白ノ国の銘酒三選『猫撫 アルコール度数25』『白蔵主 アルコール度数37』『白米王 アルコール度数45』
朝から頭痛がする、その程度で済んでいるとも言える。とにかく昨日の宴は酷かった。
きつねやの失敗から学んで勝手に出歩かず、まず誰かいないか声を出したらみんな大好き猫ちゃんこと黒の頭巾猫(目元が白の黒猫)が来てくれたので台所で鉄瓶を借りてお水を頂いてきた。
表面が鋲打ちしたみたいにボコボコしている昔の戦車みたいなタイプで、欲張って大き目のサイズを選んだので重い。
途中、廊下で倒れ伏す泥酔者たちの顔色は人型はもちろんケモでも判るくらい悪くて引く。
頭巾猫氏に介抱しなくて大丈夫か聞いたが、大丈夫でしょうということなのでそのまま通り過ぎる。これだけ死屍累々でも酸っぱい臭いのする物体はぶちまけられていないのがむしろ不思議だ。
「この城でおう吐など許されませぬ。いえ、御前は許されるでしょうが、己が許せなくなりまする」
どうも忠誠心厚い妖怪たちのは、どれだけ泥酔しようとも敬愛する御前の城では絶対吐けぬと思っているらしい。ひとりたりとも戻していないというのは偉業だが、その分さらに体調が酷いものになっているようだ。
素直に厠あたりで吐けばいいのに、下手したらアル中で死ぬぞ。妖怪が酒で死ぬ話は数あれど、アレは酔ったところを殺されたって話ばかりだからもっと情けない死に方になる。
関係ないが、この頭巾猫氏は年若い感じのお兄さん声だった。
腐乱犬氏の件で猫も死体を操っているのではないかと疑ってしまったが、呼吸しているしどうやら生身のようで一安心。妖怪が生身ってカテゴライズでいいのか知らんけど。死んでから蘇った系じゃないことを祈る。
猫氏に礼を言って別れた後、到着した部屋の襖をそっと開ける。
昨晩借り受けた10畳ほどの質素な一室にはとばり殿とひなわ嬢。大広間から退避させた状態のまま布団の上で死体のように転がっていた。どちらも掛布団を被らず寄れた着物がはだけてはしたない。しかし今はしょうがないだろう。寝ゲロしてないだけ立派だ。
とばり殿は青い顔で膝を抱えるように丸まった胎児姿で、まあ普通の寝相。ひなわ嬢は重傷者が事切れた直後のように体を投げ出しっばなしで、目を薄目どころかクワッと開けてヘソ天で寝ている。不気味だ。
こちらも酔っていたので途中から記憶が曖昧だが、お酒で顔真っ赤になったとばり殿が屏風覗きとひなわ嬢を相手に完全勢い任せの説教をしてきたのだけは覚えている。
内容はアルコールと一緒にスポーンと抜け落ちてしまったので記憶に無い。もしくは説教自体が支離滅裂で頭に入らなかったのかもしれない。とばり殿はお酒弱くて絡み上戸の説教上戸のようだ、真面目な子だし色々溜まってるんだろう。
しかしそのおかげで、ただでさえ目力の強いのにお酒でいよいよ目の座ったとばり殿が、おちょこ片手に怪気炎を上げてくれた結果こちらをチラチラ見ていた他の妖怪が近寄ってこなかったのは正直助かった。
足長様(経由の手長様からかもしれない)から頂いたとっくりの中身は焼酎だったし、宴で出された他もそうだとすると何本も飲んだらこっちが倒れていた。
無理に起こすのもかわいそうだし、二人が目を覚ますまで『スマホっぽいもの』を再確認してみようか。
まず実績、昨日の<ロケーション発見>以外は無し。相変わらずポイント貧乏続行中。続いて気になっていた意識だけでのショートカット機能、やはり成功。手を使わずともキューブ仕様画面になる。
さすがに決定はタップの必要があるようだが、これはむしろ安全装置として必要な機能だろう。思っただけで課金してしまうシステムとか破産まっしぐらだ。
次に新しいカタログや購入できる商品、ヒット。
〈カタログの購入にはポイントを消費します いぇーす/NO 拝借500ポイント〉
これって実は誤字でなくワザとじゃないのか? いぇーすって。まあいい、脳内修正すると決めたのだ。何も言わん。
<建築会社『EGG』 YES/NO 拝借50ポイント>
<警備代行サービス『SPRIGGAN』 YES/NO 拝借60ポイント>
<電子鍵屋『0000』 YES/NO 拝借150ポイント>
おお、宿泊施設以外が来た。悪魔の服飾店を除けばこれが初の他ジャンルになる。しかし、どれも今すぐ必要なものじゃないのがなんとも残念。
コンビニとかスーパーとか万人が欲しいジャンルを華麗にすり抜けている。あと拝借ポイントが何気に高い。これまでは全て20ポイントだったのに。というかコレ、どういうジャンルなんだろう。あまり関連性がないように思える。解放の条件もよく分からない。
