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別視点。とばりは気分がすぐ気配に出る

 千里の距離をも一日の内に進むことができる『大返しの橋』を用い、とばりを含む御前一同は予定より早く城下へと到着して昼七つの鐘(夏季・午後3時)の前には城に入っていた。


 西門から城下に入った御前一向に町人たちはたちまち色めき立ち、火事か祭りかという大狂乱の歓迎ぶりで混乱が起こるほどだった。

 配下の末席としてとばりも大いに誇らく、町を練り歩く姿勢も自然と胸を張ってしまって今思えば少々気恥ずかしい。


 ああいった場面でこそ曲者を警戒するべき立場だというのに、まだまだ精進が足りない未熟者だ。


「とばり様、お疲れでございましょうか?」


 どうせ今宵に開かれる帰参の挨拶で着替えるのだからと、旅支度を解く前に守衛組詰所に顔を出したとばりは開口一番で同僚にそう指摘されて困惑した。


『階位四拾壱位、素懸威胴丸(すがけおどしどうまる)』古い鎧の付喪神でありながら名を持たぬために『守衛の胴丸』と呼ばれるこの同僚は、なぜかほとんどの相手に腰が低い。


 同格のとばり、やや下で見回り組のひなわにまで様付けをしてくる。それで上役から叱責されていたのはもう随分前の話、今では改善を諦められている節さえある。


 それでも鎧の付喪神として驚くほど忍耐的で、どっしりと腰を据えた守りは誰もが認める栄えある守衛組の一員である。


「気もそぞろといいましょうか、何か気になることでもあるのかと」


 別にそのようなことはない。という強い言葉を反射的に出しかけ、口元を結ぶ。守衛とは国の守り、あらゆる外敵を打ち払い最後まで持ち場を守る死兵とならねばならないお役目である、少なくともとばりはそう思っている。


 時として味方を見殺しにしても門を閉ざし、驚異の侵入を遮断する非情さを持たねば務まらない。誰よりも心を静め自制しなければならないのだ。


 仮に己が敵中に取り残され門を閉められても、それを褒めこそすれ恨みはしない。そうでなければ切り捨てる側に回ったとき愚かな過ちを犯してしまう。


 友が戦に向かった程度で、こんなにも揺れてはならないのだ。


「大事ない」


 己でも感心するほど冷静な声を出せた。金毛様やひなわのヤツが時折石仏と呼ぶのも、あながち間違いではないのだろう。


 意識してしまえばこんなにも簡単に気を静められる。屏風もまた国に仕えることになったのだ、いちいち案じてやることはないのだ。


 胴丸、なぜそんな痛ましそうな顔をする? さては留守中に嫌なことでもあったのか。




 よく分からないが胴丸他その場にいた部下数人に組み付かれ、屏風たちが来たらすぐに知らせるから荷解きでもしながら部屋でお休みくださいと詰所を追い出された。


 確かに当番でない者がいても邪魔であろうから、そこはまあ文句はない。鎧のまま組み付かれ固い角の当たった顔がちと痛いが。


 革を固めて作ったはずのほぼ鉄を使わぬあやつの鎧、どうしてああも堅いのか。軽くて硬い防具は矮躯のとばりにとっても非常に有用だ。

 製法など知れたら知りたいものだ。残念ながら付喪神でも己の作り方を知っていることはほとんどいない。修繕法程度なら修めている者もいるのだが。


 荷解きと言っても所詮湯治に持って行った程度、そこまで大荷物でもないのですぐ終わってしまう。

 部屋に残していた道具の手入れのほうが時間を取られるくらいだ。得物に錆など出ては不覚どころの話ではない。


 手裏剣、(しころ)、薬液等は一度作り直したほうがよいだろう。特に棒手裏剣は使っている(かね)が悪いこともあって何本か怪しくなっていた。

 最初から使い捨てとはいえ、錆びた物を加えると他まで錆びてしまう。近いうちにひとつ目のたたら場で切り落としを拾ってこなければ。


 そのときは屏風のヤツも連れて行こう、安物でも打刀の一本くらいはあれも持っておくべきだ。そもそも丸腰で砦攻めなど正気の沙汰ではない。今回は気付いたときには出立していて間に合わなかった。


 知っていれば手持ちの短刀くらい貸してやれたのに。




「遅いッ、何をしていたッ?」


 狗から連絡が入ったのが昼七つの終わり(夏季・午後5時)。城まで籠なら半刻かからぬ距離だというのに、入城に暮れ五つ(夏季・午後7時)寸前までかかりよって。いつ連絡が入るか分らぬと部屋におったせいで雀共を躱せなかったぞ。


