊まれる状態にしてあったという。
昨晩は夜も更け酒も入っていたので客間泊まりになったのだろう。さすがにとばり殿、ひなわ嬢と往復で外の離れまで連れていくのは骨だし助かった。
では早速行ってみようと立ち上がると、白雪様が帯から取り出した一枚の厚みのある札を渡された。
白い組紐を付けた硯みたいに分厚い代物で、全体は艶のある黒、外枠がケバい金色に塗られている、特に文字は書かれていないが白色でガマズミの紋が入っていた。
『止口札』というらしい。これを見せれば城のだいたいの場所は警備に咎められずに入れるという、一種のフリーパスのようだ。
他者に貸さない事、失くさない事、そして絶対に奪われない事、とこちらの目をジッと覗き込みながら言われた。
猫らしく縦に黒目が伸縮する瞳孔は、今更ながら彼女が妖怪であると伝えてくるようで少し恐かった。
とばり殿にだけお付き合いしてもらってやってきました新天地。離れの住居というのは城の城壁にくっ付くような、敷地のかなり奥まった場所にポツリとあった。
いつもの山伏姿に着替えたとばり殿はこの短時間で体調も万全になったようだ。こっちはバッドステータス『胸やけ』が追加されたというのに。『内丹術』というのは消化能力も引き上げるらしい。
なお食後もポンコツのままで戻らないひなわ嬢に関しては、一旦先ほどの客室に放り込んでおいた。体調が辛いだろうが真面目っ子に再発見される前になんとか逃げてほしい。
目の前にあるのは茅葺き屋根と呼ばれる、主にススキなんかを細かく組んで作ったミノムシみたいな屋根が特徴的な平屋の一軒家。
もっと雑多な感じの訳ありで寝泊まりするプレハブ住宅、昔の長屋のような建物をイメージしていたので予想外。今にも隠居暮らしをしている剣術家のじいさんあたりが出てきそうな雰囲気だ。
そういえば一室ではなくひとつと言っていたな、文字通り一軒なのか。内装は入ってすぐに囲炉裏のある板間の8畳ほどの一室、その前の土間には調理スペースと連結されたふたつの釜土がある。
奥は畳敷きの12畳部屋が1部屋と6畳部屋が2部屋あった。厠は外で風呂は無いが十分立派な家と言えるだろう。
「これは、見事な」
先ほどから一言もなかったとばり殿が呆けた声で感想らしいものを零す。たしかにスゴイが一人暮らしには持て余しそうで実は困っていると知られたら怒られそうだ。
一人暮らしなんて六畳一間でも掃除が面倒なところにこの部屋数、これを日々手入れするとなると余裕で半日は消化してしまうだろう。どうせ日中は下界に行くのだし賃金が貰えたら家事のお手伝いさんでも雇うしかない。汚屋にでもした日には立花様あたりに首を切り飛ばされてしまう。
「お許しがあれば二人まで同居してもいいですよー。ウヘヘヘヘー」
いつから居たネコミミッ。