『電子鍵屋』に驚くのは今更かな、元より幽世との科学レベルは天地の差だ。もしかしたらこのカタログで行ける場所は地続きでない、まったく違う世界なのかもしれない。
あ、時刻。時計機能がついてる。今時当たり前の機能だけどこれは素直にありがたい。待ち受け表示ついでとか、他のアプリの邪魔をしないよう画面端に表示とかされずに時計機能として呼び出さないといけないクソ使用だが。
なんでこう、この『スマホっぽいもの』は残念なのか。こんなだから『ぽいもの』が取れないのだ。こやつめ、残念同志で妙に親近感が沸いてしまうだろう。
他は特に変わっていないと結論したあたりで小さな呻きと寝返りの音がした。どうやらとばり殿が目を覚ましたようなので、上半身を起こしたあたりで持ってきた水を湯呑に注いで渡しておく。
こちらを見たまま10秒ほどぼんやりして、何かに気付いて口を開こうとした矢先に頭痛や気持ち悪さが襲ってきたのだろう。だいぶ苦しんだ後にやっと水を飲んでくれた。
同衾、という言葉がボソリと聞こえたが布団は四組あったのでひとりひとり別々だ。安心して頂きたい。イエスショタ、もといノーショタノータッチ。
「気を整える、少し待て」
飲み干した湯呑を置いたとばり殿はそう言って、胸の前で指先を複雑な形に絡めて深い呼吸を始めた。時間にして30秒ほどだろうか、青白い顔色にじわじわと血行が戻っていくのがはっきり分かって感心してしまう。
それにしても『気』とか、漫画好きなら思わず反応してしまう魅惑の単語でしょう。
まだ本調子ではないようだけど、だいたい体調が戻ったとばり殿は『気』に食いついてきた屏風覗きに訝しむような視線を送りつつ、知りたいのならとごくごく簡単に説明してくれた。
この子の使う『気』は『内丹術』という、特異な呼吸で己の肉体自体に影響を及ぼすものらしい。普段から膂力を大きく高めたり、一時的に極めて頑健な肉体を獲得したり、解毒などを早めたりも出来るという。
術と書いてあるがこれは術、剣術とかに代表される純粋に技術サイドの肉体操作のようだ。現代アスリートも科学的に呼吸法を取り入れていたりはするけど、オカルトとはまた違う未知のジャンルっぽい。
少なくとも呼吸程度で子供が大人を担いで何十メートルも跳躍するとか現代で聞いたことはない。まさにファンタジー使用の能力じゃないか。
私は術はからっきしだがこれだけは負けん、と若干ネガティブが入った自慢を頂いたのがちょっと物悲しい。立派な取柄なのだから胸を張ればいいのに。褒められ慣れてないのかお世辞と取られてしまうのか、どんなに称賛してもプイッと顔を背けられてしまうので困った。
「なんでこいつがいる?」
ほめ続けた成果か、なんとか態度が軟化してきたのでもう少し聞こうとしたとき、とばり殿は初めてひなわ嬢が寝ていることに気が付いたようだ。渋柿でも齧ったような顔で布団に転がるもうひとりを見下ろし、なぜか屏風覗き側に刺殺の目線を向けてきた。
昨夜は酩酊状態だったし記憶に無いか、とりあえず不埒な真似をするために連れてきたわけではない。そこは分かってほしい。そもそもとばり殿が飲ませ過ぎたのが原因なのだから。
この子は昨晩の説教中、ずっと右手におちょこ左手にとっくりを確保していた。そしてまず自分が飲み、次にひなわ嬢に突き出して有無を言わせぬ迫力で飲ませるというデスループを繰り返したのである。
屏風覗きには宴前に自分で言った言葉を覚えていたのか、最初の一本以外は飲ませなかった。ひなわ嬢がヘルプの視線を寄こしても、無力な偽妖怪にアレはどうにもならなかったと述懐する。
ひなわ嬢が潰れてすぐ追いかけるようにとばり殿も眠り。あのまま大広間に転がしておくのもかわいそうだと思って助けを求め周りを見回したが、なぜか誰も介抱に近寄ってこないのでとばり殿とセットで屏風覗きが引き受けたってだけなのだ。二妖怪にはお世話になってるし。
段々と記憶が戻ってきたのだろう、寝起きで乱れた前髪パッツンのオデコを押さえてやっちまった、という表情になっていく。いつも頑張っているこの子ならたまに発散するくらいなら問題にならないと思うが、とにかく真面目な子なので失敗の踏ん切りは大変のようだ。
「分かった。ともかく起きよう、だいぶ遅いが朝飯の準備をせねば」
言うや寝ているひなわ嬢の帯を無造作に解きだしたので後ろを向く。この辺りか、という言葉の後ひなわ嬢から聞いたことのない弱った獣のような変な声が上がった。たぶん気つけのツボでも押したのだろう。