 こやつらも大事な手下ではあるが、とにかく姦しくて面倒なのだ。動き難い女物は必要がないなら着ないと言ってあるのに、織部様の下からよく着物を持ち出しては着替えさせようとする。安くない品なのだから織部様も今少し雀たちを叱ってほしいものだ。


 それと屏風、こいつは稀に狡いことを言うから調子が狂う。刻限に猶予も無い、今回は生きて帰ってきただけで良しとしよう。


 今回は怪我もなくお役目を終えたようだ。心が少し参っているように感じるが以前ほどではない。ひなわの言うように初めての同族殺しから立ち直ったのだろう。あやつには思うところがあるが人間の見識についてまだ及ばぬと認めるしかない。


 だが立花様のお考えも分からぬ、屏風を見殺しにしようとしたあの性悪の(むじな)に碌な罰も与えず放っておくなど。誰が何を含んでいるのか。


 屏風(あいつ)は本当に守られているのか?


 手を貸してやれるとすれば、私の所縁と知られるよう匂いをつけてやるくらいだ。




「屏風覗き、この場で砦落としの成果を報告せよ」


 しくじった。人を集めるのだから屏風のお披露目があると予想してしかるべきだった。忙しさにかまかけて屏風に立ち回りを教えてやれなかったのが悔やまれる。もう少し話を詰めてやればよかった。


 御前を筆頭に国の重鎮たちが揃うこの晴れの舞台で、臆することも高揚することもなく努めて淡々と語る屏風の語り口は真摯なものだった。己の手柄を声高に叫ぶこともなければ敵を過少にも過大にも語らない。手長足長の活躍と轆轤(ろくろ)殿、いや轆轤(ろくろ)様の功績のみを綴っていく。


 間違いではない。だがそれでは下の者に侮られるし、何より上からも褒められぬ。手柄とは誇張するくらいで語らねば認められぬもの。


 ついていっただけではないか、そんな言葉がいくつか囁かれる。人の屏風には聞こえていないだろうが、それは間違いなく嘲笑。何も知らぬ者たちの心無い嘲りに、先ほどまであった昇位の喜びもお褒めの言葉も吹き飛んでしまった。


 せめて共に侵攻した轆轤(ろくろ)様から一言頂ければまだ収まるというのに、当のお方からは何も無し。立花様からも庇う気配はない。まるで最初から決まっていたように。


 晒しものか。屏風に身の程を、上下を教えるためにこれだけの人の前で晒すのか。命がけで下界に赴いた屏風をそうまでして貶めたいのか。


 ドス黒い感情が頭の奥から溢れてくる。それは決して出してはいけないもの。白ノ国に、御前に仕えていたいなら決して外にしてはいけない。だが


 血を吐く覚悟で口を開こうとした矢先、淡々とした口振りだった屏風が思わず耳を抑えたくなるほどの声を張り上げた。


 成果、ぽいんと五千、献上いたしますと。


 僅かな間のあと、漣のような静かなどよめきが広がった。


 ぽいんと五千、途方もない額ではないか。過去にとばりが聞いた献上額でもっとも大きいものでも百単位、それも滅多にあるものでもない。それが五千、嗤っていた連中も残らず絶句していた。


 立花様の取り出された木札によって本当に献上を終えた屏風、その大枚にまるで執着せず淡々としている姿をどこか頼もしいと思ったのは、たぶん気の迷い。



 本当に気の迷いだったわ、この馬鹿者め。


 最初に五千と聞いた分、大金の千五百でも小さな額に思えてしまうではないか。まあ立花様も決して屏風(こいつ)を笑い者にしようとなされたわけではないと分かって何より。


 この方は言葉が少ないためにあらぬ誤解をされやすいように思う。やはり厳しいが公正なお方だ。


 多少気配におびえはあるものの、手長様足長様ともうまく付き合えているようで思っていたより気に入られたようだ。これなら少なくとも、冬に来た使者のようにいきなり手足を千切られるような目に会うことはないだろう。


 問題があるとすれば最後まで目も向けなかった轆轤(ろくろ)様。


 最初に見た時から感じていた。笑って友好的な態度を取っている、でもあの方はたぶん屏風(にんげん)が嫌いだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 他視点だと屏風では知りえない事柄が分かるねー。 ろくろさんが屏風のこと嫌いとは思わんかった。 内心を知られないように振る舞ったろくろさんが屏風より何枚も上手だったってことか。 とばりさん、…
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